【第45話】新たなる主人
アルテミシアとリーナが同時に魔力を送り込むと、地下監獄を閉ざしていた重厚な鉄の扉が、内側から解錠された。
防衛システムを麻痺された扉は、警報を発することすら許されず、音もなく左右へと開かれていく。
「突入しろ!」
シオンの号令が下った瞬間、前衛の三人が弾かれたように飛び出した。
薄暗い監獄の内部には、重装甲兵たちが十数名、武器を構えて待ち受けていたが、彼女たちの敵ではなかった。
「シオン様の前を塞ぐ雑魚どもが、身の程を知れ!」
銀の毛並みを翻してフェンリルのセレナが、神速の踏み込みとともに爪を振るう。
分厚い鋼鉄の装甲が、まるで生木を引き裂くかのように容易く両断され、血飛沫とともに警備兵たちが崩れ落ちた。
「そこを動くんじゃないよ」
ルビリアが放った精神魅了の魔術が、反撃を試みようとした兵たちの五感を狂わせる。
彼らが戦意を喪失して武器を構えたまま立ちすくむ。その背後から地を這うような速度で接近したルナリスの鋭い戦斧が兵の首へと炸裂する。
わずか十数秒。
緊迫した空間には、物言わぬ肉塊と化した兵士たちが転がっていた。
完璧なまでの連携と圧倒的な戦力。
シオンの愛に染まり、その絶対的な覇気に当てられた彼女たちの戦闘力は、シオンと交わることで得られたバフ効果で以前の力を遥かに凌駕していた。
「素晴らしい手際だ。行くぞ、シェリア」
「はい……っ、シオン様!」
シオンは漆黒の外套に返り血の一滴すら浴びることなく監獄の奥へと進む。
そのすぐ隣を、シェリアが先導する。
監獄の最奥は、隣接する魔導溶解炉の熱気が流れ込み、息苦しいほどの高温に満ちていた。
そこに広がる無数の鉄格子の向かい側に、彼女が何よりも大切にしていた同胞たちの姿があった。
ダークエルフたちは、一様に衰弱し、壁に繋がれた禍々しい枷によって魔力を絶え間なく吸い取られている。
その中には、幼い子供や、かつて一族を率いていた年老いた長老の姿もあった。
「みんな……!無事なのね……っ!」
シェリアが鉄格子に駆け寄り、涙を浮かべて声をかける。
「お、王女、シェリア……? なぜ、ここに……。魔王軍に逆らえば、お前も……」
弱々しく顔を上げた長老が、信じられないというように目を見開いた。
その混乱の中、ダークエルフたちの視線は、シェリアの後ろからゆっくりと歩み寄ってくるシオンへと集まった。
「シェリア、これが国を失い、魔王軍の家畜に成り下がったお前の一族か」
ダークエルフたちは、その男から放たれる、魔王すらも圧倒しかねない凄まじい魔圧と、底知れない支配者の器量に本能的な恐怖を覚え、思わず身をすくませた。
「シオン様……はい。これが、私の守りたかったすべてです」
シェリアはシオンの前で跪き、すがるような瞳で見上げた。
一族の命運が、今この男の双肩にかかっている。
シオンの気分一つで、彼らの命など簡単に消し飛ばせることを、彼女は誰よりも理解していた。
シオンはふっと鼻で笑うと、おもむろに右手を突き出した。
その手の平に、濃密な紫黒色の魔力が収束していく。
「リーナ、アルテミシア。一族を縛っている術式結界の核を指定しろ。一気に砕く」
「すでに解析は完了しております、シオン様。中央の魔導礎石へ、その強大な魔力を叩き込んでください!」
アルテミシアの言葉が終わるよりも早く、シオンの放った魔力が監獄の術式回路を直撃した。
凄まじい爆音とともに、ダークエルフたちを縛り、その命を削り続けていた「枷」が内側から一斉に粉砕される。
金属の破片が飛び散り、解放された同胞たちがその場にへたり込む。
「あ、ああ……魔力を吸い取る呪いが、消えた……?」
「嘘だろ、人間の男が、四天王の施した一級結界を力任せに壊したというのか……!?」
驚愕に震える一族の者たちを前に、シオンは歩を進め、長老の前に立った。
単なる加虐的な悪党であれば、ここで新たな隷属を強いるだろう。
しかし、シオンの瞳にあるのは、自らの傘下に入った者を丸ごと庇護する、覇王としての圧倒的な男の魅力だった。
「シェリアの同胞よ、よく聞け。お前たちを脅し、利用してきた魔王軍の時代は、今この瞬間を以て終わった。今日からお前たちの命は、この俺、シオンがあずかる」
シオンは不敵で、かつ絶対的な安心感を与える笑みを浮かべ、シェリアの肩を抱き寄せた。
「俺の女であるシェリアが、一族の行く末を憂いて暗い顔をしているのが気に入らん。だから、お前たちを救い出した。これからは魔王軍の脅威に怯える必要はない。俺の庇護のもとで、一族の再興を果たすがいい。その代わり、お前たちの持つ魔力と技術のすべてを、俺のために捧げろ。異論はあるか?」
その言葉は、過酷な奴隷契約などではなかった。
絶望の奈落の底にいた彼らに差し伸べられた、あまりにも強大で、あまりにも甘美な「救済」の手だった。
人質を取って脅すバルゴスとは格が違う、本物の強者の度量。
「おお……ああ……っ、なんという御方だ……」
長老は涙を流し、その場に平伏した。
それに続くように、ダークエルフたちが一斉にシオンに向かって頭を垂れる。
「我が一族の新たな主、シオン様……! この御恩、命が尽きるまで忘れません。ダークエルフの忠誠は、今この瞬間から、あなた様だけのものです!」
一族の歓喜の声が響く中、シェリアの胸の内は、爆発せんばかりの熱い感情で満たされていた。
恐怖や快楽の調教を超えて、シオンという男の圧倒的な器量、そして自分たちのためにリスクを背負ってくれたその優しさと男気に、魂の奥深くまで完全に魅了されていた。
「シオン様……ああ、シオン様……! 私は、本当にあなたにすべてを捧げてよかった……! あなたこそが、私の、私の一族の、絶対の神です……!」
シェリアはシオンの足元にすがりつき、歓喜の涙を流しながらその甲に口づけを落とした。
その瞳には、かつてないほど濃厚な愛欲と、盲目的なまでの忠誠心が宿っている。
だが、その感動的な光景を破るように、監獄の天井から不気味な振動が伝わってきた。
要塞全体を揺るがすような重低音。
バルゴスが人質の奪還と、裏切者の存在に気づいたのだ。
「フッ、どうやら間抜けな鉄屑が、ようやく我が家のネズミに気づいたようだな」
シオンは天井を見上げ、最高に愉しげな笑みを浮かべた。
人質を奪われ、すべての計算を狂わされた四天王バルゴスが、これからどんな絶望の表情を浮かべるのか。
それを想像するだけで、彼の征服欲は激しく昂る。
「リーナ、アルテミシア、一族を安全な場所まで連れて行け。残りの者は俺に続け。……さあ、バルゴス。お前が自慢する鋼鉄の装甲が、俺たちの前でどこまで耐えられるか、試してやろうじゃないか」
「御意、我が愛しき主シオン様!!」
六人の美女たちの咆哮が、地下監獄を震撼させる。
魔王軍四天王バルゴスの破滅、そして要塞の完全陥落へ向けて、進撃の足音が大きく鳴り響いた。
第46話へ続く




