【第3話】極上の接客は命を懸けて
「……っ、っあ……っ」
彼女の口から、甘い吐息が漏れる。
剣士の男が戻ってくる気配はまだない。
俺たちだけの、閉ざされた時間。
俺は確信した。
この女は、俺のものになる。
その時だった。
突如として、ダンジョンの天井が大きく揺れた。
先ほどまで感じていた湿った空気が、一変して凍りつくような冷気に変わる。
「……モンスター? いや、これは」
リーナが鋭い眼光を放ち、周囲を警戒する。
俺は舌打ちをしたい衝動をこらえた。
ようやく核心に触れようとしたところで、邪魔が入る。
だが、これはチャンスでもある。
ここで俺が「守る者」としての演技を見せれば、彼女の心は完全に俺のものへと傾く。
暗闇の中から現れたのは、巨大な鎧の影だった。
かつてこのパーティーが戦っていたオークとは比較にならないほどの殺気を放っている。
ダンジョンボス――『鉄殻の守護者』。
「シオン! 下がって! これは私たちが相手できるレベルじゃないわ!」
リーナが杖を構え、俺をかばうように前に出る。
俺は彼女の肩を掴み、軽く引いた。
「下がる必要はない。君はただ、後ろで魔力を溜めていろ。トドメは君に刺してもらう」
「何を言っているの! あんた、死ぬ気?」
「死ぬ? この俺が、二度も死ぬわけがないだろ」
俺はニヤリと笑った。
ホストとしての血が、昂っている。
目の前の敵が強大であればあるほど、勝利した時の報酬――つまり、彼女の魔力と忠誠心は、より濃密なものになるはずだ。
俺は腰のベルトに差し込まれていた、使い古されたナイフを抜いた。
無能なシオンが所持していた、錆びた代物だ。
だが、今の俺の手にかかれば、このナイフもただの鉄塊ではない。
システム画面が、戦闘モードに切り替わる。
【固有スキル『性の捕食者』:一時発動】
【対象:リーナとの接触状態を維持することで、魔力ブーストを付与します】
俺はリーナの手を、強く握りしめた。
熱が、彼女の身体から俺の身体へと流れ込んでくるのがわかる。
まるで、血管の中に直接魔力が注ぎ込まれるような感覚だ。
「……ッ、何、これ。私の魔力が、シオン、あんたに」
「感じるか? 俺と君が繋がっている感覚を。これを維持できれば、俺の身体能力は君の魔力で強化される」
リーナは驚愕に目を見開いたが、すぐに俺の意図を理解したようだ。
彼女は杖を掲げ、俺の背後に防御魔法を展開した。
「……勝手にしなさいよ。もし死んだら、私が生き返らせて、もう一度殺してあげるから」
「上等だ。じゃあ、まずはこの鉄クズをスクラップにしてやろうか」
俺は地を蹴った。
身体が、羽のように軽い。
強化された筋肉が、俺の動きに呼応する。
伝説のカリスマホスト・神楽咲紫苑、異世界での初陣だ。
巨大な斧が、俺の頭上をかすめる。
空気を切り裂く風の音が聞こえたが、俺の意識は研ぎ澄まされていた。
シャンパンコールを待つ客の視線を見極めるよりも、今のこの殺気のほうがずっと単純で、心地よい。
俺は敵の懐へと滑り込んだ。
防御の隙間、わずかな呼吸の揺らぎ。
そこに、ナイフを突き立てる。
「――チェックメイトだ」
金属音が響き、ボスがその巨大な身体を揺らした。
倒れることはない。
だが、確実に核心を突いた。
リーナの魔法が、俺のナイフの軌道をなぞるように炸裂する。
二人の連携。
いや、俺が彼女を操り、彼女が俺の戦いを増幅させる。
暗いダンジョンの中で、二人の影が重なり、光を放つ。
俺たちの夜は、まだ始まったばかりだ。
この勝利の先に、どんな「極上の悦び」が待っているのか。
俺は、期待を抑えきれずに笑い続けた。
【システムメッセージ:連携深度、上昇しました】
【報酬として、リーナの潜在能力が一部開放されます】
ボスが沈む。
舞い上がる金粉の代わりに、ダンジョンの煤が俺の髪に降り注ぐ。
それでも、俺は胸を張っていた。
神楽咲紫苑として、最高の夜を演出するために。
リーナが俺の隣に降り立つ。
先ほどまでの敵意は消え、代わりに、俺を見る瞳には熱い情熱が宿っていた。
「……信じられない。あんた、本当にただの荷物持ち?」
「いや、ただの『ホスト』さ」
「???」
意味がわからないという顔をされたが、俺は疲労困憊の彼女を黙って抱き留めた。
これが、俺の新しい「営業」の形だ。
異世界という名の歌舞伎町で、俺は再び、頂点を目指す。
剣士の足音が近づいてくる。
仲間たちが目撃するのは、倒れたボスの死体と、俺の腕の中で甘く溺れる女魔法使いの姿。
それでいい。
物語は、ここから加速する。
第4話へ続く




