【第1話】ホスト転生
シャンパンコールが鳴り響く。
金粉の舞う店内で、俺は幾多の女たちの視線を釘付けにしていた。
神楽咲 紫苑。
歌舞伎町の夜を支配する、伝説のカリスマホスト。
俺が指を鳴らせば、高級酒の栓が抜かれ、溜息混じりの歓声が上がる。
人生は、常に俺の手の中にあった。
だが、その夜の記憶は断片的だ。
黒い高級車のヘッドライト。
激突の衝撃。
そして、視界が真っ赤に染まった感覚。
――ああ、俺は死んだのか。
そう悟った瞬間、意識は暗転した。
まぶたを持ち上げると、そこは湿った冷気と鼻を突く異臭に包まれた場所だった。
見上げれば、石造りの無骨な天井。
俺は身体を起こそうとして、激痛に顔をしかめた。
全身が鉛のように重い。
手首を見れば、細く、頼りなく、そして荒れている。
鏡はなくともわかる。
これは俺が愛した、あの完璧な造形を誇る姿ではない。
「……なんだ、この身体は」
掠れた声が漏れる。
脳内に、濁流のように馴染みのない記憶が流れ込んできた。
シオン。
この身体の名前だ。
彼は、ある冒険者パーティーに所属する「荷物持ち」だった。
無能。
ゴミ。
パーティーメンバーからはそう蔑まれ、食い扶持を稼ぐためだけに存在を許されていた男。
先ほどまで、この身体はダンジョンの奥深くにいた。
そして、不意を突いたオークの一撃を背中に受け、壁に激突して絶命したのだ。
死ぬ間際、この身体の主は泣いていた。
誰からも必要とされず、汚れた雑巾のように捨てられる恐怖に、震えていたのだ。
「……笑わせるな」
俺は拳を握りしめた。
神楽咲紫苑のプライドが、このみすぼらしい状況に反旗を翻す。
その時、視界の端に半透明の光る枠が浮かび上がった。
【システムを起動します】
【固有スキル『性の捕食者』を解放します】
俺は呆然とそれを見つめた。
ステータス画面。
そこには残酷なまでの記述が刻まれていた。
ーーー[ステータス]ーーー
固有スキル:性の捕食者
Lv:1
※種族、性別を問わず性行為を行った相手の能力を自分のものに出来る。
※性行為をおこなった相手の能力を向上させることが出来る。
……冗談だろ。
俺のホストとしてのスキルは、「言葉」と「仕草」で女を酔わせ、心を捕らえることだった。
身体を売るのではなく、夢を売る。
それが、神楽咲紫苑の流儀だ。
だが、この世界で俺に与えられたカードは、これだけだというのか。
問題は山積みだ。
まず、この容姿。
誰がこの冴えない男に惚れるというのだ。
女は本能的に強者を求める。
今の俺に、女を誘惑する武器は何もない。
ガサガサと、背後の暗闇から音が聞こえた。
パーティーの連中だ。
「おい、シオン。死んでるならさっさとどけよ。邪魔なんだよ、この無能」
剣を背負った男が、吐き捨てるように言った。
その傍らには、美しい顔立ちの女魔法使いがいる。
彼女は死んだはずの俺を一瞥もせず、冷やかな瞳を向けていた。
怒りが、腹の底から湧き上がる。
この男たちは、シオンを何だと思っている。
使い捨ての道具以下だ。
俺は静かに立ち上がった。
背中の痛みは引いている。
いや、このスキルの影響か、少しずつ身体が活性化している感覚がある。
俺は、彼女に視線を合わせた。
このパーティーの女魔法使い、リーナ。
高飛車だが、実力は確かだ。
彼女の能力を奪い、手に入れることができれば、この状況を覆す切っ掛けになるはずだ。
「リーナ、少し話がある」
俺の声に、彼女は驚いたように眉をひそめた。
「何よ、ゴミの分際で……」
「今のままじゃ、このダンジョンは攻略できない。君もわかっているだろ? 俺には、君を強化する秘策がある」
ホスト時代の記憶をフル稼働させる。
声のトーン、瞳の揺らし方、指先の僅かな動き。
俺の顔は平凡でも、俺の中に眠る「女を悦ばせる技術」は、この世界には存在しない芸術だ。
彼女の瞳に、わずかな動揺が走った。
傲慢なはずの彼女が、俺の気迫に押されている。
「……何を企んでいるの?」
「君を、もっと『強く』してやるんだよ」
俺は口角を上げた。
歌舞伎町で磨き上げた究極の営業スマイル。
無能な雑用係の身体に、伝説のカリスマの魂が宿る。
これは、どん底からの成り上がり劇だ。
この汚れた世界を、俺の力で塗り替えてやる。
まずは、目の前のこの女を、俺なしでは生きられない身体に変えるところから始めようか。
暗いダンジョンの奥で、俺の新しい夜が始まろうとしていた。
第2話へ続く




