【第43話】覇王の進撃
大浴場を満たしていたドロドロとした愛欲の霧がようやく晴れ、砦の最奥に位置する謁見の間には、冷徹な静寂が戻りつつあった。
シオンは次なる戦いへ向けて動き出すべく、女たちへ視線を向けた。
「リーナ、アルテミシア。そろそろ衣服を整えろ」
シオンが命じると、つい先ほどまで白目を剥いて快楽の悲鳴を上げていた女たちが、ビクンと身体を震わせて一斉に動き出す。
「は、はい……っ、シオン様。ただちに……」
魔導士のリーナが乱雑に着崩したローブを大慌てで正す。
その知的な瞳の奥には、シオンへの絶対的な服従の色が深く刻まれていた。
黒耀の魔女アルテミシアもまた、生まれたままの姿から素早く漆黒のドレスを身に纏、シオンの前へと跪く。
その隣には、ダークエルフの王女であり最強の暗殺者であったシェリアが、いまだ身体の奥に残る熱い余韻に太ももを震わせながらも、頭を垂れていた。
フェンリルのセレナ、ウルフ族のルナリス、妖精族のルミナリアも同様に、シオンの視線ひとつで即座に戦闘態勢へと意識を切り替える。
快楽によって精神を完全に支配された彼女たちは、今やシオンの為ならば命を投げだすことすら躊躇わない絶対の戦力へと作り変えられていた。
シオンは玉座に深く腰掛け、鋭い眼光をシェリアに向ける。
「よし。シェリア、お前が事前に話していた通り、魔王軍の残党どもの動向について、改めて詳細を説明しろ」
「はい……シオン様」
シェリアは瞳を潤わせながら言葉を紡いだ。
「魔王軍の残党は、ここから北にある『黒鉄の要塞』に集結しつつあります。率いているのは、魔王軍四天王の一人であり、鋼鉄の二つ名を持つ魔将軍バルゴス……。あ奴は、私の同胞であるダークエルフの生き残りたちを要塞の地下に幽閉し、人質に取っています。私が暗殺者として魔王軍に使われていたのも、すべては一族を人質に取られ、一族再興の望みを繋ぐためでした……」
それは、シェリアが打ち明けた過酷な事実だった。
一族を救うために泥をすすり、暗殺者として手を汚し続けてきた彼女の苦難の歩み。
それをすべて知った上で、シオンはすでに次なる一手を進める決意を固めていた。
「魔将軍バルゴスか。クク、面白い。俺をどうにか出来ると思っている間抜けな残党どもを、一網打尽にするには絶好の舞台だな」
シオンの唇に、不敵な笑みが浮かぶ。
「シオン様、バルゴスの率いるる軍勢は、強固な重装甲騎兵と、強大な破壊力を持つ魔導砲を有しています。正面から挑めば、いかにシオン様の魔力が絶大とは言え、兵力の差で押し切られる可能性も……」
シェリアが冷静な進言をするが、その声はシオンの機嫌を損ねまいと細かく震えていた。
シオンは鼻で笑い、シェリアの顎を指先で掬い上げる。
「シェリア、お前は俺の力を過小評価しているようだな。正面から潰す必要などない。俺には、魔王軍の戦術も内部構造も知り尽くした、優秀な『女』たちがこれだけ揃っているのだからな。……それに、この作戦の本質はそこではない」
シオンは指を離し、ゆっくりと立ち上がる。
その佇まいには、単なる悪党や支配者にはない、圧倒的な男の魅力と、自らの身内を庇護する覇王としての頼もしさが溢れていた。
「この戦い、まずは隠密作戦から始める。バルゴスとの全面対決の前に、シェリアの同胞が捕らえられている地下監獄を最優先で強襲し、人質をすべて救出する」
シオンの口から放たれたその言葉に、シェリアはハッと息を呑み、信じられないものを見る目でシオンを見つめた。
すべてを打ち明けていたとはいえ、シオンにとってダークエルフの一族など、本来ならどうでもいい存在のはずだ。
それにもかかわらず、リスクを背負って真っ先に救出作戦を提案してくれたシオンの言葉に、彼女の胸は激しく打たれた。
「シオン、様……私の一族のために、そこまでのリスクを……?」
「勘違いするな、シェリア。お前は一度、俺の腕の中で極上の快楽を知り、俺のものとなった女だ。その女が、いつまでも魔王軍ごときの安っぽい因縁に縛られ、暗い顔をしているのが気に入らないだけだ。お前の一族の憂いを取り除き、完全に俺だけのものにしてやるための作戦だ」
シオンは邪悪に、しかし最高に不敵な笑みを浮かべた。
その絶対的な自信と、支配した者を丸ごと救い上げる度量の大きさに、シェリアの胸の奥でカチリと何かが嵌まる音がした。
今までは恐怖と快楽の毒によって無理やり従わされていた身体に、今度は「この男にすべてを捧げたい」という、純粋で強烈な、雌としての恋慕と真の忠誠が沸き上がってきたのだ。
術式による支配を超えて、シオンという男そのものの魅力に、彼女の魂が完全に屈服した瞬間だった。
「……シオン様。この命、この肉体の最後の一滴まで、あなたのために捧げます。どうか、私を先導役にお使いください」
シェリアの瞳から迷いが消え、妖艶な、しかし絶対の覚悟を宿した光が灯る。
「クク、良い目になったな、シェリア。期待しているぞ!……ルミナリア、アルテミシア、シェリア。お前たちの出番だ。幻術と隠密の術式を展開しろ。リーナ、ルナリス、セレナは後方支援を!人質を奪い去った後、バルゴスがどんな絶望に歪んだ顔をするか……想像するだけで傑作だ」
「御意、我が愛しき主シオン様」
男としての魅力をさらに増したシオンを中心に、新たな戦いの幕が上がる。
ダークエルフの一族救出。
そしてバルゴスへの容赦なき鉄槌に向けて、覇王の一歩が踏み出された。
第44話へ続く




