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ホスト転生  作者: 阿門 甲斐吽


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【第2話】カリスマ降臨


 リーナの表情(ひょうじょう)が、侮蔑(ぶべつ)から戸惑(とまど)いへと、そして僅(わず)かな好奇心(こうきしん)へと変化(へんか)していくのを俺(おれ)は見逃(みのが)さなかった。


 無能(むのう)だと蔑(さげす)まれていた男(おとこ)が、突如(とつじょ)として放(はな)つ怪(あや)しげな自信(じしん)。


 そのギャップこそが、女心(おんなごころ)を揺(ゆ)さぶる最初(さいしょ)のフックだ。

  

「……秘策(ひさく)? 荷物持(にもつも)ちの分際(ぶんざい)で何(なに)を言(い)おうとしているの」

  

 リーナは冷(つめ)たく言(い)い放(はな)ちながらも、その視線(しせん)は俺(おれ)の瞳(ひとみ)に吸(す)い寄(よ)せられている。


 俺(おれ)はゆっくりと距離(きょり)を詰(つ)めた。


 かつて、指名客(しめいきゃく)の喉元(のどもと)にシャンパングラスを添(そ)える時(とき)と同(おな)じ、絶妙(ぜつみょう)な間合(まあ)いで。

  

「君(きみ)の実力(じつりょく)は素晴(すば)らしい。だが、今(いま)のパーティーには『深(ふか)み』がない。君(きみ)という最高(さいこう)の宝石(ほうせき)を、ただの武器(ぶき)としてしか扱(あつか)えていない」

  

 俺(おれ)の声(こえ)は、低(ひく)く、甘(あま)く、鼓膜(こまく)を震(ふる)わせるように響(ひび)いた。


 背後(はいご)にいる剣士(けんし)の男(おとこ)が苛立(いらだ)ちを見(み)せているが、俺(おれ)は一切(いっさい)無視(むし)だ。


 今(いま)は、目(め)の前(まえ)の女(おんな)だけを愛(め)でる――いや、支配(しはい)する。

  

「何(なに)を……」

  

「君(きみ)も気(き)づいているだろう? このダンジョンの魔素(まそ)は、君(きみ)の魔力(まりょく)を吸(す)い取(と)り続(つづ)けている。放置(ほうち)すれば、君(きみ)は数日(すうじつ)もしないうちにただの魔力枯渇症(まりょくこかつしょう)の屍(しかばね)になる」

  

 それはハッタリだ。


 だが、今(いま)の俺(おれ)の目(め)には、確信(かくしん)に満(み)ちた輝(かがや)きが宿(やど)っている。


 俺(おれ)は一歩(いっぽ)踏(ふ)み込(こ)み、彼女(かのじょ)の頬(ほお)に触(ふ)れそうな距離(きょり)で止(と)まった。

  

「俺(おれ)となら、その停滞(ていたい)を打(う)ち破(やぶ)れる。俺(おれ)だけが知(し)っている『魔力(まりょく)の循環(じゅんかん)』……それを君(きみ)に教(おし)える」

  

 リーナの呼吸(こきゅう)が荒(あら)くなる。


 俺(おれ)の身体能力(しんたいのうりょく)は低(ひく)い。


 だが、俺(おれ)がかつて培(つちか)った「支配(しはい)の技術(ぎじゅつ)」は、魂(たましい)に刻(きざ)まれている。


 彼女(かのじょ)は、自分(じぶん)の中(なか)に生(う)まれた得体(えたい)の知(し)れない熱(ねつ)に、抵抗(ていこう)する術(すべ)を持(も)っていない。

  

「……やってみせなさいよ。もし嘘(うそ)なら、その首(くび)、私(わたし)が切(き)り落(お)としてあげる」

  

 彼女(かのじょ)の言葉(ことば)は強(つよ)がりだ。


 その瞳(ひとみ)の奥(おく)には、未知(みち)なる快楽(かいらく)と力(ちから)への飢(う)えが揺(ゆ)らめいている。


 俺(おれ)は背後(はいご)の剣士(けんし)に一瞥(いちべつ)をくれ、言(い)った。

  

「少(すこ)しの間(あいだ)、外(はず)してくれないか。彼女(かのじょ)の『調整(ちょうせい)』には集中(しゅうちゅう)が必要(ひつよう)なんだ」

  

 剣士(けんし)は鼻(はな)で笑(わら)ったが、リーナの無言(むごん)の圧力(あつりょく)に気圧(けお)され、舌打(したう)ちをして暗闇(くらやみ)の先(さき)へと消(き)えていった。


 ダンジョンに、静寂(せいじゃく)が訪(おとず)れる。

  

「さあ、始(はじ)めようか。君(きみ)を、真(しん)の魔法使(まほうつか)いに変(か)える儀式(ぎしき)を」

  

 俺(おれ)は迷(まよ)いなく、彼女(かのじょ)の細(ほそ)い腰(こし)を引(ひ)き寄(よ)せた。


 神楽咲紫苑(かぐらざきしおん)の人生(じんせい)、第二章(だいにしょう)。


 その最初(さいしょ)の獲物(えもの)を、俺(おれ)は丁寧(ていねい)に、そして貪欲(どんよく)に捕(と)らえようとしていた。

  

【システムメッセージ:対象(たいしょう)『リーナ』の魔力回路(まりょくかいろ)をスキャン中(ちゅう)……】

  

 脳内(のうない)で響(ひび)く通知音(つうちおん)が、俺(おれ)の戦(たたか)いのゴングを鳴(な)らす。


 リーナの呼吸(こきゅう)が、短(みじか)く震(ふる)えた。


 俺(おれ)の腕(うで)の中(なか)で、彼女(かのじょ)の身体(からだ)が熱(ねつ)を帯(お)びていくのを感(かん)じる。


 慣(な)れ親(した)しんだ歌舞伎町(かぶきちょう)のラウンジではない。


 漂(ただよ)うのはカビと埃(ほこり)、そしてモンスターの残滓(ざんし)が混(ま)じった、お世辞(せじ)にも清潔(せいけつ)とは言(い)えない空気(くうき)だ。


 だが、そんなことは関係(かんけい)ない。


 場所(ばしょ)がどこであれ、俺(おれ)が俺(おれ)である限(かぎ)り、ここは最高(さいこう)のステージへと変貌(へんぼう)する。

  

「……ッ、何(なに)、この感覚(かんかく)。身体(からだ)の奥(おく)が、燃(も)えるように……」

  

 リーナの瞳(ひとみ)から、冷徹(れいてつ)な理性(りせい)が消(き)えかけていた。


 俺(おれ)は彼女(かのじょ)の耳元(みみもと)に口(くち)を寄(よ)せ、囁(ささや)く。

  

「それは、君(きみ)の中(なか)に眠(ねむ)っていた『本当(ほんとう)の魔力(まりょく)』が目覚(めざ)めようとしている証拠(しょうこ)だ。君(きみ)は今(いま)まで、自分(じぶん)の力(ちから)を半分(はんぶん)も使(つか)いこなせていなかった」

  

 俺(おれ)の指先(ゆびさき)が、彼女(かのじょ)のローブの留(と)め金(がね)に触(ふ)れる。


 反射的(はんしゃてき)に彼女(かのじょ)が肩(かた)を強張(こわば)らせるが、俺(おれ)は決(けっ)して急(いそ)がない。


 ホストの極意(ごくい)は、いかに焦(じ)らすかにある。


 相手(あいて)の心(こころ)が完全(かんぜん)に俺(おれ)のペースに飲(の)み込(こ)まれるまで、決(けっ)して全貌(ぜんぼう)は見(み)せない。

  

「無能(むのう)だと思(おも)っていた男(おとこ)に、自分(じぶん)の身体(からだ)を預(あず)ける気分(きぶん)はどうだ? 屈辱的(くつじょくてき)か? それとも……どこか期待(きたい)しているのか?」

  

「うるさい……ッ」

  

 彼女(かのじょ)は俺(おれ)の胸(むな)ぐらを掴(つか)んだ。


 その手(て)は細(ほそ)く、震(ふる)えている。


 俺(おれ)は微笑(ほほえ)んだ。


 彼女(かのじょ)の攻撃的(こうげきてき)な態度(たいど)が、今(いま)は愛(いと)おしいまでの虚勢(きょせい)にしか見(み)えない。


 システム画面(がめん)が、視界(しかい)の隅(すみ)で絶(た)えず明滅(めいめつ)している。

  

【警告(けいこく):対象(たいしょう)『リーナ』の魔力適合率(まりょくてきごうりつ)、上昇中(じょうしょうちゅう)】


【固有(こゆう)スキル『性(せい)の捕食者(ほしょくしゃ)』が発動準備(はつどうじゅんび)に入(はい)りました】

  

 俺(おれ)はそのまま、強引(ごういん)に彼女(かのじょ)を壁際(かべぎわ)へと追(お)い詰(つ)めた。


 ダンジョンの硬(かた)い壁(かべ)が、背中(せなか)に冷(つめ)たい感触(かんしょく)を伝(つた)える。


 リーナは逃(に)げ場(ば)を失(うしな)い、俺(おれ)を見上(みあ)げた。


 その瞳(ひとみ)には、俺(おれ)に対(たい)する「嫌悪(けんお)」と、抗(あらが)いがたい「渇望(かつぼう)」が複雑(ふくざつ)に混(ま)ざり合(あ)っている。

  

「いいか、リーナ。君(きみ)はこれまで、パーティーの雑魚(ざこ)たちのために魔力(まりょく)を浪費(ろうひ)してきた。だが、俺(おれ)は違(ちが)う。俺(おれ)は君(きみ)の全(すべ)てを、最高(さいこう)の形(かたち)で咲(さ)かせてやる」

  

 俺(おれ)は彼女(かのじょ)の唇(くちびる)に、そっと指(ゆび)を添(そ)えた。


 口(くち)づけではない。


 ただ、触(ふ)れるか触(ふ)れないかの距離(きょり)で、相手(あいて)の心拍数(しんぱくすう)をコントロールする。


 これは、かつて何百人(なんびゃくにん)もの令嬢(れいじょう)を堕(お)としてきた、神楽咲紫苑(かぐらざきしおん)の秘儀(ひぎ)だ。

  

「……っ、っあ……っ」


 今夜(こんや)、この薄暗(うすぐら)いダンジョンの片隅(かたすみ)で、伝説(でんせつ)のホストによる魔性(ましょう)の侵略(しんりゃく)が幕(まく)を開(あ)けた。


  

第(だい)3話(わ)へ続(つづ)く




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