【第69話】王者シオン
王都の中心に君臨する巨大なファイヤードラゴンが放つ熱線と圧倒的な殺気は、かつてないほどの絶望を人々に植え付けていた。
放たれた灼熱のブレスの余波だけで石畳は溶け落ち、駆けつけた近衛騎士たちや冒険者が次々と吹き飛ばされて地面に倒れ伏している。
魔導士リーナが展開した強力な魔導結界も、ドラゴンの無限とも思える魔力量の前に軋みをあげ、ついに細かなヒビ割れを生じさせた。
妖精族のルミナリアやウルフ族のルナリス、そして豹族のレオナたちが素早い身のこなしで接近し、それぞれの武器で硬質な紅蓮の鱗を狙うが、その装甲は鉄壁の如く弾き返し、決定的なダメージを与えることができない。
「なんて頑丈な鱗なの……! これじゃあ、まともに攻撃が通じないわ!」
ルミナリアが悔しげに歯噛みしながら飛び退く。
その傍らでは、神聖な光を纏ったセレナや闇の術式を操るシェリアが必死に負傷した兵士たちの救護と後方支援を行っているが、ドラゴンの放つ圧倒的な熱量と重圧の前に、戦況は完全に膠着していた。
さらに、魔族であるルビリアの魅惑の術や、魔女アルテミシアの紅蓮の炎、魚人族リヴァイアの水撃魔法を重ね合わせても、古龍の強靭な肉体と精神の耐性は揺るがなかった。
圧倒的な格上の存在を前に、流石のシオンの一行も苦戦を強いられていた。
だが、その最前線の混乱のなかへ駆けつけたエルザとアルベルトは息を呑みながらもシオンの背中を見つけた。
さきほどまで広場に降り立って冒険者たちと激しい一戦を交えていたはずのその巨体が、突如として大空へと飛び立った。
凄まじい風圧をまといながら上空へと舞い上がった古龍を前に、誰もがその圧倒的な脅威に息を呑んでいたのだ。
そんな緊迫した戦場の最中、シオンは背後に気配を感じて振り返った。
そこにいたのは、王国の危機を救うために先行させていた王女エルザと、アルベルトだった。
「シオン様……!」
過酷な戦いをくぐり抜けて再びシオンと巡り合えた歓喜を噛みしめるように表情を輝かせた。
エルザはその抑えきれない想いのまま、一気にシオンの胸元へと飛び込み、しっかりと身体を預ける。
シオンは優しくその背中に腕を回し、穏やかな笑みを浮かべた。
「二人とも、よくやったな」
シオンがそう労いの言葉をかけると、エルザは潤んだ瞳で嬉しそうに頷いた。
続いて、シオンはその視線をエルザのすぐ傍に立つアルベルトへと向けた。
「アルベルト、少し見ない間に随分と男らしくなったじゃないか」
シオンの称賛に、アルベルトは胸を張り、より一層頼もしい面構えで深く頭を下げた。
だが、感傷に浸っている時間は長くは続かない。
上空からは、再び狂乱の炎を纏ったファイヤードラゴンが鋭い咆哮を轟かせ、地上へと凄まじいプレッシャーを浴びせかけていたからだ。
「……さて、再会の挨拶はこれくらいにしておくか」
シオンが冷徹かつ絶対的な自信をたたえた双眸で、上空で威嚇を続けるファイヤードラゴンをじっと見据える。
シオンは一歩前に踏み出し、周囲を包み込む混濁した熱気を切り裂くように、その右手をゆっくりと掲げた。
「確かに、これまでの魔物や魔王軍の幹部とは桁違いの耐久力だな。だがそれがどうした」
シオンが低く、しかし戦場全体に響き渡る声で呟いた瞬間、その足元から世界そのものをねじ曲げるような濃密な紫黒色の魔力オーラが爆発的に噴き出した。
それは物理的な衝撃波ではない。
存在の根源、魂の深部に直接刻み込まれる「性の捕食者」としての絶対的な支配と快楽の侵食だった。
ファイヤードラゴンがその異様な魔力を察知し、脅威を感じ取ったかのように、さらに巨大な炎の渦を口元に集中させる。
これ以上ないほどの最大火力のブレスが、王国を一飲みにしようと上空から放たれた。
ドラゴンの咆哮と共に放たれた紅蓮の奔流が、空間を焼き尽くしながらシオンへと直撃する。
凄まじい閃光と爆風が王都の広場全体を包み込み、あまりの熱量に周囲の建物すらも崩壊していく。
「シオン様――っ!」
エルザが思わず悲鳴を上げ、リーナやルミナリアたちも息を呑んでその光景を見つめるしかなかった。
しかし、爆煙と炎が徐々に晴れていくと、そこにいたのは無傷で立ち続けるシオンの姿だった。
放たれたはずの最強のブレスは、シオンの周囲に展開された不可視の障壁によって完全にねじ曲げられ、まるで無力な微風のように掻き消されていた。
ファイヤードラゴンは、自身のすべてを賭した攻撃が無力化された信じがたい現実を前に、金色の巨大な瞳を驚愕に見開いた。
かつて幾多の時代をその暴力と恐怖で支配し、恐れられてきた古の龍の誇り高い精神が、恐怖ではなく別の未知なる波動によって揺らいでいく。
「お前のその強靭な肉体も、誇り高い魂も、すべて俺の欲望の海に沈めてやる。終わりだ!」
シオンが瞬時に距離を詰め、空を舞うドラゴンの巨大な頭部へと一気に跳躍した。
その右手から放たれた極限の魔力が、ドラゴンの額に直接触れた瞬間、空間そのものが大きく歪んだ。
(あ、がっ……!? なんだ、この熱は……! 魂の芯が……淫らな快楽の波に、溶かされていく……っ!)
古龍の絶叫が王都の空に轟く。
どれほど物理的に頑丈な鱗を持っていようとも、魂の根源から浸食してくる「性の捕食者」の絶対的な支配の前には、抵抗する術など存在しなかった。
ドラゴンの冷徹だったはずの眼光は瞬く間に陶酔の色へと染まり、その巨体はまるで愛を乞う牝犬のように、力を失いながら震え始めた。
空を覆っていた圧倒的な熱気とプレッシャーが嘘のように消え去り、王都の上空には再び穏やかな青空が戻ってきた。
完全に従順な下僕へと落とされ、シオンに巨大な頭部を擦り付けるファイヤードラゴンの姿を目の当たりにして、広場に集まっていた近衛騎士たち、冒険者たち、そしてエルザやアルベルトたち王族の面々は、言葉を失い、ただ呆然とその光景を見つめるしかなかった。
「ま、まさか……あの伝説のファイヤードラゴンすらも、屈服させてしまったというのか……」
アルベルトが冷や汗を拭いながら、乾いた笑みを漏らす。
エルザは胸に手を当て、安堵と崇拝が入り混じった熱い瞳でシオンを見上げていた。
魔王を討ち、牙の森の危機を退け、そして王都を襲った最後の脅威であるファイヤードラゴンすらも自らの下僕へと変えたシオン。
その歩みはもはや誰にも止めることはできない。
手に入れた圧倒的な力と、数多くの美女や戦士たちを引き連れ、シオンは真の支配者として、新たな時代の幕を開けるのだった。
第70話へ続く




