「殺せ! 侵入者を一人残らず八つ裂きにし、我が幻影の肥やしとするのだ!」
幻影公爵ファントムロードの絶叫が、霧に濡れた亡霊城の前庭に響き渡る。
その号令に呼応し、青白い屍衣をまとった数千の亡霊兵と、虚ろな腐肉をぶら下げたゾンビの群れが、一斉に牙を剥いてシオンたちへと殺到した。
だが、シオンの絶対支配の口づけによってファントムロードの精神汚染から解放され、むしろその魔力を注ぎ込まれて狂熱から解放された美女たちの前では、死者の軍勢などただの木偶に過ぎなかった。
「ふふ、よくもまあ、こんな汚らしい死体ばかり集めたものね。シオン様に見せる価値すらないわ!」
先陣を切ったサキュバスのルビリアが、妖艶な笑みを浮かべながら虚空を指先でなぞる。
彼女の背後から噴き出した紫黒色の愛欲魔力が、襲い来る亡霊たちの足元に絡みつき、その肉体ごと影の沼へと引きずり込んでいく。
本来なら痛覚も恐怖もないはずの死者たちが、ルビリアの淫魔の呪術に触れた瞬間、狂ったように身悶え、互いの肉体を貪り食い合いながら自滅していった。
「シオン様にいただいた私の聖なる光を、死の穢れで汚そうなんて百年早いのよ!」
元黒耀騎士の魔女アルテミシアが、両の手を天へと掲げる。
彼女が展開した強大極まりない魔導陣から、どす黒い漆黒の光弾が豪雨のごとく降り注いだ。
シオンの能力、性の捕食者に底上げされた魔力が亡霊兵たちの実体を骨ごと消滅させ、一瞬にして戦場の三分の一を焦土へと変えた。
その蹂躙の光景を、シオンは満足げに見守っていた。
彼のすぐ後ろでは、完全に理性を剥奪された火炎公爵フレアロードが控え、シオンの膝元では魚人族の女王リヴァイアが、美しい脚を絡めながら、その横顔を熱い吐息で見つめている。
「どうした、ファントムロード。四天王の守護する『霧の亡霊城』とは、この程度のものか? お前の誇る精神攻撃とやらは、俺の女たちを少しだけ楽しませる玩具にしかならんようだな」
「お、おのれぇ……!」
ファントムロードは、じりじりと後退しながら歯噛みする。
本来であれば、侵入者は城の門をくぐる前に強烈な精神汚染によって幻覚に溺れ、互いを敵と錯覚して殺し合うはずだった。
あるいは、最も恐れる過去のトラウマに直面し、精神を崩壊させて自ら命を絶つ。
それがこの亡霊城の絶対の攻略不可能なルールだったのだ。
しかし、シオンという男が放つ快楽の魔力は、それらすべての絶望と恐怖の術式を、力任せに、そして最高に淫靡な方法で上書きし、破壊してしまった。
「ならば、これならばどうだ! 我が城の最奥に眠る、亡国十万の怨念をその身に受けよ!」
ファントムロードが懐から不気味な黒い魔導書を取り出し、そのページを激しくめくった。
亡霊城の尖塔から、天を覆い尽くさんばかりの漆黒の怨霊が噴き出し、一つの巨大な悪霊の渦を形成する。
それは触れるものすべての魂を強制的に刈り取る、即死の複合呪詛術式だった。
空が悲鳴を上げるような金切り声が、周囲の空間を震わせる。
「シオン、あれは危険だわ! 精神だけではなく、肉体の生気そのものを根こそぎ吸い尽くす暗黒呪術の一種よ。直撃すれば、さしもの私達の魔力防壁でも……!」
後方で魔導書を開き、常に戦況を分析していたリーナが、初めてその声に焦りをにじませて警告した。
「クフフ、生気を吸い尽くす、か。この俺から『生』の奔流を奪い取ろうなどと、滑稽で片腹痛いわ」
シオンは恐れるどころか、愉快極まりないといった様子で高笑いした。
彼はゆっくりと一歩前に出ると、その身に宿る「性の捕食者」の魔力を限界まで解放する。
その瞬間、シオンの身体から立ち上ったのは、禍々しくも圧倒的に甘美な、紫黒色の魔力のオーラだった。
それは死者の怨念など比較にならないほど、生々しく、そして強烈な生命力の濁流。
シオンの魔力そのものが、周囲の空間を「捕食者の檻」へと作り変えていく。
「喰らい尽くしてやろう。お前たちのその怨念ごと、俺の欲望の糧にしてくれる」
シオンが片手を突き出すと、彼の影から無数の巨大な触手が形を成し、天に向かって伸び上がった。
紫黒色の触手は、襲いかかってきた十万の怨霊の渦を強引に絡め取り、あろうことかその「死の魔力」を、強制的に快楽のエネルギーへと変換して、シオンの体内へと吸収し始めたのだ。
「な……ば、バカな!? 怨念を、呪詛を吸い上げて、自らの糧にしているだと……!? 貴様は人間ではない! 魔王様以上の、底なしの魔神か!」
ファントムロードの白い仮面が、恐怖でカタカタと震え出す。
「お前たちの絶望など、俺にとっては極上のスパイスに過ぎん」
怨霊の力をすべて吸い尽くしたシオンの魔力は、以前よりもさらに膨れ上がり、その双眸は獲物を定めた肉食獣のように妖しく輝いていた。
シオンは一瞬でファントムロードの目の前へと跳躍すると、その細い首を片手で乱暴に掴み上げ、地面から吊るし上げた。
「が、はっ……あ、離せ……!」
「さあ、その生意気な仮面の下を見せてもらおうか。幻影を操るお前自身が、どれほど無様で、空っぽな存在なのかをな」
シオンは容赦なく、もう片方の手でファントムロードの顔面に張り付いた不気味な白い仮面を掴み、力任せに引き剥がした。
バリィッ、と陶器が割れるような音と共に、仮面が砕け散る。
露わになったその素顔は人間や魔族のそれではなく、ただのドロドロとした黒い泥のような不定形の精神体だった。
彼自身、肉体を失い、幻影の中にしか存在できない哀れな亡霊の成れの果てだったのだ。
「クフフ、やはりな。中身のない虚無の化け物が、偉そうに城を構えていたわけだ。だが安心しろ、その空っぽの精神に、俺の消えない刻印をじっくりと刻み込んでやる」
シオンは冷酷に微笑むと、捕食者の指先を、ファントムロードの顔面の黒い泥の奥深くへと、容赦なく突き刺した。
第57話へ続く