【第18話】牙の森の盟約
牙の森の奥深くに広がる獣人の集落は、巨大な古木をくり抜いて作られた、自然と調和した美しい場所だった。
獣人たちの焚き火が夜の闇を照らし、肉を焼く匂いと、獣特有の荒々しくも温かな熱気が満ちている。
俺は集落の長であるレオナの手を取り、その中心部へと歩を進めていた。
「シオン。あんた、とんでもないことをしでかしたわね。森の獣人たちを、こんなにあっさりと……」
リーナが呆れたような表情で俺を見つめる。
彼女の横では、エルザとルミナリア、そしてアルベルトが周囲を警戒しつつも、この奇妙な宴の空気に呑み込まれていた。
俺の体の中には、先ほどのレオナとの愛の儀式によって獲得した、獣人の持つ「野生の直感」と「超人的な身体能力」が脈動している。
俺の視界はより鮮明に、聴覚は風の音の細部までを捉えていた。
そして集落の獣人たちは、レオナと親密な俺の姿を見て、敵意を好奇心へと変えていた。
俺が彼女の「心」を癒やした事実が、この集落の誇り高い戦士たちの心をも溶かしたのだ。
俺は広場の中央で、獣人たちに囲まれながら、最高のホストの立ち振る舞いで彼らの歓心を買っていた。
そんな宴の最中、レオナが俺に寄り添い、木をくり抜いて作ったコップに獣人酒を注ぎながら深刻な顔で声を潜めた。
「……シオン。貴方に甘えておいてこんなことを頼むのは卑怯かもしれないけれど、私たちには一族を脅かす大きな悩みがあるの」
俺はレオナの耳元に唇を寄せ、獣人特有の柔らかな毛並みに触れながら囁く。
「悩みか。そんな顔をするな。俺にとって、君たちの悩みは俺の悩みだ。……何があった?」
彼女はため息をつき、森の向こう側を指差した。
「この森の北側を縄張りとしている『ウルフ族』との小競り合いが、日に日に激しさを増しているの。彼らは食糧を奪い、我らの若者までをも連れ去ろうとしている。このままでは、森の調和は崩壊してしまうわ」
ウルフ族か。
彼らは好戦的で、集団行動を得意とする。
レオナたち豹の獣人は個の力は強いが、数で押されると厳しいのだろう。
俺はレオナの背中を優しく撫で、安心させるように微笑んだ。
彼女の琥珀色の瞳が、俺の言葉を待ちわびて揺れている。
「ウルフ族か。……ふむ。彼らも、ただ強さを誇示したいわけじゃないんだろう。俺たちの存在が、彼らの『強さの証明』として利用されているだけだ」
「シオン……貴方なら、この争いを止めてくれるの? ウルフ族は話し合いが通じる相手じゃない。力で……力でねじ伏せるしかないのよ」
レオナはすがるような目で俺を見つめる。
俺は彼女の鼻先に自分の鼻をすり寄せ、獣人流の親愛の情を示した。
彼女は満足げに目を細め、俺の胸に頭を預ける。
「力でねじ伏せる、か。悪くない。だが、俺がやることはもっとエレガントだ。ウルフ族も結局は、強者を求めているだけの迷える獣さ。俺が彼らに、『誰に従うのが一番幸せか』を教えてやる」
その光景を横で見ていたアルベルトが、信じられないものを見る目で俺を指差した。
「おいおい……! 今度はウルフ族と戦うのか? 豹の獣人だけでも手に負えないのに、お前、本当にどこまで行くつもりだ? 俺にはもう、ついていく自信がねえよ……!」
「弱音を吐くな、アルベルト。お前は俺の最高の見届け人だろ? 俺がウルフ族の長をどうやって『屈服』させるのか、その一部始終をその目に焼き付けておけ」
宴が最高潮に達する中、俺は立ち上がり、牙の森の北を見据えた。
そこに潜むウルフ族の群れが、俺という新しい獲物――あるいは支配者――の匂いを嗅ぎつけて、牙を研いでいるのが感じられる。
豹の敏捷さと力強さを手に入れた今、俺に死角はない。
俺はリーナたちと視線を交わし、力強く頷いた。
彼女たちは俺が次に何をしようとしているのかを理解している。
争いを終わらせ、その全てを俺のラウンジに取り込む。
それが俺のやり方だ。
「明日にはウルフ族の元へ乗り込むぞ。レオナ、お前はここで待っていろ。俺一人で、彼ら全員を俺のファンにしてくるからな」
広場に集まった獣人たちが、俺の自信に満ちた宣言にどよめく。
レオナは俺の手を取り、祈るように誓った。
「貴方を信じるわ。……シオン、どうか無事で帰ってきて。貴方のいない森なんて、この世で一番寂しい場所になるもの」
俺は彼女の額に軽く口づけをした。
レオナの口から吐息が漏れる。
「......ハァ......っ......ぁ......」
俺は夜の森を見つめた。
牙の森の争いを俺が収めれば、俺の支配領域はさらに強固なものになる。
俺は、どこまででも行ける。
この森の争いさえも、俺の好みの脚本に書き換えてやる。
それが、伝説のホスト神楽咲紫苑の生き様だ。
さあ、物語の続きを始めよう。
第19話へ続く




