【第66話】牙の森の戦い
水の都アクア・ヴェイルに別れを告げ、シオンの一行は次なる目的地である獣人族の領域、牙の森へと足を進めていた。
出発の際、都の守護者である歌姫フィオナは、シオンとの別れを惜しむように名残惜しそうな瞳を向け、その胸の内にある寂しさを隠しきれない様子だったが、都の復興を託された彼女は、いつかまた巡り合える日を信じて笑顔でシオンを見送った。
フィオナの想いを背負いながら、シオンたちが牙の森の境界へと近づくにつれて、周囲の様子は明らかに異様な雰囲気を帯びていった。
かつては豊かな緑と静寂に包まれていたはずの森の空気が、焦げ臭いにおいと荒々しい魔力によって淀んでいる。
「……なんだか、森の様子がおかしいわね。いつもならもっと、穏やかな自然の息吹が感じられるはずなのに……」
ウルフ族の族長ガレウスの娘であるルナリスが、不安げに呟いた。
その双眸には、森の奥深くで暮らす父親や、一族の安否を案じる焦燥の色が濃く滲んでいる。
嫌な予感がルナリスの胸中を駆け巡る。
そんなルナリスの細やかな動揺や不安の表情にいち早く気づいたシオンは、歩みを止めると、落ち着いた声で彼女に語りかけた。
「ルナリス、心配するな。レオナのところに行く前に、まずは牙の森の北側に位置する、お前の村へ立ち寄るぞ」
「シオン様……!」
ルナリスはハッとした表情を浮かべ、自分を気遣ってくれた主の言葉に胸を熱くさせた。
シオンの一行は進路を微調整し、ウルフ族の村へと急行する。
しかし、村の姿が視界に入った瞬間、そこにあったのは想像を絶する凄惨な光景だった。
平穏だったはずの集落は、いまやゴブリンやオークといった下級ながらも凶暴な魔物の群れに包囲され、激しい戦場と化していたのだ。
家屋は破壊され、あちこちから炎と黒煙が上がっている。
「者共、一歩も引くな! 一族の誇りと牙にかけて、この村を守り抜くぞ!」
戦火の真ん中で、ひときわ大きく響き渡る野太い声の主――それは、ルナリスの父親であり、ウルフ族の族長ガレウスだった。
衰えを見せない豪快な戦いぶりで、大剣を振るいながら押し寄せるオークの群れを次々と薙ぎ払っている。
「お父様……っ!」
ルナリスは悲鳴のような歓声を上げると、誰よりも早く戦場へと飛び出し、愛用の戦斧で父親の背後を狙おうとしたオークの首元を正確無比に一閃した。
「ルナリス……!? お前、無事だったのか……!」
突如として現れた愛娘の姿に、ガレウスは目を見開いて驚愕の声を漏らす。
しかし、感傷に浸っている暇は周囲の状況が許さなかった。
次から次へと無限に湧き出るかのように、新たな魔物の群れが牙を剥いて襲いかかってくる。
「父上、無事でよかった! でも、今はのんきに話している場合じゃないわね!」
戦場の喧騒の中、シオンの一行も遅れることなく合流を果たした。
シオンが鋭い眼光を戦場全体に向けると、激しい戦いの最中で奮闘する別の獣人たちの姿が目に入ってきた。
それは、この森のもう一つの主である豹族の戦士たちだ。
先頭に立ち、類まれなる敏捷性と鋭い爪で魔物を圧倒しているのは、豹族の族長であるレオナだった。
シオンの仲立ちと計らいによって、長年対立していたウルフ族と豹族はこの牙の森で堅い同盟を結び、現在は互いに手を取り合って共存共栄の道を歩んでいた。
その絆があるからこそ、いまや二つの種族は背中を預け合う最高の仲間として、この危機に立ち向かっていたのだ。
「みんな、油断するな! 魔物どもを一網打尽にするぞ!」
シオンの力強い号令を合図に、八人の美女たちが一斉に動き出した。
女魔導士リーナが広範囲の魔法陣を展開して敵の足止めをし、妖精族のルミナリアとウルフ族のルナリスが疾風の如き連撃で敵の陣形を切り裂く。
さらに、獣化したフェンリルのセレナが神聖な光の加護を味方に纏わせ、戦場を駆け巡るり、ダークエルフのシェリアが死角からの正確な一撃で敵を撃破していく。
そこへ、戦場を駆け抜けていた豹族のレオナが、シオンの姿を認めると、戦闘の最中であることも忘れてパッと顔を輝かせた。
「シオン様……っ! 来てくださったのですね!」
レオナは猛獣のような圧倒的な俊足で敵の群れを飛び越え、一直線にシオンの胸元へと飛び込んできた。
そのまま勢い余ってシオンにしっかりと抱きつき、その温もりを全身で確かめるように身体を擦り付ける。
「もう、本当に心配したのですから……! でも、こうしてすぐに駆けつけてくださるなんて、さすがは私の愛しい方です!」
レオナのあふれんばかりの愛情表現に、シオンは困ったような、しかし満更でもない笑みを浮かべてその頭を優しく撫でる。
そのすぐ傍らでは、父親との再会を果たしたルナリスも、戦いの緊張を解いてレオナの姿に気づいた。
「レオナ、無事だったのですね!」
「ルナリス! あなたも戻っていたのね。よかった、みんな無事で……!」
ウルフ族の族長の娘と、豹族の族長であるレオナは、互いに笑顔を交わして固い抱きしめ合う。
そして、シオンの後方に控える者たちに目を向けたレオナは、そこに新たに加わっていた魔族の姿に目がとまる。
サキュバスのルビリア、魔女のアルテミシア、魚人族のリヴァイアの三人の存在に気づき、驚きの声を漏らす。
「あれっ……? シオン様の後ろにいるあの者たちは、たしか魔王軍の……?」
「ふふっ、警戒しなくても大丈夫よ。私たちは、シオン様の絶対の下僕であり、最高に愛された玩具なのですから」
ルビリアが艶めかしく微笑みながら答えると、レオナは少しだけ頬を引きつらせたが、すぐに深く納得したように大きくうなずいた。
「まあ、シオン様なら、魔族すらもこうしてメロメロにしてしまうのですね……。さすがとしか言いようがありません!」
レオナが感心したように笑うと、シオンは残るすべての魔物を一掃すべく、自ら前へと歩み出した。
シオン、そして九人の美女たち。
リーナ、ルミナリア、ルナリス、セレナ、シェリア、ルビリア、アルテミシア、リヴァイア、そして新たに加わったレオナが織りなす圧倒的な連携の前に、牙の森を揺るがしていた魔物の群れは、もはや抵抗する術もなく、次々と消滅していった。
激しい攻防の末、静けさが戻った牙の森の北側集落には、勝利の歓声と、仲間たちの温かな笑い声が満ちていた。
ウルフ族も豹族も、シオンたちの活躍によって無事に守り抜かれ、犠牲を最小限に抑えることができたのだ。
戦いが終わり、夜の帳が下りる頃。
焚き火の温かな光が照らす陣営の中で、シオンの一行とウルフ族の族長、そして豹族のレオナたちは、明日に控えた大いなる計画について語り合っていた。
牙の森の平和は取り戻された。
しかし、王女エルザとアルベルトが待つ王都は、いまだ最大の危機に瀕しているはずだ......。
「みんな、よく戦ってくれた。だが、休んでいる暇はない」
シオンが静かに、しかし力強く告げると、集まった美女たちと獣人族の戦士たちは一斉に引き締まった表情でうなずいた。
第67話へ続く




