地下監獄の冷たい空気を激しく揺るがす不気味な重低音は、確実にこの『黒鉄の要塞』の主である魔将軍バルゴスの怒りと、その巨体が放つ威圧感を体現していた。
シオンの鋭い命令を受けたリーナとアルテミシアは、即座に魔力を同調させ、救出されたダークエルフ一族の足元に巨大な転送術式を展開する。
術式から放たれたまばゆい紫黒色と青白い光の渦が監獄内を眩しく照らし、衰弱していたダークエルフたちは、長老をはじめ子供たちに至るまで、一瞬のうちに要塞の外の安全な場所へと転送された。
後に残ったのは、鉄格子の前に佇む絶対の支配者シオンと、彼の愛に染まる六人の美女たちだけだ。
一族を無事に避難させ、人質という最後の足枷を完全に消し去ったシェリアの瞳には、もはや迷いなど微塵もなかった。
かつてないほど濃厚な愛欲と、盲目的なまでの忠誠心、速度を増した宿敵への容赦なき殺意がその瞳の奥で渦巻いていた。
「行くぞ。間抜けな鉄屑に、本当の支配者が誰であるかを教えてやる」
シオンの冷徹な一言とともに、一同は地下監獄を後にし、薄暗い通路へと飛び出した。
すでに要塞内は裏切り者の侵入を察知した警報が鳴り響く。
通路には、バルゴス直属の精鋭である重装甲兵たちが、武器を構えて次々と姿を現していた。
だが、シオンの絶対的な覇気と同調し、交わりのバフによって極限まで身体能力を引き上げられた彼女たちの前では、迫り来る鉄の軍勢などただの肉塊の予備軍に過ぎなかった。
前衛のセレナが神速の踏み込みから繰り出す鋭い爪が、重装甲兵の分厚い鋼鉄を容易く引き裂いていく。
両断された鎧から血飛沫が舞うのと同時に、妖艶に佇むルミナリアが濃厚な幻術を放ち、後方から支援しようとした兵たちの五感を狂わせた。
彼らが虚空に向かって滅茶苦茶に武器を振り回すその背後から、ルナリスが、鋭い戦斧を容赦なく振う。
シェリアもまた、シオンの影として一切の無駄がない動きで二振りの短剣を振るい、重装兵の隙間を的確に貫いていく。
かつて魔王軍最凶と恐れられた彼女の刃は、主であるシオンに勝利を捧げるためだけに、以前よりもさらに冷酷に、さらに鋭く研ぎ澄まされていた。
わずか数分。
文字通りの蹂躙劇を繰り広げ、シオンの漆黒の外套に返り血の一滴すら浴びせることなく通路を突き進んだ一行は、ついに要塞の中央に位置する大広間の巨大な鉄扉の前へと到達した。
シオンが不敵な笑みを浮かべて扉を豪快に蹴り開けると、そこには圧倒的な質量を持った絶望の光景が広がっていた。
大広間の奥、鋼鉄を幾重にも溶接して作られた禍々しい玉座に、その男は鎮座していた。
魔王軍四天王の一人、魔将軍バルゴス。
全身を常人の数倍はある巨大な漆黒の鎧に包み、手には身の丈を超える大質量の戦鎚を握りしめている。
その装甲の隙間から覗く目は、人質を奪われ、すべての計算を狂わされたことへの怒りと驚愕で真っ赤に血走っていた。
「ネズミめ、まさか我が警戒網を完璧に潜り抜け、あの地下監獄の結界を力任せに粉砕するとはな……! だが、ダークエルフどもをどこへ隠そうと、この俺の不落の要塞から生きて出られると思うなよ!」
バルゴスの地鳴りのような咆哮が大広間の壁を激しく震わせる。
凄まじい魔圧が空間を支配するが、シオンはそれを真正面から浴びながらも、最高に愉しげな笑みを浮かべて一歩前へと出る。
「クフフ、不落の要塞だと? 見せかけだけの鉄屑を並べただけの檻が、この俺を閉じ込められると本気で思っているのか。バルゴス、お前の言う絶対の装甲など、俺の前には存在しないも同然だ。人質という安っぽいカードを失ったお前に、何が残されている?」
「黙れ、小悪党が! 我が鋼鉄の軍勢と、この圧倒的な破壊力の前には、貴様らの小細工など無意味だということをその身に刻んでくれるわ!」
バルゴスが怒り狂って戦鎚を床に叩きつけると、激しい地響きとともに大広間の壁が左右へと開き、そこから要塞の動力源と直結した巨大な『魔導重砲』の砲口が不気味に姿を現した。
人間の街など一撃で焦土に変える極大の破壊兵器が、ガチガチと重々しい音を立ててシオンたちへと照準を合わせる。
「シオン様、あれは要塞の総魔力を注ぎ込んだ一撃です。まともに受ければいかに私たちの障壁でも防ぎきれません……! 」
リーナが手元の魔導書を広げて周囲の魔力波動を解析しながら叫ぶ。
しかし、シオンはそのリーナの前に手を差し伸べ、どこまでも余裕に満ちた態度でゆっくりと振り返る。
「案ずるな、リーナ。アルテミシア、準備はいいな?」
「ふふ、もちろんでございますわ、我が愛しき主。この要塞の術式回路は、私がバルゴスと共同で構築したもの。すでに半分以上が私の指先の中にありますもの」
アルテミシアが漆黒のドレスの裾を揺らしながら妖艶に微笑み、細い指先を突き出して要塞のエネルギーの「歪み」を正確になぞってみせた。
彼女とリーナの魔力を同調させ、防衛システムを麻痺させたあの技術は、今や要塞の心臓部そのものを内側から蝕んでいたのだ。
バルゴスが引き金を引くよりも早く、魔導重砲の砲口に集まっていた莫大な魔力エネルギーが、制御を完全に失って術式回路を逆流し始めた。
「な、何だと!? 魔導砲が作動せん……馬鹿な、術式回路が書き換えられているだと!?」
驚愕に目を見開くバルゴスの視線の先で、魔導重砲は内側から不気味な爆発音を立て、激しい火花を散らしながら完全に沈黙した。
シオンの狡猾な戦略は、戦闘が始まる遥か前から、この要塞の絶対的な優位性を奪い去っていたのだ。
「お前が自慢するその玩具は、もうただの鉄屑だ。さあ、次は本体の番だな」
シオンが冷酷に告げると、その背後から六人の美女たちが一斉に強烈な殺気を爆発させた。
シェリアを脅して利用し、一族を家畜として使い潰そうとした魔王軍への怒り。
それを晴らし、自らを救い出してくれたシオン様への絶対的な愛を証明するため、シェリアが二振りの短剣を構えてバルゴスの眼前へと立ちはだかる。
「バルゴス、お前が我が一族に与えた屈辱、そしてシオン様の手を煩わせた罪……その命を以て、今すぐ償わせる!」
第47話へ続く