【第27話】白銀の守護者セレナ
フロスト・ヘイムの朝は、澄み切った冷気とともに訪れた。
窓の外では雪が静かに降り続き、街並みを白銀のヴェールで包み込んでいる。
シオンが宿の食堂へ姿を現した時、すでに仲間たちは朝食の席についていた。
リーナ、アルベルト、エルザ、ルナリス、ルミナリア、イリス。
誰もが昨夜の疲れを残しながらも、伝説の守り神フェンリルを救った達成感に満たされている。
だが。
「……誰?」
最初に声を上げたのはリーナだった。
食堂の入口に立っていたのは、一人の女性。
腰まで届く銀色の髪。
雪原の月光を閉じ込めたような琥珀色の瞳。
見る者を圧倒する神秘的な気配。
その美貌は、人間離れしていると言っても過言ではなかった。
女性は静かにシオンの隣へ歩み寄る。
そして当然のようにその背後へ立った。
「紹介しよう」
シオンは平然と告げた。
「フェンリルだ」
一瞬。
食堂全体が静まり返った。
「はぁぁぁっ!?」
真っ先に叫んだのはリーナだった。
「フェ、フェンリルって、あのフェンリル!?」
「昨日まで巨大な狼だったわよね!?」
ルナリスも目を丸くしている。
信仰の対象である守り神が人の姿を取っている光景は、彼女にとって衝撃以外の何物でもなかった。
「伝承には残っていたけれど、本当に人化できるなんて……」
エルザが呆然と呟く。
アルベルトでさえ珍しく言葉を失っていた。
当のフェンリルはというと、不思議そうに首を傾げている。
「何を驚いている?」
「驚くに決まってるでしょう!」
リーナの即答に、フェンリルは少しだけ困ったような顔をした。
その様子を見たシオンは小さく笑う。
「そういえば、お前には名前がないんだったな」
その言葉に全員の視線が集まった。
フェンリルは静かに頷く。
「フェンリルとは種族名であり、称号のようなものだ。私は長い時を守護者として生きてきたが、個としての名は持たなかった」
「なら決まりだ」
シオンは迷いなく言った。
「今日からお前の名前は『セレナ』だ」
その場に静寂が落ちる。
銀色の髪の女性は、初めて与えられた名を小さく繰り返した。
「……セレナ」
「銀月のように美しいからな」
シオンがそう言うと、彼女の瞳がわずかに揺れた。
千年以上生きてきた守護者。
誰からも名を与えられることのなかった存在。
そんな彼女は静かに目を閉じる。
「セレナ……か」
そして微笑んだ。
「悪くない」
ルナリスはその光景を見て胸を熱くした。
神聖な守り神が、一人の存在として新たな人生を歩み始めた瞬間だった。
だが和やかな空気は長く続かなかった。
シオンが表情を引き締める。
「さて、本題だ」
その一言で場の空気が変わる。
「セレナ。お前を傷つけたあの槍は何だ?」
セレナの表情から笑みが消えた。
「ただの槍ではない」
彼女は低い声で答える。
「あれは呪いの槍だ」
全員の顔色が変わる。
「何者かが私を狙って放った」
「誰が?」
アルベルトの問いに、セレナはゆっくりと首を振った。
「放った者の正体までは分からない。だが、矢に込められていた魔力は異常だった」
そして続ける。
「私が倒れれば、この雪原を守る結界も弱まる」
「だからオークが現れたのか」
シオンの言葉にセレナは頷いた。
「オークたちは自然発生したのではない」
その声には重みがあった。
「何者かによって操られていた」
食堂の空気が凍りつく。
「目的は?」
イリスが尋ねる。
セレナは窓の外へ視線を向けた。
遥か北方。
吹雪の向こうを見つめながら呟く。
「おそらく魔王だ」
その言葉に全員が息を呑んだ。
「千年前に封印された魔王が復活しようとしている」
誰も言葉を発せない。
セレナの瞳には確信が宿っていた。
「私を排除し、北方の守護を失わせ、魔物の軍勢を南へ進軍させる。そのための布石だった」
シオンは静かに立ち上がる。
「なるほどな」
その顔には恐れなど微塵もなかった。
むしろ獲物を見つけた狩人のような笑みが浮かんでいる。
「世界征服を企む魔王か」
彼は仲間たちを見渡した。
「面白くなってきたじゃないか」
リーナが苦笑する。
アルベルトは放心して持っていたグラスを落とし震え。
ルナリスとルミナリアは不安を抱きながらもシオンを見つめる。
そして新たな名を得たセレナは、静かに彼の隣りに寄り添った。
シオンがエルザに視線を向ける。
「エルザ、君はいちど王都へ戻り王女として魔王の復活に備えてくれ」
「分かったわ」
「アルベルト、お前もエルザを守り王都へいけ」
彼の顔から安堵の表情がもれる。
こうして、魔王復活という大陸規模の危機が明らかとなる。
しかしそれは同時に、シオンたちの新たな伝説の幕開けでもあった。
白銀の空の下。
運命の歯車は、静かに回り始める。
第28話へ続く




