【第59話】王都の動乱
シオンたちが魔王軍四天王「冥界の執行者」との最終決戦を迎えようとしていたその頃。
遥か南方に位置する人間の至高の領域。
王都グラン・セリアは、未曾有の恐怖と混乱の渦中にあった。
「認めぬ! 魔王復活などという不吉な妄言、我が耳に入れるな!」
豪奢な王宮の大広間に、国王の怒号が響き渡る。
玉座の前で深く頭を垂れていた王女エルザは、毅然とした態度でその美しい顔を上げた。
「父上、これは妄言ではございません。北方の街、フロスト・ヘイムの守護者たるフェンリル……いえ、セレナから直接もたらされた確かなる事実です。大陸規模の進軍が始まろうとしているのです!」
シオンの命を受け、魔王復活の報告と対策のために王都へと戻ったエルザだったが、平和にボケた廷臣や国王は、その警告を「誇大妄想」と切り捨てようとしていた。
シオンに絶対の忠誠を誓い、その覇気に触れてきたエルザにとって、眼の前の権力者たちの怠惰はただただ愚かしく映る。
エルザの背後には、彼女を守るために同行したアルベルトが控えていた。
彼は内心で強烈な冷や汗を流していた。
シオンのあの底なしの魔力と、美女たちを蹂躙していく淫靡な光景そして魔王軍との直接対決から離れられられた安堵はあったが、王都のこの緊迫した政治劇もまた別の地獄である。
(王様よ勘弁してくれよ……シオンの言う通りに動かねえと、後でどんな目に遭わされるか分かったもんじゃねえぞ......)
アルベルトは震える手で腰の短剣の柄を握り直し、エルザに不穏な視線を向ける不届きな貴族たちを鋭い眼光で威嚇した。
エルザが万が一にも害されれば、シオンがこの国ごと「処刑」しにやってくる。
それだけは避けたかった。
だが、事態はエルザたちの説得を待ってはくれなかった。
「報告します! 王都地下水道から大量の魔獣が出現! 東街区が火の海です!」
血相を変えた衛兵が飛び込んでくる。
すでに魔王の配下である魔族たちは、王都の内側にまで布石を打っていたのだ。
「くっ、迎撃するわよ、アルベルト!」
「応よ! シオンに怒鳴られるよりは、魔物と戦う方がマシだ!」
エルザは華麗に細剣を引き抜き、アルベルトと共に王宮を飛び出していった。
アルベルトは、シオン達との旅をつうじて男気を上げていたのである。
シオンの居ない王都でエルザとアルベルトの孤独な戦いが幕を開ける。
一方その頃、氷雪の街「フロスト・ヘイム」。
シオンたちが鉄血の砦へと進軍した後に残されたこの街もまた、静かな、しかし確実な変化の兆しを見せていた。
パチパチと暖炉の火が爆ぜる宿の一室で、経理係のイリスが、帳簿を前に盛大なため息を吐いていた。
彼女はシオンの度を越した浪費......もとい、規格外の軍拡に頭を抱えつつも、その指先は正確に数字を弾き出している。
シオンの圧倒的な強さと、一度支配した女を決して見捨てない奇妙な包容力。
それに魅せられたイリスは、どれほど無茶な財務状況であっても、彼の帰る場所を完璧に守り抜くことだけを己の使命としていた。
「ふふ、イリス様、あまり根を詰めるとお身体にわるいですわよ」
お茶を淹れて彼女の傍らに歩み寄ったのは、氷城の巫女サクヤであった。
街の平穏を保つため「フロスト・ヘイム」に残ったサクヤは、いまだにシオンに身も心も捧げたあの夜の記憶が肌に焼き付いている。
彼女の清らかな身体には、すでにシオンの濃密な魔力が刻印として深く刻まれていた。
「サクヤ、あなたよく平気でいられるわね。あの人、今頃は他の女たちを侍らせて魔王軍の拠点を蹂躙しているのよ?」
「分かっております。ですが、私の魂はあの御方と繋がったまま。この胸の奥が、熱い愛欲の魔力で満たされているのが分かりますの。シオン様が勝利し、この地に再び戻られるその時まで、私はこの街の結界を維持し続けるだけです」
サクヤは窓の外の白銀の世界を見つめ、自身の豊かな胸元を押さえながら、蕩けたような、しかし確かな決意を秘めた微笑みを浮かべた。
王都での動乱、そして白銀の街で主を待つ乙女たちの想い。
点在する全ての運命が、魔王城の門前で不敵に笑う絶対支配者シオンという一つの巨大な特異点へと、収束しようとしていた。
第60話へ続く




