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ホスト転生  作者: 阿門 甲斐吽


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【第28話】白銀の神殿


 フロスト・ヘイムの宿(やど)を出発(しゅっぱつ)したシオン、リーナ、ルナリス、ルミナリア、そして昨夜(さくや)名(な)を得(え)たばかりの守護者(しゅごしゃ)セレナの一行(いっこう)は、北(きた)の果(は)てへと向(む)かっていた。


 イリスをギルドへ、エルザとアルベルトを王都(おうと)へと帰還(きかん)させ、戦力(せんりょく)を精鋭(せいえい)へと絞(しぼ)り込(こ)んだシオンの瞳(ひとみ)には、かつてないほどの昂揚感(こうようかん)と、支配者(しはいしゃ)としての冷徹(れいてつ)な野心(やしん)が宿(やど)っている。


 降(ふ)り積(つ)もった雪(ゆき)は朝日(あさひ)を反射(はんしゃ)して淡(あわ)く輝(かがや)き、まるで無数(むすう)の宝石(ほうせき)を撒(ま)き散(ち)らしたかのように眩(まばゆ)い光景(こうけい)を作(つく)り出(だ)していた。


 しかし、北(きた)へ進(すす)めば進(すす)むほど、空気(くうき)は容赦(ようしゃ)なく肌(はだ)を刺(さ)すような冷(つめ)たさを増(ま)し、一行(いっこう)を覆(おお)う影(かげ)は色濃(いろこ)くなっていく。


「……妙(みょう)だな」


 先頭(せんとう)を歩(ある)くシオンがふと足(あし)を止(と)め、小(ちい)さく呟(つぶや)いた。


「何(なに)が?」


 リーナが不安(ふあん)げに尋(たず)ねる。


「雪原全体(せつげんぜんたい)に張(は)り詰(つ)めた緊張感(きんちょうかん)がある。まるで北(きた)の果(は)ての地底(ちてい)で、何(なに)かが目覚(めざ)めようとしているみたいにな。空気(くうき)の密度(みつど)そのものが、俺(おれ)たちの知(し)るものとは別物(べつもの)だ」


 シオンの隣(となり)で、銀髪(ぎんぱつ)を凍(い)てつく風(かぜ)になびかせるセレナが、琥珀色(こはくいろ)の瞳(ひとみ)で静(しず)かに地平線(ちへいせん)を見(み)つめた。


 彼女(かのじょ)の表情(ひょうじょう)には、かつてフェンリルとして君臨(くんりん)していた時(とき)とは違(ちが)う、繊細(せんさい)で人間的(にんげんてき)な警戒(けいかい)が宿(やど)っている。


「お前(まえ)の直感(ちょっかん)は正(ただ)しい、シオン。北(きた)の果(は)てにある『白銀(はくぎん)の神殿(しんでん)』――古代(こだい)より神聖(しんせい)な力(ちから)で守(まも)られてきた聖域(せいいき)の封印(ふういん)が、今(いま)、目(め)に見(み)えて弱(よわ)まっている」


「神殿(しんでん)?」


 ルナリスが問(と)い返(かえ)す。


「それが魔王復活(まおうふっかつ)と関係(かんけい)があるのですか?」


「ああ。神殿(しんでん)の最奥(さいおう)には、かつて神々(かみがみ)が遺(のこ)したとされる秘宝(ひほう)が眠(ねむ)っている。魔王軍(まおうぐん)が動(うご)き出(だ)した今(いま)、やつらがその封印(ふういん)の力(ちから)を狙(ねら)わないはずがない。あれが解放(かいほう)されれば、北方(ほっぽう)は瞬(またた)く間(ま)に戦火(せんか)に包(つつ)まれるだろう」


 シオンは唇(くちびる)の端(はし)を吊(つ)り上(あ)げ、不敵(ふてき)に笑(わら)った。


「なら、先回(さきまわ)りして全部(ぜんぶ)いただこう。魔王(まおう)に渡(わた)すくらいなら、俺(おれ)たちが手(て)に入(い)れるべきだ。俺(おれ)は退屈(たいくつ)な平和(へいわ)よりも、常(つね)に刺激的(しげきてき)で面白(おもしろ)い物語(ものがたり)しか求(もと)めていない。この雪原(せつげん)が戦場(せんじょう)になるというのなら、その主役(しゅやく)は俺(おれ)たちが張(は)る」


 その妥協(だきょう)のない強欲(ごうよく)さに、リーナは肩(かた)をすくめつつも苦笑(くしょう)を浮(う)かべる。


 シオンの伝説(でんせつ)は、常(つね)に力(ちから)と欲望(よくぼう)の渦(うず)の中(なか)で、その輪郭(りんかく)を際立(きわだ)たせていくのだ。


 三日間(みっかかん)にわたる過酷(かこく)な雪原(せつげん)の行軍(こうぐん)を終(お)え、一行(いっこう)は巨大(きょだい)な氷(こおり)の峡谷(きょうこく)へと辿(たど)り着(つ)いた。


 そこには、古代文字(こだいもじ)が刻(きざ)まれたまま半(なか)ば崩(くず)れ落(お)ち、それでもなお圧倒的(あっとうてき)な威容(いよう)を放(はな)つ巨大(きょだい)な石門(せきもん)がそびえている。


「ここが入(い)り口(ぐち)だ。白銀(はくぎん)の神殿(しんでん)へと続(つづ)く、唯一(ゆいいつ)の道(みち)だ」


 セレナが告(つ)げた瞬間(しゅんかん)だった。


 轟音(ごうおん)とともに大地(だいち)が激(はげ)しく震(ふる)え、周囲(しゅうい)の雪壁(せっぺき)が剥(は)がれ落(お)ちていく。


「伏(ふ)せろ!」


 シオンが叫(さけ)ぶ。


 無数(むすう)の氷(こおり)の塊(かたまり)が雪崩(なだれ)となって一行(いっこう)を飲(の)み込(こ)もうとしたその時(とき)、セレナが空間(くうかん)そのものを凍(い)てつかせるほどの青白(あおじろ)い光(ひかり)を放(はな)った。


 雪崩(なだれ)は空中(くうちゅう)で静止(せいし)し、まるで時(とき)が止(と)まったかのような幻想的(げんそうてき)で危険(きけん)な光景(こうけい)が広(ひろ)がる。


 氷(こおり)の結晶(けっしょう)がキラキラと舞(ま)う中(なか)、門(もん)の奥(おく)から一人(ひとり)の少女(しょうじょ)が姿(すがた)を現(あらわ)した。


 長(なが)い蒼銀色(そうぎんいろ)の髪(かみ)、透(す)き通(とお)るような白磁(はくじ)の肌(はだ)、氷(こおり)のように冷(つめ)たくも美(うつく)しい青(あお)い瞳(ひとみ)。


 神秘的(しんぴてき)な巫女装束(みこしょうぞく)を纏(まと)った彼女(かのじょ)の周囲(しゅうい)には、無数(むすう)の氷(こおり)の結晶(けっしょう)が浮遊(ふゆう)している。


 リーナでさえ思(おも)わず息(いき)を呑(の)むほどの膨大(ぼうだい)な魔力(まりょく)が、彼女(かのじょ)の細(ほそ)い身体(からだ)から溢(あふ)れ出(だ)していた。


「侵入者(しんにゅうしゃ)……ここを何処(どこ)だと思(おも)っているのですか。聖域(せいいき)です」


 澄(す)んだ声(こえ)には、孤独(こどく)と深(ふか)い拒絶(きょぜつ)が混(ま)じっていた。


「何故(なぜ)ここへ来(き)たのですか」


 少女(しょうじょ)の問(と)いに、シオンは平然(へいぜん)と歩(あゆ)みを進(すす)め、至近距離(しきんきょり)で言(い)い放(はな)った。


「守(まも)るためだ。魔王軍(まおうぐん)がここを狙(ねら)っているんだろう? 隠(かく)し事(ごと)をする必要(ひつよう)はない」


 少女(しょうじょ)の瞳(ひとみ)がわずかに揺(ゆ)れた。


「……知(し)っているのですか。何故(なぜ)?」


「ああ。俺(おれ)たちの獲物(えもの)が奪(うば)われるのが、何(なに)よりも気(き)に食(く)わないからな」


 少女(しょうじょ)はしばらくシオンの瞳(ひとみ)を凝視(ぎょうし)し、やがて力(ちから)なく口(くち)を開(ひら)いた。


「私(わたし)の名(な)はサクヤ。白銀(はくぎん)の神殿(しんでん)を守護(しゅご)してきた巫女(みこ)の一族(いちぞく)ですが……私(わたし)が最後(さいご)の生(い)き残(のこ)りです」


 彼女(かのじょ)は淡々(たんたん)と語(かた)った。


 魔王軍(まおうぐん)に家族(かぞく)も仲間(なかま)も皆殺(みなごろ)しにされ、たった一人(ひとり)でこの聖域(せいいき)を守(まも)り続(つづ)けてきたという告白(こくはく)。


 その瞳(ひとみ)の奥(おく)には、少女(しょうじょ)が抱(かか)えるにはあまりに過酷(かこく)な孤独(こどく)と悲(かな)しみが澱(おり)のように沈(しず)んでいる。


 シオンは優(やさ)しく彼女(かのじょ)の前(まえ)に立(た)ち、その肩(かた)に手(て)を置(お)いた。


「よく頑張(がんば)ったな」


 その一言(ひとこと)だった。


 誰(だれ)にも認(みと)められず、泣(な)くことさえ許(ゆる)されず、張(は)り詰(つ)めていた心(こころ)の壁(かべ)が、脆(もろ)くも崩(くず)れ去(さ)る。


 堰(せき)を切(き)ったように涙(なみだ)を流(なが)し、少女(しょうじょ)はその場(ば)に膝(ひざ)をつく。


 シオンは何(なに)も言(い)わず、その背中(せなか)を慈(いつく)しむように、しかし所有権(しょゆうけん)を誇示(こじ)するように優(やさ)しく撫(な)でた。


「もう一人(ひとり)じゃない。俺(おれ)たちがいる」


 少女(しょうじょ)がようやく安堵(あんど)の微笑(ほほえ)みを浮(う)かべた――その時(とき)だった。


 禍々(まがまが)しい漆黒(しっこく)の魔力(まりょく)が火柱(ひばしら)のように噴(ふ)き上(あ)がり、大地(だいち)を根底(こんてい)から震(ふる)わせた。


 現(あらわ)れたのは、黒(くろ)い鎧(よろい)を纏(まと)った魔王軍幹部(まおうぐんかんぶ)――黒氷将(こくひょうしょう)ヴァルグリム。


「最後(さいご)の巫女(みこ)よ。その封印(ふういん)の奥(おく)にある『封印(ふういん)の鍵(かぎ)』、いただかせてもらう」


 響(ひび)き渡(わた)る高笑(たかわら)い。


 北方(ほっぽう)を支配(しはい)する災厄(さいやく)を前(まえ)に、シオンの瞳(ひとみ)が獣(けもの)のように細(ほそ)められた。


「魔王軍(まおうぐん)か。……ちょうどいい、さっそく俺(おれ)の『獲物(えもの)』を仕留(しと)めさせてもらおうか。お前(まえ)の首(くび)と、その神殿(しんでん)の宝(たから)、両方(りょうほう)とも俺(おれ)のものだ」


 白銀(はくぎん)の神殿(しんでん)を舞台(ぶたい)に、血(ち)と魔力(まりょく)に彩(いろど)られた新(あら)たな戦(たたか)いの幕(まく)が今(いま)、静(しず)かに、そして激(はげ)しく上(あ)がろうとしていた。





第(だい)29話(わ)へ続(つづ)く




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