【第40話】快楽の罠
本殿の最奥へと続く薄暗い回廊を、ダークエルフの王女シェリアは羽毛のごとき軽やかさで進んでいた。
特殊な魔術繊維で編まれた漆黒の装束は、周囲の闇と同化し、彼女の存在を完全に隠蔽している。
気配、足音、果ては呼吸の微かな熱量に至るまで、魔王軍最強の暗殺者としての隠密技術は、いささかの綻びもなかった。
しかし、その完璧な隠密行動とは裏腹に、シェリアの胸中を占めていたのは得体の知れない焦燥感だった。
(……罠か? いや、それにしては警備の配置が甘すぎる。まるで私をここに誘い込もうとしているかのようだ)
彼女が事前の潜入ルートとして見定めていた防衛網の隙間は、確かに不自然なほど綺麗に空いていた。
だが、扉の奥から漂ってくるアルテミシアの魔力は、間違いなく本人のものだった。
ただ、その性質がかつての冷徹で峻厳なものとは異なり、不気味なほどに甘く、情欲を孕んでドロドロに揺らめいているように感じられるのだ。
シェリアは紫の瞳を鋭く光らせ、逆手に握った短剣の柄を強く握り直した。
(確かめねばならぬ。一族の再興を賭けて魔王に臣従した私だ。アルテミシアが討たれたにせよ、裏切ったにせよ、ここで退くわけにはいかない)
意を決し、音もなく目の前の豪奢な扉を押し開ける。
瞬間、シェリアの鼻腔を突いたのは、濃厚な薔薇の香りと、肉体が交わり合うことで生じる特有の、淫靡で退廃的な匂いだった。
部屋の奥、巨大な天蓋付きのベッドの傍らに、彼女の探していた魔女の姿はあった。
アルテミシアは、魔王軍としての威厳など微塵も残していない姿でそこにいた。
まともな衣服を着ることも許されていないのか、身に纏っているのは肌を露骨に露出させた薄い絹のドレスのみ。
しかも、その白い太ももやうなじには、禍々しくも美しい紫の紋様が、今なお生き物のように脈動している。
「……遅かったわね、シェリア」
アルテミシアはベッドの縁に腰掛け、自らの豊かな胸元を愛しそうに愛撫しながら、妖艶な笑みを浮かべて暗殺者を迎えた。
その瞳は完全に潤んでおり、知性の中に狂気的な陶酔が混ざり合っている。
「アルテミシア……!一体その無様な姿は何だ!?奇襲されたというのは本当なのか、そして、お前をそこまで陵辱した不届き者はどこにいる!」
シェリアは短剣を構え、部屋の死角を警戒しながら低く鋭い声で詰問した。
しかし、アルテミシアは怒るどころか、鈴を転がすような笑い声を上げた。
「無様? うふふ、何にも分かっていないのね、哀れな王女様。私は今、これまでの人生で最も幸福なのよ。かつて魔王に捧げていた偽りの忠誠など、我が最愛の主シオン様の楔の前には、塵同然だったわ」
「正気か、アルテミシア! お前、完全に精神を破壊されて……!」
「いいえ、最適化されたのよ。ねえ、シェリア。あなたも一族のために汚れ仕事を続けて、心が渇ききっているのでしょう? シオン様にその頑な誇りを打ち砕かれ、身体の奥まで彼の色に染め上げられる歓びを知れば、きっと私に感謝するわ」
その言葉が終わるのと同時に、部屋の隅の闇が、生き物のように蠢いた。
「その通りだ。お前もすぐに、この魔女と同ように俺の名前しか叫べない身体にしてやる」
「なっ……!?」
シェリアの背後、気配などいっさい無かったはずの空間から、低く冷徹な男の声が響く。
驚愕したシェリアは本能的に背後へと短剣を突き出したが、その刃は虚空を切り裂いた。
すでに声の主は、彼女の背後からそのしなやかな腰を、強固な腕で組み伏せていた。
「クク、さすがに身のこなしは素晴らしいな。だが、俺の絶対領域に入り込んだ時点で、お前の敗北は決まっている」
「離れろ、下衆が……っ!」
シェリアは身を捩って逃れようとするが、シオンの身体から溢れ出た濃厚な魔力が、網のように彼女の全身に絡みつき、その自由を奪っていく。
シオンの「性の捕食者」としての能力が、接触した肌を通じて、ダイレクトにシェリアの精神を蹂躙し始めていた。
「くあ、がっ……あ、熱い!?何......だ、この……魔力、は……っ!」
経験したことのない、脳髄を直接灼かれるような甘美な衝撃に、シェリアの紫の瞳が大きく見開かれる。
暗殺者として鍛え上げられた強靭な精神力が、その一撃だけで激しく揺らぎ、膝がガクガクと震え出した。
「素晴らしい。ルビリアやアルテミシアとはまた違う、引き締まった極上の肉体だ。一族を想うその頑な誇りが、どれほど極上の悲鳴を奏でてくれるか、今から楽しみで仕方がないぞ」
シオンはシェリアの装束の首元を乱暴に引き裂き、露わになった褐色の美しい肌に、容赦なくその唇を押し当てた。
「ひゃんっ!? あ、あぁっ……あ、悪魔め、私を……私を汚すな……っ!」
快楽の電流が全身を駆け巡り、シェリアの口から、彼女自身すら聞いたことのないような、高くて淫らな悲鳴が漏れ出す。
ベッドの上では、その様子を特等席で見つめるアルテミシアが、自身の秘部を濡らしながら、恍惚とした表情で歓喜の吐息を漏らしていた。
「そうよ、シェリア……もっと鳴き声を上げて、シオン様を楽しませて差し上げなさい。あなたのその誇りがドロドロに溶ける瞬間を、私はずっと待っていたのよ……っ!」
魔王軍最強の暗殺者として闇に生きてきたダークエルフの王女が、今、シオンの張り巡らせた蜘蛛の糸に完全に囚われ、快楽の奈落へと引きずり込まれようとしていた。
第41話へ続く




