【第57話】幻影公爵の調伏
「ひ、ぎぃぃぃっ!? あ、熱い、熱いぃぃっ! 我が精神が、魂の深淵が、冒涜的な毒で侵されていく……!」
顔面を覆っていた白麗の仮面を剥ぎ取られ、泥状の精神体を晒したファントムロードが、悲鳴を上げて悶絶した。
シオンがその泥の奥深くへ突き刺した指先からは、「性の捕食者」の、文字通り魂の髄まで狂わせる支配の魔力が濁流となって注ぎ込まれていた。
ただの肉体的な快楽ではない。
それは精神体であるファントムロードにとって、自らの存在定義そのものを根底から書き換えられ、強引に「シオンの所有物」へと再構築する絶対的な精神の汚染であった。
「クフフ、心地よいだろう? 姿形を持たないお前にとって、誰かに内側から満たされるなど、かつてない至上の悦びのはずだ」
シオンは冷酷な笑みを浮かべ、さらに指を深くねじ込んでいく。
「あ、ああぁ、あぁぁっ! 辞めろ、我が美しき城が、我が幻影の庭園が……溶けて、消えていくぅ……!」
ファントムロードの不定形の身体が、紫黒色の光を放ちながら波打つ。
彼がこれまで数百年をかけて紡ぎ上げてきた幻影の術式、そして亡霊城を維持してきた強固な支配の魔力が、シオンの放つ甘美な猛毒によって瞬時に中和され、侵食されていく。
「敵の精神核がシオンの魔力に同調を初めているわ」
リーナが冷ややかに魔導書を閉じ、勝利を確信した声で告げる。
「流石はシオン様……! 四天王の一角を、こうも容易く肉体のない亡霊ごと屈服させてしまうなんて。私、またシオン様の偉大さに濡れてしまいそうだわ」
ルビリアが蕩けた瞳でシオンを見上げ、その濡れた舌で自身の唇を妖艶に湿らせる。
周囲に群がっていた数千の亡霊兵やゾンビたちは、彼らの主であるファントムロードが支配権を奪われた瞬間、糸の切れた人形のようにその場にへたり込み、あるいはシオンに向けて恭しく頭を垂れる奴隷へと成り下がっていった。
「な、何故だ……我が忠実なる死者の軍勢が、人間などに跪くだと……!? 有り得ぬ、このような狂気、魔王様ですら成し得なかった……!」
ファントムロードの声から、傲慢さは完全に消え失せていた。
そこにあるのは、底知れぬ怪物に対する純然たる恐怖と、内側から強制的に湧き上がらせられる、シオンへの甘美な「服従の悦び」だけであった。
「さあ、お前の核を全て吐き出せ。この亡霊城に蓄えられた死者の怨念も、お前が弄んできた幻影の術式も、全て俺のものだ」
シオンが掴んだ手を引き抜くと、ファントムロードの泥状の身体から、一際強く輝く、透き通った紫色の結晶体が引きずり出された。
これこそが、彼の本体であり、亡霊城の全魔力を司る「幻影の精神核」であった。
「あ、はぁ……っ、我が、核が……!」
精神核を直接露出させられた公爵は、激しい快感の余波に震え、泥の身体をシオンの足元に投げ出して、すがるようにその靴に縋り付いた。
「お許し、ください……シオン様……! 私は、私は......この城も、我が幻影も、全てをあなた様に捧げます……!」
「クフフ、よく言えた。それでこそ我が忠実な犬だ」
シオンは冷たく微笑みながら、縋り付くファントムロードの精神核へと、性の捕食者の紋章を深く刻み込んだ。
その瞬間、霧の亡霊城を包んでいた重苦しい灰色の霧が、一瞬にして淫らな紫黒色の霧へと変貌する。
「あはは! これでまた一人、シオン様の下僕が増えましたね! 四天王も残るはあと一人、魔王の首もすぐそこです!」
アルテミシアが漆黒の大剣を肩に担ぎ、快活に笑い声を上げる。
フレアロード、リヴァイア、そしてファントムロード。
かつて世界を震撼させた魔王軍四天王のうち、三人がすでにシオンの軍門に降り、その身も心も、そして領地すらも、シオンの欲望を満たすための玩具へと成り下がっていた。
「……シオン様、これで残る四天王は『冥界の執行者』ただ一人となります」
アルテミシアがシオンの傍らに歩み寄り、助言を口にする。
「奴は他の三人とは違い、純粋な死と魂の刈り取りのみを司る、魔王軍最強の武人。精神攻撃や水魔力といった搦め手ではなく、純粋な武の極致を以て、魔王城の門前で私達を待ち受けているはずです」
「最強の執行者か。面白い」
シオンは、足元で今なお恍惚に震えるファントムロードの精神体を、乱暴に踏みつけながら不敵に笑った。
「どれほど強大な武を誇ろうと、俺の前に立つ者は全て、屈服し、下僕となる。それは魔王であっても変わらん」
シオンの背後では、リヴァイアが羨ましそうにファントムロードを見つめ、ルビリアは更なる悦楽を求めてシオンの腕に身を寄せる。
霧の亡霊城を完全に我が物としたシオンは、要塞船の繋がる入江を見下ろしながら、魔王軍の喉元へとその牙を突き立てるべく、次なる進軍を静かに見据えていた。
第58話へ続く




