「殺せぇッ! 侵入者どもを一人残らず叩き潰せぇッ!」
魔将軍バルゴスの狂ったような咆哮が、大広間の堅牢な壁を激しく震わせる。
頼みの綱であった『魔導重砲』を戦闘開始前に無力化された四天王の焦燥は、凄まじいものだった。
バルゴスが玉座から立ちあがると同時に大広間の左右に控えていた重装甲歩兵部隊が、一斉に武器を構えてシオンたちへと殺到する。
要塞の防衛システムを完全に掌握された今、バルゴスに残されたのは、物量による力押しの戦略だけであった。
しかし、シオンの背後に控える美女たちの表情に、動揺の色は一切なかった。
それどころか、彼女たちの瞳に宿っているのは、主であるシオンと交わったことで得られた魂の奥底から湧き上がる、圧倒的な全能感と悦楽の余韻だ。
シオンの絶対的な覇気と同調し、限界を超えて跳ね上がった戦闘バフは、彼女たちの肉体と魔力をかつてない領域へと引き上げていた。
「シオン様、ここは私たちにお任せを。ゴミ掃除に、主の手を煩わせる必要はありません」
白銀の毛並みを美しく翻し、フェンリルのセレナが先陣を切って地を蹴った。
その踏み込みの衝撃だけで、大広間の屈強な石床がクモの巣状にひび割れる。
セレナの身体は神速の領域へと達していた。
重装兵たちがその姿を視認したときには、すでに彼らの分厚い鋼鉄の鎧ごと、その肉体は容赦なく引き裂かれていた。
凄まじい速度で繰り出される獣爪の風圧だけで、後方に控えていた兵士たちまでが木の葉のように吹き飛ばされていく。
「ふふ、みんな一列に並んでねぇ。気持ちのいい夢を見せてあげるから」
妖艶に佇むルミナリアが濃厚な幻術の鱗粉を放つ。
紫色の霧となって大広間に急速に広がった鱗粉は、殺到する兵士たちの五感を一瞬で掌握した。
重装兵たちは突然、目の前の景色が真っ暗な奈落へと変わった錯覚に陥り、パニックとなって虚空に向かって滅茶苦茶に武器を振り回し始める。
同士討ちを始める兵士たち。
その隙間を、超低空の踏み込みで接近したルナリスが、戦斧を華麗に一閃させた。
鈍い破壊音とともに、幻術に囚われた兵士たちの首が宙を舞い、大広間は一瞬にして物言わぬ肉塊の山へと変貌していく。
完璧なまでの蹂躙劇。
その最前線で、最も苛烈な殺気を放ちながら戦場を舞っているのは、ダークエルフの王女シェリアだった。
一族を奴隷のように扱い、自身を脅迫し続けたバルゴスへの憎悪。
そして何より、絶望の淵から自分を丸ごと庇護し、救い出してくれたシオンへの狂信的な愛が、彼女を最強の暗殺者へと回帰させていた。
「シオン様が見おられる……私のすべては、あの御方のために!」
シェリアの身体がブレるような速度で敵陣の中心へと突入する。
二振りの短剣はまるで生き物のように重装兵の強固な兜の隙間、装甲の継ぎ目を正確無比に貫き、一撃必殺の死を量産していく。
かつて魔王軍最凶と恐れられた暗殺者の技術に、シオンのバフが加わった今の彼女は、まさに戦場を支配する死神そのものであった。
リーナの正確なバックアップと、アルテミシアの妖艶に広がる魔力を受け、数百の重装兵たちはわずか数分のうちに全滅した。
大広間を埋め尽くすのは、おびただしい血の海と、引き裂かれた鋼鉄の残骸だけだ。
その凄惨な光景の中を、シオンは漆黒の外套をひるがえし、絶対的な王の歩調でバルゴスの玉座へと歩みを進める。
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ! 我が誇る黒鉄の精鋭が、たった数人で、これほど容易く……! 貴様ら、一体何をした!」
バルゴスが信じられないというように目を見開く、全身の鎧をガタガタと震わせる。
人質を奪われ、要塞のシステムを乗っ取られ、自慢の軍勢すらも消し飛ばされた四天王。その姿は、あまりにも無様で、滑稽だった。
「クフフ、まだ理解できないか、バルゴス。お前の並べた鉄屑も、お前自身の存在も、この俺の征服欲を満たすための退屈しのぎに過ぎない!」
シオンはバルゴスの目の前で立ち止まり、最高に愉しげな、そして底知れぬほど邪悪な笑みを浮かべた。
その背後では、戦いを終えた六人の美女たちが、まるで神を崇めるかのような盲目的な視線でシオンの背中を見つめ、バルゴスに冷酷な視線を突き刺している。
「おのれぇぇッ! 人間風情が、この俺を、魔王軍四天王を舐めるなァァッ!」
極限の怒りと屈辱により、バルゴスの理性が完全に弾け飛んだ。
バルゴスは身の丈を超える巨大な戦鎚を両手で握りしめ、要塞の全魔力をその身に強引に上乗せして跳躍した。漆黒のフルプレートアーマーが咆哮を上げ、大質量の一撃がシオンの頭上へと振り下ろされる。
空間そのものが自重で歪むような、四天王としての意地をかけた一撃。
まともに受ければ、要塞の半分が崩壊しかねないほどの破壊力。
しかし、シオンは避ける素振りすら見せず、ただ不敵に笑ったまま、おもむろに右手を突き出した。
その手のひらに、濃密な紫黒色の魔力が一瞬で収束していく。
「消え失せろ、鉄屑」
シオンの冷徹な一言とともに、手のひらから放たれたのは、光さえも吸い込むような暗黒の衝撃波だった。
バルゴスが命を賭して放った戦鎚の一撃は、シオンの魔力の奔流に触れた瞬間、まるでガラス細工のようにあっけなく粉々に砕け散った。
それだけではない。
衝撃波はそのままバルゴスの巨大な肉体を直撃し、彼が絶対の自信を持っていた漆黒のフルプレートアーマーを、内側の肉体ごと一瞬で消滅させていく。
「が、は……あ、あり得ん……この俺が、人間に……魔王様……っ」
最期の言葉を残し、魔王軍四天王の一人、魔将軍バルゴスは塵となって虚空へと消え去った。
「さすがはシオン様……完璧なまでの勝利ですわ」
ルビリアとアルテミシアが歓喜に身体を震わせながらシオンの傍らに寄り添い、その逞しい腕に自分たちの胸を押し付けるようにして抱きついた。
リーナもまた、興奮で頬を紅潮させながら、シオンの首に腕を回して抱きしめる。
フェンリルのセレナ、ルナリス、ルミナリアもシオンに駆け寄り。
シェリアは、宿敵の消滅を見届けた後、すぐさまシオンの足元へと跪いた。
その瞳には、涙とともに、もはや信仰に近い熱い情熱が宿っている。
「シオン様……感謝いたします。これで、我が一族の無念は晴らされました。この命、この魂のすべてを、永遠にあなた様に捧げます……!」
シオンは跪くシェリアを優しく立ち上がらせると、その濡れた唇に深い口づけを落とした。
「フッ、お前の一族の力と技術、これからたっぷりと俺のために使ってもらうぞ、シェリア」
「はい……喜んで、我が神よ……」
シェリアはうっとりとした表情でシオンの胸に顔を埋め、歓喜の吐息を漏らす。
第48話へ続く