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【第23話】深淵の歌姫フィオナ


 (みず)(みやこ)、アクア・ヴェイルの源泉(げんせん)忘却(ぼうきゃく)(いずみ)


 そこは(まち)(はな)やかな表通(おもてどお)りとは隔絶(かくぜつ)された、()()(もの)たちの安息地(あんそくち)であった。


 (よど)んだ水面(すいめん)は、歌姫(うたひめ)フィオナの(こお)りついた(こころ)(うつ)()している。


 かつて彼女(かのじょ)(あい)した(おとこ)は、彼女(かのじょ)(ちから)(みずか)らの(よく)(みた)すためだけに(ちか)づき、彼女(かのじょ)(うつく)しい(うろこ)をその()()()姿(すがた)()した。


 胸元(むなもと)(のこ)痛々(いたいた)しい傷跡(きずあと)は、(いま)(うた)うたびに彼女(かのじょ)魔力(まりょく)(むしば)み、(あい)することへの恐怖(きょうふ)(きざ)みつけている。


 (おれ)たちが(いずみ)のほとりに()ったとき、彼女(かのじょ)(おれ)たちを一度(いちど)()ようとしなかった。


 その背中(せなか)は、あまりにも孤独(こどく)で、そして拒絶(きょぜつ)意思(いし)()ちていた。


「……裏切(うらぎ)られたから(うた)わないんじゃない。(わたし)(うた)が、(あい)した(ひと)(くる)わせたのよ。(わたし)(こえ)()いた(もの)は、(みな)(わたし)(うろこ)(うば)おうとする。……(かえ)って。あなたも結局(けっきょく)(わたし)(うた)という『(とみ)』が()しいだけなんでしょう?」


 フィオナの言葉(ことば)には、絶望(ぜつぼう)だけでなく、自分(じぶん)(あい)した(もの)すらも怪物(かいぶつ)()えてしまったという、(ふか)自己嫌悪(じこけんお)()ざっていた。


 彼女(かのじょ)にとって(うた)うことは、他者(たしゃ)(きず)つけ、自分自身(じぶんじしん)(けず)()行為(こうい)(ほか)ならない。


 彼女(かのじょ)自分(じぶん)(こえ)を、自分(じぶん)(いのち)を、この(くら)(いずみ)(そこ)封印(ふういん)していたのだ。


 (おれ)はフィオナの数歩前(すうほまえ)()()まった。


 彼女(かのじょ)(するど)殺気(さっき)()(なが)し、あえて(こころ)()()むようなことはしなかった。


 ホストにとって、(きゃく)(こころ)は「所有(しょゆう)」するものではなく「解放(かいほう)」するものだからだ。


(とみ)か。(たし)かに()しい。だが、(おれ)()しいのは(きみ)(うろこ)じゃない。(きみ)が、その歌声(うたごえ)をただ一人(ひとり)()けて(ひび)かせたいと(ねが)う、その『孤独(こどく)』の(ほう)だ」


 (おれ)(ふところ)から、迷宮(めいきゅう)()()れた「魔力(まりょく)(しず)める宝石(ほうせき)」を()()し、(いずみ)(ふち)(しず)かに()いた。


 これは強制的(きょうせいてき)支配(しはい)道具(どうぐ)ではなく、彼女(かのじょ)(むね)(きず)(しず)め、(おれ)対話(たいわ)するための対価(たいか)だ。


「フィオナ。……(おれ)(きみ)傷跡(きずあと)さえも、(あい)してやる」


 (おれ)彼女(かのじょ)足元(あしもと)まで(すす)み、彼女(かのじょ)胸元(むなもと)(のこ)痛々(いたいた)しい傷跡(きずあと)()()ばした。


 彼女(かのじょ)(はげ)しく()()こうとしたが、(おれ)指先(ゆびさき)から(なが)した(かす)かな魔力(まりょく)が、彼女(かのじょ)傷口(きずぐち)からあふれ()す「拒絶(きょぜつ)」を(やさ)しく(つつ)()む。


「……()れないで! (いた)むの。(うた)えば(うた)うほど、この(むね)(おく)()()れるように……!」


()かっている。なら、(おれ)がその(いた)みを()()めてやる。(うた)え。その絶望(ぜつぼう)()()せ。(おれ)(きみ)(くる)しみのすべてを、(あま)(みつ)へと()えてやる」


 (おれ)彼女(かのじょ)(かた)()()せ、(つめ)たい(いずみ)(そこ)へと()()んだ。


 彼女(かのじょ)(むね)(きざ)まれた傷跡(きずあと)(おれ)(くち)づけを()とす。


 それは(なぐさ)めではない。


 彼女(かのじょ)(かか)(つづ)けてきた「汚点(おてん)」を、(おれ)(おとこ)としての(ほこ)りで上書(うわが)きする行為(こうい)だ。


彼女(かのじょ)(おれ)(くび)(つめ)()てた。


 殺意(さつい)(ちか)衝動(しょうどう)


 だが、(おれ)のホストとしての圧倒的(あっとうてき)包容力(ほうようりょく)は、彼女(かのじょ)殺意(さつい)をそのまま「(あい)」の(かたち)へと昇華(しょうか)させていく。


 フィオナは()(くず)れ、(おれ)(うで)(なか)慟哭(どうこく)した。


 (なが)年月(ねんげつ)(だれ)にも()えなかった「(あい)した(おとこ)への(にく)しみ」と「(あい)されたいという渇望(かつぼう)」。


 彼女(かのじょ)(おれ)(むね)でむせび()くたび、周囲(しゅうい)(みず)(うず)()く。


 (おれ)彼女(かのじょ)(かみ)(ゆび)(から)め、執拗(しつよう)耳元(みみもと)(ささや)(つづ)けた。


「そうだ、もっと()け。その(なみだ)のすべてが、(つぎ)(うた)旋律(せんりつ)になる。……フィオナ、(きみ)(おれ)のものだ。(きみ)(きず)つけた(おとこ)のことなど(わす)れるまで、(おれ)(きみ)のすべてを()()えてやる」


 一夜(いちや)にして(こころ)()えない。


 しかし、彼女(かのじょ)(ひとみ)から「()」の気配(けはい)()え、()わりに(おれ)への興味(きょうみ)という(あたら)しい(ほのお)(とも)った。


 それは彼女(かのじょ)絶望(ぜつぼう)根底(こんてい)から(ささ)える、強烈(きょうれつ)支配(しはい)(はじ)まりだった。


 フィオナは(ふる)える(こえ)(おれ)()()び、その(くちびる)(おれ)(かさ)ねる。


「……シオン。(わたし)を、(こわ)して……。貴方(あなた)(いろ)()まるまで、(うた)(つづ)けるから……」


 その甘美(かんび)誘惑(ゆうわく)に、(おれ)(けもの)のような()みを()かべた。


 彼女(かのじょ)繊細(せんさい)(かた)()()せ、(おれ)はそのまま、(みず)(そこ)(しず)()むように(ふか)く、(ふか)彼女(かのじょ)()いた。


 (いずみ)(つめ)たさはもう(かん)じない。


 二人(ふたり)体温(たいおん)()ざり()い、この(いずみ)そのものが(ねつ)()びていく。


 フィオナの(うろこ)(おれ)(ゆび)()れるたび、彼女(かのじょ)電流(でんりゅう)(はし)ったかのように身体(からだ)硬直(こうちょく)させ、(せつ)なげな(こえ)()らした。


 かつて(おとこ)蹂躙(じゅうりん)された(いた)みの記憶(きおく)が、(おれ)愛撫(あいぶ)によって()()えられていく。


 (おれ)彼女(かのじょ)胸元(むなもと)傷跡(きずあと)をなぞり、そこに(のこ)過去(かこ)残滓(ざんし)()()くすように、執拗(しつよう)(くち)づけを()とした。


「ぁ……っ、シオン……っ! そんなに、(はげ)しく……っ!」


 彼女(かのじょ)歌姫(うたひめ)としての(ほこ)りが、快感(かいかん)(なか)()けていく。


 (おれ)彼女(かのじょ)(こし)()()せ、より(ふか)く、()()(うしな)わせるように()()げた。


 (みず)抵抗(ていこう)さえもが、(おれ)たちの(から)()肢体(したい)をより密着(みっちゃく)させるためのスパイスとなる。


 フィオナは(おれ)背中(せなか)(つめ)()て、恍惚(こうこつ)苦悶(くもん)()()じった表情(ひょうじょう)で、何度(なんど)何度(なんど)名前(なまえ)()んだ。


 彼女(かのじょ)(うた)()てた(のど)から、(いま)絶頂(ぜっちょう)()げる(うつく)しき(あえ)ぎが(あふ)()す。


 (おれ)彼女(かのじょ)のすべてを()()め、支配(しはい)し、(おれ)という(おとこ)刻印(こくいん)をその(たましい)奥深(おくふか)くにまで()()んでいく。


 愛撫(あいぶ)のたびに彼女(かのじょ)魔力(まりょく)(いずみ)放流(ほうりゅう)され、運河(うんが)波動(はどう)(おれ)たちの鼓動(こどう)とシンクロし、都全体(みやこぜんたい)(よろこ)びの(ふる)えで(つつ)()んでいった。


 フィオナの(ひとみ)(あい)(ねつ)(にご)り、理性(りせい)(いと)完全(かんぜん)千切(ちぎ)れる。


 彼女(かのじょ)(おれ)(くび)(うで)(から)め、(くる)おしいほどに身体(からだ)(こす)()けた。


 (おれ)最後(さいご)一撃(いちげき)()()むと、彼女(かのじょ)(けもの)のように()()らし、(みず)(そこ)白濁(はくだく)した(ひかり)(はな)ちながら、何度(なんど)昇天(しょうてん)した。


 (あい)()て、彼女(かのじょ)はとろけきった表情(ひょうじょう)(おれ)(むね)(しず)んだ。


 その(かお)には、かつての陰鬱(いんうつ)さは微塵(みじん)もなく、ただ(おれ)という絶対的(ぜったいてき)(あるじ)()充足感(じゅうそくかん)だけが()かんでいる。


 (おれ)()のひらには、彼女(かのじょ)歌姫(うたひめ)としての神秘的(しんぴてき)(ちから)が、(あつ)感触(かんしょく)として(たし)かに(のこ)っていた。


 (いずみ)(かがや)きが完全(かんぜん)(もど)り。


 運河(うんが)()たす(みず)が、生命(せいめい)(ちから)()(もど)し、アクア・ヴェイル全体(ぜんたい)(おだ)やかな波音(なみおと)(ひび)かせ(はじ)める。


 フィオナは恍惚(こうこつ)とした表情(ひょうじょう)で、(おれ)()つめ(つづ)けている。


 彼女(かのじょ)旋律(せんりつ)(ふたた)(いずみ)(ひび)く。


 それは(おれ)という(おとこ)への、(くる)おしいまでの(あい)(うた)だった。




(だい)24()(つづ)






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