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ホスト転生  作者: 阿門 甲斐吽


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【第31話】支配の祝祭


 氷城(ひょうじょう)・シオンと名(な)づけられた旧(きゅう)神殿(しんでん)は、夜(よ)の帳(とばり)が下(お)りると共(とも)に、いっそう妖艶(ようえん)な輝(かがや)きを放(はな)っていた。


 窓(まど)の外(そと)には極北(きょくほく)の吹(ふ)き荒(あ)れる吹雪(ふぶき)が広(ひろ)がっているが、城内(じょうない)はシオンの放(はな)つ強大(きょうだい)な魔力(まりょく)によって、春(はる)のような生暖(なまあたた)かい熱(ねつ)に満(み)たされている。


「……はぁ、……あ……、シオン様(さま)……」


 玉座(ぎょくざ)の傍(かたわ)らで、巫女(みこ)サクヤは未(いま)だに熱(あつ)い吐息(といき)を漏(も)らしながら、シオンの足元(あしもと)に身体(からだ)を寄(よ)せていた。


 先(さき)ほどまでの激(はげ)しい交(まじ)わりの余韻(よいん)が、彼女(かのじょ)の白磁(はくじ)の肌(はだ)をほんのりと桜(さくら)色(いろ)に染(そ)め上(あ)げている。


 かつて氷(こおり)のように冷徹(れいてつ)だった瞳(ひとみ)は、今(いま)や一(ひと)人(り)の男(おとこ)への狂信(きょうしん)等(てき)な愛欲(あいよく)で完全(かんぜん)に濁(にご)っていた。


「随分(ずいぶん)と可愛(かわい)い声(こえ)で鳴(な)くようになったな、サクヤ。あの堅物(かたぶつ)だったお前(まえ)が、今(いま)では俺(おれ)の指先(ゆびさき)一(ひと)つで蕩(とろ)けそうだ」


 シオンは満足(まんぞく)げに口元(くちもと)を歪(ゆが)め、サクヤの銀色(ぎんいろ)の髪(かみ)を乱暴(らんぼう)に撫(な)で回(まわ)す。


「はい……。私(わたし)の心(こころ)も、身体(からだ)も、この地(ち)に眠(ねむ)るすべての霊脈(れいみゃく)も……すべてはシオン様(さま)のもの。貴方(あなた)に尽(つく)すことこそが、今(いま)の私(わたし)の唯一(ゆいいつ)の生(い)きる意味(いみ)ですわ……っ」


 サクヤはシオンの膝(ひざ)に顔(かお)を埋(う)め、歓喜(かんき)に震(ふる)えながらその言葉(ことば)を受(う)け入(い)れる。


 その様子(ようす)を、少(すこ)し離(はな)れた位置(いち)から冷(ひ)ややかな、しかしどこか羨望(せんぼう)の混(ま)ざった瞳(ひとみ)で見(み)つめている影(かげ)があった。


 かつてこの地(ち)を守護(しゅご)していたフェンリルのセレナだ。


「シオン様(さま)、サクヤを手懐(てなづ)けられたのは重々(じゅうじゅう)承知(しょうち)しておりますが、あまり彼女(かのじょ)ばかりを寵愛(ちょうあい)されては、私(わたし)が嫉妬(しっと)してしまう」


 セレナはシオンの胸(むね)を指(ゆび)でなぞりながら、妖(あや)しく微笑(ほほえ)む。


 彼女(かのじょ)もまた、シオンという存在(そんざい)に心(こころ)を奪(うば)われ、肉体(にくたい)を支配(しはい)された快楽(かいらく)の客(きゃく)の一(ひと)人(り)であった。


「はっはは!安心(あんしん)しろセレナ。お前(まえ)の肉体(にくたい)が見(み)せる、あの極上(ごくじょう)の締(し)め付(つ)けを俺(おれ)が忘(わす)れるわけがないだろう」」


 シオンはセレナを手招(てまね)きし、空(あ)いた片腕(かたうで)で彼女(かのじょ)の腰(こし)を強(つよ)く引(ひ)き寄(よ)せた。


「あ……っ!」


 短(みじか)い悲鳴(ひめい)を上(あ)げてシオンの胸(むね)に飛(と)び込(こ)んだセレナは、すぐに蕩(とろ)けた表情(ひょうじょう)になり、サクヤと競(きそ)い合(あ)うようにシオンへ口(くち)づけを強請(ねだ)る。


 玉座(ぎょくざ)の上(うえ)で繰(く)り広(ひろ)げられる淫靡(いんび)な光景(こうけい)。


 これこそが、シオンが求(も)め、築(き)き上(あ)げようとしている至高(しこう)の帝国(ていこく)の縮図(しゅくず)だった。


「だが、その享楽(きょうらく)の時間(じかん)を切(き)り裂(さ)くように、重厚(じゅうこう)な足音(あしおと)が神殿(しんでん)の回廊(かいろう)に響(ひび)き渡(わた)る。」


「シオン様(さま)、宴(うたげ)の最中(さなか)に失礼(しつれい)いたします」


 現(あらわ)れたのは、漆黒(しっこく)の大(たい)剣(けん)を背負(せお)った魔族(まぞく)の将(しょう)、ヴァルグリムだった。


 その強靭(きょうじん)な肉体(にくたい)から放(はな)たれる威圧感(いあつかん)は健在(けんざい)だが、その片膝(かたひざ)を突(つ)き、頭(あたま)を垂(た)れる姿(すがた)からは、シオンへの絶対(ぜったい)の服従(ふくじゅう)が見(み)て取(と)れた。


「ヴァルグリムか。無粋(ぶすい)な報告(ほうこく)でなければいいが?」


 シオンはセレナの胸(むね)に手(て)を忍(しの)ばせたまま、冷酷(れいこく)な視線(しせん)を部下(ぶか)へと向(む)ける。


「はっ。我(わ)が偵察(ていさつ)部隊(ぶたい)からの報告(ほうこく)によりますと、ここより南(みなみ)に位置(いち)する『鉄血(てっけつ)の砦(とりで)』に、魔王(まおう)直属(ちょくぞく)の近衛(このえ)兵団(へいだん)が集結(しゅうけつ)しつつあるとのこと。その数(かず)、およそ三千(さんぜん)」


 その言葉(ことば)に、玉座(ぎょくざ)の周(まわ)りにいたリーナたちも息(いき)を呑(の)んだ。


 三千(さんぜん)の精鋭(せいえい)。


 それは、現在(げんざい)のシオンが率(ひき)いる魔物(まもの)の軍勢(ぐんぜい)を遥(はる)かに凌駕(りょうが)する規模(きぼ)の大(だい)軍勢(ぐんぜい)だった。


 しかも率(ひき)いるのは魔王(まおう)の懐刀(ふところがたな)、狂戦士(きょうせんし)・ガルガロス。


「魔王(まおう)の軍勢(ぐんぜい)……。やはり、この聖域(せいいき)を奪(うば)われたことが相当(そうとう)気(き)に入(い)らないと見(み)えるな」


 シオンは焦(あせ)るどころか、むしろ愉悦(ゆえつ)に満(み)ちた笑(え)みを浮(う)かべた。


「どうされますか、シオン様(さま)。この氷城(ひょうじょう)に籠城(ろうじょう)すれば、サクヤの結界(けっかい)によって数(すう)ヶ月(かげつ)は持(も)ちこたえられますが……」


 セレナが心配(しんぱい)そうにシオンを見(み)上(あ)げる。


 しかし、シオンの答え(こたえ)は最初(さいしょ)から決(き)まっていた。


「籠城(ろうじょう)? 馬鹿(ばか)を言(い)うな。向(む)こうから極上(ごくじょう)の獲物(えもの)がネギを背負(しょ)ってやってくるんだ、わざわざ閉(と)じこもる理由(りゆう)がない」


 シオンは立(た)ち上(あ)がり、眼下(がんか)に控(ひか)えるヴァルグリムを見(み)下(お)ろす。


「ガルガロスと言(い)ったか。その男(おとこ)を叩(たた)き潰(つぶ)せば、その配下(はいか)にいる女(おんな)悪魔(あくま)たちもすべて俺(おれ)のものになる。違(ちが)うか?」


「……御意(ぎょい)。ガルガロスの副官(ふくかん)には、冷徹(れいてつ)なる夜(よる)の女王(じょおう)と呼(よ)ばれるサキュバスの血(ち)を引(ひ)く美貌(びぼう)の魔(ま)戦士(せんし)ルビリア・ブラッドローズがおります。彼女(かのじょ)を屈服(くっぷく)させれば、敵(てき)の軍勢(ぐんぜい)の半分(はんぶん)は瓦解(がかい)いたしましょう」


 ヴァルグリムの言葉(ことば)に、シオンの瞳(ひとみ)が怪(あや)しく輝(かがや)いた。


「サキュバスの魔(ま)戦士(せんし)、か。俺(おれ)のコレクションに加(くわ)えるには申(もう)し分(ぶん)ない逸品(いっ品)だな」


 シオンはサクヤの顎(あご)を再(ふたた)び持(も)ち上(あ)げ、耳元(みみもと)で囁(ささや)く。


「サクヤ、お前(まえ)の霊脈(れいみゃく)の力(ちから)を俺(おれ)に貸(か)せ。敵(てき)が砦(とりいで)を出(て)る瞬間(しゅんかん)に、その足元(あしもと)を凍結(とうけつ)させ、進軍(しんぐん)を遅(おく)らせることはできるか?」


「はい、シオン様(さま)……。私(わたし)のすべてを捧(ささ)げて、貴方(あなた)の征(ゆ)く道(みち)を切(き)り開(ひら)きます……っ」


 サクヤは恍惚(こうこつ)とした表情(ひょうじょう)で頷(うなず)き、その手(て)から淡(あわ)い桃色(ももいろ)の混(ま)ざった冷気(れいき)を放(はな)ち始(はじ)める。


 かつては純粋(じゅんすい)な神聖(しんせい)魔術(まじゅつ)だったその力(ちから)は、シオンの愛欲(あいよく)に染(そ)まったことで、禍々(まがまが)しくも強力(きょうりょく)な魅了(みりょう)の氷(こおり)へと変質(へんしつ)していた。


「よし。ヴァルグリム、全軍(ぜんぐん)に通達(つうたつ)しろ。明日(あす)の黎明(れいめい)と共(とも)に、我ら(われら)は南下(なんか)を開始(かいし)する。標的(ひょうてき)は『鉄血(てっけつ)の砦(とりいで)』だ」


「はっ! 我(わ)が大(たい)剣(けん)、シオン様(さま)の御名(みな)のために振(ふる)いましょう!」


 ヴァルグリムが退室(たいしつ)し、神殿(しんでん)には再(ふたた)び静寂(せいじゃく)が戻(もど)る。


 しかし、その静寂(せいじゃく)は嵐(あらし)の前(まえ)の静(しず)けさそのものだった。


 シオンは再(ふたた)び玉座(ぎょくざ)に腰(こし)を下(お)ろし、セレナとサクヤの二人(ふたり)を同時(どうじ)に抱(だ)き寄せ(よせ)た。


「さあ、戦(たたか)いの前(まえ)に、今夜(こんや)はたっぷりとお前(まえ)たちの忠誠(ちゅうせい)を味(あじ)わわせてもらおうか」


「はい、シオン様(さま)……っ」


 重(かさ)なる吐息(といき)、衣服(いふく)の擦(す)れる音(おと)。


 氷城(ひょうじょう)の最奥(さいおう)で、支配(しはい)と愛欲(あいよく)の祝祭(しゅくさい)は夜(よ)が明(あ)けるまで果(は)てることなく続(つづ)いた。




第(だい)32話(わ)へ続(つづ)く




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