【第20話】ウルフ族の娘
牙の森の境界線、かつて両部族が血を流し合った場所が、今夜は巨大な宴の会場へと姿を変えていた。
豹族の族長レオナが率いる戦士たちと、ウルフ族の族長ガレウスが率いる戦士たち。
数十年もの間、憎しみを抱き合ってきたはずの彼らが、今は互いの肩を組み、豪快に笑い合っている。
広場の中央には巨大な焚き火がいくつも焚かれ、森で獲れたばかりの巨大な猪や鹿の丸焼きが、脂の香ばしい匂いを漂わせていた。
樽から溢れる獣人酒が次々と配られ、宴の熱気は夜空を焦がすほどに高まっている。
獣人族特有の野性味溢れる歌声が響き渡り、太鼓の音が地の底から魂を揺さぶる。
「シオン! 今日という日は、我ら獣人の歴史の中でも特筆すべき夜だ。ガレウスの名にかけて誓おう、これほどまでに美味い酒を飲んだことはない!」
ウルフ族の族長ガレウスが、真っ赤な顔で俺の背中を叩く。
その隣で、豹族の族長レオナもまた、獣人酒の入った角杯を片手に妖艶に微笑んでいた。
彼女は普段の凛々しさを少しだけ緩め、俺の腕に深く身を預けている。
「ガレウス、あまりシオンに酒を勧めるのはやめて。今夜のシオンは、私の隣でゆっくり過ごす権利があるのよ。そうでしょう、シオン?」
レオナの勝ち誇ったような視線に、ガレウスは豪快に笑い飛ばした。
俺はリーナたちや、呆然としながらも肉を頬張るアルベルトに視線を送り、角杯を掲げた。
リーナは獣人たちの歌に合わせて体を揺らし、エルザもルミナリアも、この異文化の宴を心から楽しんでいるようだ。
アルベルトは、自分たちが少し前まで命がけで対峙していたはずの狼たちと酒を酌み交わしている事実に、時折困惑した表情を浮かべていたが、それもすぐに酒の勢いで吹き飛んでしまったようだった。
その時、ガレウスが、俺の耳元でコソリと声を潜めた。
「……シオンよ。これほどまでに一族をまとめ上げ、レオナさえも虜にする貴方だ。もしよければ、俺の娘、ルナリスを――この群れで一番美しいと言われている娘を、貴方の嫁として迎えてはくれないか?」
ガレウスが合図をすると、群れの中から一人の少女が進み出た。
雪のように白い毛並みと、月明かりを宿したような青い瞳を持つルナリスだ。
彼女は少し恥ずかしそうに頬を染め、俺の足元で静かに頭を下げた。
「……シオン様、父ガレウスから聞きました。貴方様こそ、我らを導く真の王だと。もしお許しいただけるなら、貴方様をお支えする一員に加えてください」
ルナリスの言葉に、周囲の獣人たちが一斉に歓声を上げる。
レオナは「あら、ウルフ族の娘なんて」と口では軽くいなしながらも、逆に俺の腕を強く引き寄せ、自分の所有権を強く主張した。
その独占欲に満ちた仕草こそが、俺にとっては最高のスパイスだ。
俺はルナリスの顎をそっと持ち上げ、彼女の青い瞳を覗き込んだ。
「嫁か……。とびきりの指名だな。……だが、俺はまだ旅の途中だ。俺の隣に立つということは、穏やかな生活とは程遠い、嵐のような刺激の中に飛び込むということだ。それでもいいのか?」
ルナリスは迷うことなく、俺の瞳を見返した。
「貴方様の行く道こそ、私が歩みたい道です。どんな嵐も、貴方様と一緒なら、心地よい風に変わるはずですから」
ルナリスの健気さに、レオナはふっと小さく笑うと、ルナリスが反対側の腕に抱きついた。
「いいわ、ルナリス。その覚悟があるなら認めてあげる。シオンは私の男だけど、あまりに魅力的すぎるから、時々なら共有してあげてもいいわよ」
レオナの余裕ある提案に、宴の熱気はさらに最高潮に達する。
アルベルトは天を仰いで大笑いした。
「……ははは! シオン、お前は本当に……! 次から次へと女を増やして、どこまで行くつもりだ? 俺にはもう、何人の嫁や従者がいるのかさえ計算できねえよ!」
「計算など不要さ、アルベルト。俺は、俺の魅力を理解してくれるすべての女を、等しく愛するだけだ。……さあ、宴を続けよう。今夜は、俺がこの森の全てを、塗り替えた祝いの日なんだ」
俺の声とともに、獣人たちの演奏が激しさを増す。
焚き火の炎が高く舞い上がり、森の闇を払いのける。
俺はリーナ、エルザ、ルミナリア、レオナそして新たに加わった白銀の少女ルナリスを率いて、宴の輪の中心で踊った。
この森で得た絆と、支配の喜び。
俺のホストとしての能力は、もはや人間だけではなく、この世界のすべての心をも虜にする。
夜の宴は尽きず、俺たちの絆はより深く、より強固に結ばれていく。
第21話へ続く




