↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホスト転生  作者: 阿門 甲斐吽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/70

【第37話】黒き魔女の陥落


「く、あ……っ、ぁ……!」


 鉄血(てっけつ)の砦(とりで)の本殿前(ほんでんまえ)。


 石畳(いしだたみ)に両膝(りょうひざ)を突(つ)き、激(はげ)しく身(み)を震(ふる)わせているのは、魔王軍(まおうぐん)が誇(ほこ)る最精鋭(さいせいえい)「黒耀騎士団(こくようきしだん)」の長(おさ)、アルテミシアであった。


 かつて一切(いっさい)の感情(かんじょう)を排(はい)し、冷徹無比(れいてつむひ)に敵(てき)を屠(ほふ)ってきた魔女(まじょ)の面影(おもかげ)は、今(いま)や見(み)る影(かげ)もない。


 彼女(かのじょ)が放(はな)った必殺(ひっさつ)の黒雷(こくらい)の術式(じゅつしき)は、シオンの「性(せい)の捕食者(ほしょくしゃ)」の能力(のうりょく)によってすべて甘美(かんび)な愛欲(あいよく)の毒(どく)へと反転(はんてん)され、彼女自身(かのじょじしん)の体内(たいない)へと逆流(ぎゃくりゅう)していた。


 魔術(まじゅつ)の回路(かいろ)を暴走(ぼうそう)しながら駆(か)け巡(めぐ)る熱(あつ)い衝動(しょうどう)に、アルテミシアの白(しろ)い肌(はだ)は内側(うちがわ)から湧(わ)き上(あ)がるような淫(みら)らな感情(かんじょう)に染(そ)まり、じっとりと脂汗(あぶらあせ)を浮か(うか)べている。


「どうした、黒耀(こくよう)の魔女(まじょ)。その毅然(きぜん)とした誇(ほこ)りはどこへ消(き)えた?」


 玉座(ぎょくざ)に腰掛(こしか)けるシオンが、見下(みお)す視線(しせん)に冷徹(れいてつ)な愉悦(ゆえつ)をにじませる。


 その傍(かたわ)らでは、薄衣(うすぎぬ)を纏(まと)ったサキュバスのルビリアが、主(ぬし)の勝利(しょうり)を確信(かくしん)して妖艶(ようえん)な微笑(びしょう)を浮(う)かべていた。


「ハァ、ハァ……何(なに)を……私(わたし)に、何(なに)を、した……っ!」


 アルテミシアは、自身(じしん)の内(うち)に渦巻(うずま)く未知(みち)の感覚(かんかく)に恐怖(きょうふ)していた。


 これまで彼女(かのじょ)にとって、戦(たたか)いとは冷徹(れいてつ)な計算(けいさん)と魔力(まりょく)の効率的(こうりつてき)な消費(しょうひ)でしかなかった。


 快楽(かいらく)などという下俗(げぞく)な感情(かんじょう)は、弱者(じゃくしゃ)が溺(おぼ)れる泥濘(でいねい)に過(す)ぎないと切(き)り捨(す)ててきたのだ。


 しかし今(いま)、彼女(かのじょ)の脳髄(のうずい)を灼(や)いているのは、その泥濘(でいねい)よりもなお深(ふか)く、抗(あらが)い難(がた)いほどの狂(くる)おしい歓愉(かんゆ)の波(なみ)だった。


「お前自身(まえじしん)の魔力(まりょく)が、お前(まえ)の肉体(にくたい)を内側(うちがわ)から造(つく)り替(か)えているだけだ。我が(わが)支配(しはい)を受(う)け入(い)れるためにな」


 シオンが静(しず)かに歩(あゆみ)を進(すす)め、彼女(かのじょ)の前(まえ)に立(た)つ。


 靴音(くつおと)が妙(みょう)に大(おお)きく響(ひび)き、アルテミシアの心音(しんおん)を狂(くる)わせる。


「お、のれ……私(わたし)は、魔王(まおう)ギルガザード様(さま)の下僕(げぼく)……お前(まえ)のような、不届(ふとど)き者(もの)に……!」


 消(き)え入(い)りそうな理性(りせい)を必死(ひっし)に掻(か)き集(あつ)め、アルテミシアは呪詛(じゅそ)を吐(は)き出(だ)そうとした。


 だが、言葉(ことば)を紡(つむ)ごうとするたびに、体内(たいない)を巡(めぐ)る毒(どく)が容赦(ようしゃ)なく愛液(あいえき)を溢れ(あふれ)させ、思考(しこう)を霧散(むさん)させていく。


「ギルガザード、か。その男(おとこ)に抱(いだ)く忠誠(ちゅうせい)ごと、俺(おれ)の快楽(かいらく)で塗(ぬ)り潰(つぶ)してやろう」


 シオンが指先(ゆびさき)で、アルテミシアの顎(あご)をくいと持(も)ち上(あ)げた。


 触(ふ)れられた瞬間(しゅんかん)、電流(でんりゅう)が走(はし)ったかのように彼女(かのじょ)の肉体(にくたい)が跳(は)ねる。


「ひゃあうっ……!?」


 悲鳴(ひめい)にも似(に)た、情(なさ)けない声(こえ)が彼女(かのじょ)の唇(くちびる)から漏(も)れた。


 自身(じしん)のものとは思えない淫(みだ)らな声(こえ)に、アルテミシアの瞳(ひとみ)が驚愕(きょうがく)と屈辱(くつじょく)で大(おお)きく見開(みひら)かれる。


「ほう、良(よ)い反応(はんのう)だ。まだ手(て)を出(だ)してもいないというのに、これほど感(かん)じるとはな」


「ち、違(ちが)う、これは、私(わたし)の意志(いし)では……!」


「意志(いし)など、快楽(かいらく)の前(まえ)には無力(むりょく)だ。お前(まえ)のその高慢(こうまん)な理性(りせい)を、今(いま)ここで完全(かんぜん)にへし折(お)ってやる」


 シオンの手(て)のひらが、アルテミシアの頬(ほお)から首筋(くびすじ)、そして豊(ゆた)かな胸元(むなもと)へと滑(すべ)り降(お)りていく。


 ただ触(ふ)れられているだけなのに、その部位(ぶい)からじりじりと灼(や)けるような快感(かいかん)が全身(ぜんしん)へと伝播(でんぱ)していく。


 アルテミシアの頭(あたま)の中(なか)は、すでに真(ま)っ白(しろ)に染(そ)まりつつあった。


 冷徹(れいてつ)な魔女(まじょ)の仮面(かめん)は完全(かんぜん)に剥(は)がれ落(お)ち、ただ熱情(ねつじょう)に浮(う)かされる一匹(いっぴき)の雌(めす)の顔(かお)がそこにあった。


 その時(とき)、本殿(ほんでん)の入(い)り口(ぐち)の方(ほう)から、激(はげ)しい金属音(きんぞくおん)と足音(あしおと)が響(ひび)いてきた。


「アルテミシア様(さま)をお救(すく)いせよ!」


「化け物(ばけもの)め、その汚(きたな)い手(て)を離(はな)せ!」


 防衛(ぼうえい)ラインを突破(とっぱ)した数騎(すうき)の黒耀騎士(こくようきし)たちが、大剣(たいけん)を構(かま)えて突入(とつにゅう)してきたのだ。


 彼(かれ)らは主(あるじ)の危機(きき)を察(さっ)し、死(し)に物狂(ものぐる)いでシオンへと斬(き)りかかろうとする。


 だが、彼(かれ)らの剣(けん)がシオンに届(とど)くことはなかった。


「主上(しゅじょう)へ仇(あだ)なす羽虫(はむし)どもが。身(み)の程(ほど)を知(し)れ」


 冷徹(れいてつ)な声(こえ)とともに、漆黒(しっこく)の大剣(たいけん)が横一文字(よこいちもんじ)に払(はら)われた。


 ヴァルグリムだ。


 シオンから強大(きょうだい)な魔力供給(まりょくきゅうきゅう)を受(う)け、以前(いぜん)よりも数倍(すうばい)の威力(いりょく)を誇る(ほこる)その一撃(いちげき)は、黒耀騎士(こくようきし)たちの頑強(がんきょう)な鎧(よろい)ごと肉体(にくたい)を一刀両断(いっとうりょうだん)にする。


 鮮血(せんけつ)が本殿(ほんでん)の壁(かべ)を赤(あか)く染(そ)めた。


「ふん、この程度(ていど)の雑兵(ぞうひょう)で、シオン様(さま)の邪魔(じゃま)ができると思(おも)ったか」


 さらに、入(い)り口(ぐち)の影(かげ)からサクヤが姿(すがた)を現(あらわ)し、冷(つめ)たい「淫凍(いんとう)の結界(けっかい)」を展開(てんかい)する。


 残(のこ)された騎士(きし)たちは、凍(い)てつく冷気(れいき)と同時(どうじ)に脳(のう)を麻痺(まひ)させる精神魅了(せいしんみりょう)の香気(こうき)を受(う)け、その場(ば)に崩(くず)れ落(お)ちていった。


「シオン様(さま)、不浄(ふじょう)な輩(やから)はすべて排除(はいじょ)いたしました」


 サクヤはそう言(い)いながら、シオンの背後(はいご)に控(ひか)えるルビリアを鋭(するど)い視線(しせん)で睨(にら)みつける。


 自分(じぶん)こそが一番(いちばん)の忠臣(ちゅうしん)であると誇示(こじ)するかのような態度(たいど)だが、シオンはその微細(びさい)な嫉妬(しっと)をも楽(たの)しむように、一瞥(いちべつ)をくれただけだった。


「よくやった。そのまま周囲(しゅうい)の警戒(けいかい)を続(つづ)けろ。さて……邪魔者(じゃまもの)は消(き)えたな」


 シオンは再(ふたた)び、足元(あしもと)で身悶(みもだ)えするアルテミシアへと視線(しせん)を戻(もど)した。


 騎士(きし)たちの無惨(むざん)な死(し)を目(ま)の当(あ)たりにしてもなお、いまの彼女(かのじょ)にはそれを憤(いきどお)る余裕(よゆう)すら残(のこ)されていない。


 ただ、シオンの指先(ゆびさき)がもたらす破壊的(はかいてき)な快楽(かいらく)から逃(のが)れること、あるいは、それ以上(いじょう)のものを求(もと)めることで頭(あたま)が支配(しはい)されていた。


「あ、は、ぁ……、シオ、ン……さま……?」


 ついに、アルテミシアの口(くち)から、掠(かす)れた声(こえ)でその名(な)が漏(も)れ出(で)た。


 本人(ほんにん)の意志(いし)とは無関係(むかんけい)に、魂(たましい)の最奥(さいおう)が「絶対(ぜったい)の支配者(しはいしゃ)」を認識(にんしき)し、屈服(くっぷく)を始(はじ)めていた。


「そうだ、その名(な)を呼(よ)び続(つづ)けろ。お前(まえ)のすべてを、俺(おれ)の所有物(しょゆうぶつ)として最適化(さいてきか)してやる」


 シオンは冷酷(れいこく)に微笑(ほほえ)むと、アルテミシアの身体(からだ)を強引(ごういん)に引(ひ)き寄(よ)せ、その唇(くちびる)を奪(うば)った。


「......んむっ!?」


 濃厚(のうこう)な抱擁(ほうよう)と同時(どうじ)に、シオンの「性(せい)の捕食者(ほしょくしゃ)」の能力(のうりょく)がさらに深(ふか)く彼女(かのじょ)の精神(せいしん)へと介入(かいにゅう)していく。


 それはただの肉体的(にくたいてき)な快楽(かいらく)ではない。


 アルテミシアの記憶(きおく)、忠誠心(ちゅうせいしん)、恐怖(きょうふ)、そしてこれまで築(きず)き上(あ)げてきたアイデンティティのすべてを愛欲(あいよく)の炎(ほのお)で焼(や)き尽(つ)くし、シオンへの絶対的(ぜったいてき)な狂信(きょうしん)へと書(か)き換(か)えていく精神(せいしん)の調教(ちょうきょう)であった。


「ん、うううぅーっ! ん、は、あぁ……ッ!」


 アルテミシアの瞳(ひとみ)から、冷徹(れいてつ)な光(ひかり)が完全(かんぜん)に消失(しょうしつ)した。


 代(か)わりに宿(やど)ったのは、ドロドロに溶(と)けた陶酔(とうすい)と、底(そこ)なしの依存(いぞん)の光(ひかり)。


 彼女(かのじょ)の背中(せなか)で、魔王軍(まおうぐん)の宿将(しゅくしょう)としての誇(ほこ)りが音(おと)を立(た)てて崩壊(ほうかい)していく。


「あ、あああ……私(わたし)は、あなたの、お人形(にんぎょう)……シオン様(さま)の、もの……っ!」


 完全(かんぜん)に理性(りせい)を削(けず)られ、快楽(かいらく)の奴隷(どれい)へと成(な)り下(さ)がった黒(くろ)き魔女(まじょ)。


 魔王軍最強(まおうぐんさいきょう)と謳(うた)われた黒耀騎士団(こくようきしだん)の長(おさ)は、いまやシオンの足元(あしもと)で、ただひたすらに愛(あい)を乞(こ)う狂信者(きょうしんしゃ)へと変貌(へんぼう)を遂(と)げた。




第(だい) 38話(わ)へ続(つず)く





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。