八人の美女たちが、それぞれの武器と魔導を構え、殺気を放っていた。
直後、冥府の谷の空気が完全に凍りつく。
先手を打ったのは、黒石の門前に立つ冥界の執行者だった。
彼が担ぎ上げた巨大な大鎌を静かに一閃する。
その瞬間、音も光も消失した。
放たれたのは、触れた生者の魂を強制的に冥府の底へと引きずり込む、絶対的な「死」の概念攻撃。
通り抜ける風さえもが瞬時に腐敗し、冷酷な虚無の嵐となってシオンたちへと牙を剥いた。
「全員、迎撃体制に! 奴の『死の結界』に身を侵食されないように気をつけて!」
リーナの鋭い号令が響く。
魔王軍最強の武人が放つ圧倒的な圧迫感は、周囲の大地の生命力を黒く腐食させていく。
だが、シオンにつき従う従者たちがその程度で怯むはずもなかった。
「シオン様の道を遮る不浄な刃など、この私が叩き折ってみせる!」
巨大な戦斧を構えたガルガロスが門前の大地を蹴り、真っ先に突撃した。
シオンに染め上げられた極大の魔力を宿し、迫り来る死の波動へと真っ向から戦斧を叩きつける。
黒い火花が爆発的に散り、空間を切り裂くような衝撃音が響いた。
「合わせるわよ、ルミナリア! 聖なる光よ、死の穢れを完全に拒絶しなさい!」
人化したセレナの両手から純白の神聖結界が展開され、妖精族のルミナリアが自らの魔力をそこへ注ぎ込む。
「シオン様への呪いは、この私たちが身代わりとなってでも全て消し去ります!」
二人の祈りが重なり、シオンたちの前面に絶対的な光の盾が形成され、執行者ネクロスの死の残滓を激しく相殺して霧散させた。
「守ってばかりじゃ退屈でしょ? 蜂の巣にしてあげるわ!ルナリス私の詠唱が終わるまで援護して!」
「分かったわ」
ルナリスが盾となり、リーナが愛用の魔道書を開いて詠唱を始める。
次の瞬間極大の魔力弾が空間を爆破しながら迫り、さらに黒耀の魔女アルテミシアが陶酔した表情で漆黒の一閃を追撃として放った。
「シオン様の御前です! 無様に砕け散りなさい!」
しかし、最強の執行者ネクロスは大鎌をただ一振り、斜め上方へと払っただけで、それらの猛攻を文字通り概念ごと切り裂いて無へと帰してしまった。
「我が前では、あらゆる魔導も奇跡も、等しく死へと帰す運命にある」
ネクロスの鎧の隙間から、蒼白い魂の炎が激しく揺らめく。
その圧倒的な武の前に、戦場に一瞬の静寂が訪れた。
「なら、これはどうかしら!? 四天王最強の貴方に私の快楽が通じるか試してみましょう!」
サキュバスのルビリアが妖艶な笑みを浮かべ、強烈な愛欲の魔力を撒き散らした。
シオンの濃密な魔力、性の捕食者によって強化された呪術は、精神を持たないはずのネクロスの漆黒の鎧をじわじわと紫黒色に染めていく。
「な……たかが、サキュバスごときの魔力で我が魂の防壁が、内側から熱に侵されるだと……!?」
冷徹だったネクロスの声に、初めて明確な動揺が走る。
「今よ、リヴァイア、ファントムロード、フレアロード! 奴の動きを止めなさい!」
リーナの命令が下る。
「御心のままに、リーナ様!」
魚人族の女王リヴァイアが深海の水魔力でネクロスの足元を氷結させて拘束し、いまや少年の姿へと変えられたファントムロードが幻影の闇で五感を奪い去る。
さらに、理性を剥奪されシオンの下僕と化したフレアロードが、極大の地獄の火炎を浴びせた。
凄まじい大爆発が巻き起こり、ネクロスの鎧は赤く融解して蒸気を上げた。
だが、奴は大鎌を大地に突き立て、執念深く魂の炎を燃え上がらせる。
「我が『冥府の鎌』が健在である限り、魔王様の門は絶対に潜らせぬ!」
ネクロスが自身の魂そのものを大鎌へと集束させ、周囲の空間ごと消滅させるほどの死のエネルギーを凝縮していく。
「クフフ、実に見事な執念だ。だが、お前の言う『死』など、俺の欲望の前にはただの空腹感に過ぎん」
シオンは仲間たちの攻撃を手で制し、ゆっくりと歩を進めてネクロスの目の前へと迫った。
シオンの肉体から立ち上ったのは、死の概念すらも力任せに上書きし、貪り尽くす「性の捕食者」の真の力、紫黒色の魔力オーラだった。
「お前が死を司るなら、俺はその理ごと、俺の生の糧にしてやろう」
シオンが不敵に微笑み、右手を突き出す。
ネクロスが絶叫とともに放った絶対の死の一撃は、シオンのオーラに正面から受け止められ、あろうことか美味なる快楽のエネルギーへと強制変換されてその肉体へと吸収されていった。
「ば、バカな……!? 我が死の概念を、喰らって征しただと……!?」
ネクロスの声に底しれぬ恐怖と絶望が混ざり合う。
「さあ、その頑丈な鎧の中身を見せてもらおうか」
シオンは一瞬で懐へと飛び込むと、抵抗する間も与えず、その胸当ての奥深くへと捕食者の指先を容赦なく突き刺した。
「あああぁぁああっ!? 我が魂が、溶かされる……!?」
最強の執行者であるはずのネクロスの魂が、絶対的な支配によって激しく歓喜と絶望に震え始める。
その漆黒の鎧が、内側から溢れ出る圧倒的な快楽の熱に耐えかねて、パキパキと音を立てて崩壊し始めた。
第61話へ続く