【第37話】黒き魔女の陥落
「く、あ……っ、ぁ……!」
鉄血の砦の本殿前。
石畳に両膝を突き、激しく身を震わせているのは、魔王軍が誇る最精鋭「黒耀騎士団」の長、アルテミシアであった。
かつて一切の感情を排し、冷徹無比に敵を屠ってきた魔女の面影は、今や見る影もない。
彼女が放った必殺の黒雷の術式は、シオンの「性の捕食者」の能力によってすべて甘美な愛欲の毒へと反転され、彼女自身の体内へと逆流していた。
魔術の回路を暴走しながら駆け巡る熱い衝動に、アルテミシアの白い肌は内側から湧き上がるような淫らな感情に染まり、じっとりと脂汗を浮かべている。
「どうした、黒耀の魔女。その毅然とした誇りはどこへ消えた?」
玉座に腰掛けるシオンが、見下す視線に冷徹な愉悦をにじませる。
その傍らでは、薄衣を纏ったサキュバスのルビリアが、主の勝利を確信して妖艶な微笑を浮かべていた。
「ハァ、ハァ……何を……私に、何を、した……っ!」
アルテミシアは、自身の内に渦巻く未知の感覚に恐怖していた。
これまで彼女にとって、戦いとは冷徹な計算と魔力の効率的な消費でしかなかった。
快楽などという下俗な感情は、弱者が溺れる泥濘に過ぎないと切り捨ててきたのだ。
しかし今、彼女の脳髄を灼いているのは、その泥濘よりもなお深く、抗い難いほどの狂おしい歓愉の波だった。
「お前自身の魔力が、お前の肉体を内側から造り替えているだけだ。我が支配を受け入れるためにな」
シオンが静かに歩を進め、彼女の前に立つ。
靴音が妙に大きく響き、アルテミシアの心音を狂わせる。
「お、のれ……私は、魔王ギルガザード様の下僕……お前のような、不届き者に……!」
消え入りそうな理性を必死に掻き集め、アルテミシアは呪詛を吐き出そうとした。
だが、言葉を紡ごうとするたびに、体内を巡る毒が容赦なく愛液を溢れさせ、思考を霧散させていく。
「ギルガザード、か。その男に抱く忠誠ごと、俺の快楽で塗り潰してやろう」
シオンが指先で、アルテミシアの顎をくいと持ち上げた。
触れられた瞬間、電流が走ったかのように彼女の肉体が跳ねる。
「ひゃあうっ……!?」
悲鳴にも似た、情けない声が彼女の唇から漏れた。
自身のものとは思えない淫らな声に、アルテミシアの瞳が驚愕と屈辱で大きく見開かれる。
「ほう、良い反応だ。まだ手を出してもいないというのに、これほど感じるとはな」
「ち、違う、これは、私の意志では……!」
「意志など、快楽の前には無力だ。お前のその高慢な理性を、今ここで完全にへし折ってやる」
シオンの手のひらが、アルテミシアの頬から首筋、そして豊かな胸元へと滑り降りていく。
ただ触れられているだけなのに、その部位からじりじりと灼けるような快感が全身へと伝播していく。
アルテミシアの頭の中は、すでに真っ白に染まりつつあった。
冷徹な魔女の仮面は完全に剥がれ落ち、ただ熱情に浮かされる一匹の雌の顔がそこにあった。
その時、本殿の入り口の方から、激しい金属音と足音が響いてきた。
「アルテミシア様をお救いせよ!」
「化け物め、その汚い手を離せ!」
防衛ラインを突破した数騎の黒耀騎士たちが、大剣を構えて突入してきたのだ。
彼らは主の危機を察し、死に物狂いでシオンへと斬りかかろうとする。
だが、彼らの剣がシオンに届くことはなかった。
「主上へ仇なす羽虫どもが。身の程を知れ」
冷徹な声とともに、漆黒の大剣が横一文字に払われた。
ヴァルグリムだ。
シオンから強大な魔力供給を受け、以前よりも数倍の威力を誇るその一撃は、黒耀騎士たちの頑強な鎧ごと肉体を一刀両断にする。
鮮血が本殿の壁を赤く染めた。
「ふん、この程度の雑兵で、シオン様の邪魔ができると思ったか」
さらに、入り口の影からサクヤが姿を現し、冷たい「淫凍の結界」を展開する。
残された騎士たちは、凍てつく冷気と同時に脳を麻痺させる精神魅了の香気を受け、その場に崩れ落ちていった。
「シオン様、不浄な輩はすべて排除いたしました」
サクヤはそう言いながら、シオンの背後に控えるルビリアを鋭い視線で睨みつける。
自分こそが一番の忠臣であると誇示するかのような態度だが、シオンはその微細な嫉妬をも楽しむように、一瞥をくれただけだった。
「よくやった。そのまま周囲の警戒を続けろ。さて……邪魔者は消えたな」
シオンは再び、足元で身悶えするアルテミシアへと視線を戻した。
騎士たちの無惨な死を目の当たりにしてもなお、いまの彼女にはそれを憤る余裕すら残されていない。
ただ、シオンの指先がもたらす破壊的な快楽から逃れること、あるいは、それ以上のものを求めることで頭が支配されていた。
「あ、は、ぁ……、シオ、ン……さま……?」
ついに、アルテミシアの口から、掠れた声でその名が漏れ出た。
本人の意志とは無関係に、魂の最奥が「絶対の支配者」を認識し、屈服を始めていた。
「そうだ、その名を呼び続けろ。お前のすべてを、俺の所有物として最適化してやる」
シオンは冷酷に微笑むと、アルテミシアの身体を強引に引き寄せ、その唇を奪った。
「......んむっ!?」
濃厚な抱擁と同時に、シオンの「性の捕食者」の能力がさらに深く彼女の精神へと介入していく。
それはただの肉体的な快楽ではない。
アルテミシアの記憶、忠誠心、恐怖、そしてこれまで築き上げてきたアイデンティティのすべてを愛欲の炎で焼き尽くし、シオンへの絶対的な狂信へと書き換えていく精神の調教であった。
「ん、うううぅーっ! ん、は、あぁ……ッ!」
アルテミシアの瞳から、冷徹な光が完全に消失した。
代わりに宿ったのは、ドロドロに溶けた陶酔と、底なしの依存の光。
彼女の背中で、魔王軍の宿将としての誇りが音を立てて崩壊していく。
「あ、あああ……私は、あなたの、お人形……シオン様の、もの……っ!」
完全に理性を削られ、快楽の奴隷へと成り下がった黒き魔女。
魔王軍最強と謳われた黒耀騎士団の長は、いまやシオンの足元で、ただひたすらに愛を乞う狂信者へと変貌を遂げた。
第 38話へ続く




