【第10話】月光の指名
王都の宮廷庭園は、夜の社交場とは別の静寂に包まれていた。
手入れの行き届いた植栽の隙間から漏れる月明かりが、大理石の床に影を落としている。
約束の時間、エルザは一人、噴水の傍に立っていた。
護衛の騎士たちは遠くに配置されている。
彼女は、俺と二人きりになるという状況を、自らの意志で選んだのだ。
「……本当に来るなんて。あなたという男は、死の概念を知らないのかしら」
エルザが背中を向けたまま、冷たい声で言う。
だがその声には拒絶はなく、むしろ俺が来ることをどこかで待ちわびていたような、そんな甘い予感すら漂っている。
「死ぬために来たんじゃない。君を、もっと『生きている』と感じさせるために来たんだよ」
俺はゆっくりと彼女に近づいた。
夜風が俺たちの間を通り抜ける。
彼女は、俺の足音を聞き逃さないように、じっと気配に耳を傾けていた。
彼女の肩が、微かに揺れる。
「……生きている、と。王族として、私は常に完璧を求められてきた。一歩間違えれば、国が傾く。そんな重圧の中で、感情なんてものは贅沢なだけよ」
「だからこそ、君は壊れかけている。君のスキル『治める者』が、君自身を縛り。心を殺そうとしていることに気づいていないのか?」
俺は彼女の背後に回り、その華奢な肩に手をかけた。
エルザは反射的に身を硬くしたが、振り払おうとはしなかった。
俺の指先から、スキル『性の捕食者』が彼女の精神へと接続を試みる。
膨大な、そして複雑に絡み合った澱みが、彼女の身体の中で悲鳴を上げていた。
「あ……ッ」
エルザが小さく喘ぐ。
俺が彼女の澱みを少しだけ引き受け、循環を整えた瞬間、彼女の身体から力が抜け落ちた。
彼女はそのまま、俺の胸の中へと倒れ込んできた。
「……何をしたの。私の身体が、嘘みたいに軽くなった……」
「教えただろう。俺には、君の孤独を癒やす術があるって」
俺は彼女の髪を指先で梳き、その表情を覗き込んだ。
そこには、王女としての冷徹な仮面はなく、ただ一人の女として、俺の存在を必死に求めている、脆い姿があった。
システム画面が、視界の隅で大きく揺れ動く。
【警告:対象『エルザ』のスキル許容密度が規定値を超えました】
【スキル『性の捕食者』:強制同調モードへ移行】
俺はエルザの顎を上げ、その唇を塞いだ。
抵抗はない。
むしろ、彼女は俺の背中に腕を回し、その熱さを確かめるように身体を密着させてきた。
俺は彼女の服に手をかけ、その透き通った肌を優しく触れる。
「あっ……んっ……」
エルザの身体がピクリと跳ねる。
遠目の騎士たちの目には、俺たちが談笑しているようにしか見えないはずだ。
庭園の暗闇が、二人を包み込み。
そして、二人は交わる。
この密やかな場所で、俺はエルザのスキルだけでなく、その心そのものを、俺の支配下に置いていた。
エルザは火照った身体を俺の胸に預けている。
「シオン。これから私とは、どうするつもり?」
「どうするも何も、君は今、俺の世界の一部になったんだ。王都の頂点に立つ者として、君を俺の指名客に指名する。これからは、いつでも俺を頼ればいい」
エルザは俺の瞳を見つめ、静かに涙を流した。
それは悲しみの涙ではない。
長年、自分を縛り付けていた枷が外れたことによる、安堵の涙だ。
彼女にとって、俺は唯一、彼女を「王女」としてではなく、「女」として扱ってくれる存在になったのだ。
「……ずるい男ね。一生、あなたを許さないわ」
「ああ。一生かけて、その許さないという言葉を、愛の告白に変えてみせるさ」
俺は彼女を抱きしめた。
エルザのスキル『治める者』。
それは俺の身体を内側から塗り替えていく。
強大な力が、俺の体内を駆け巡る。
これは、神楽咲紫苑が王都を制するための、最強の武器だ。
庭園を吹き抜ける風が、俺たちの吐息と混ざり合う。
彼女はもう、俺から離れることはできないはずだ。
俺は、月明かりの下、エルザの手を引いて歩き出した。
王宮の闇が、俺たちの背後でひっそりと閉ざされる。
俺たちの夜は、まだ始まったばかりだ。
この王都で、俺が何者であるかを、世界中に知らしめる時が来た。
リーナが待っているはずの宿屋へ戻る道すがら、俺は空を見上げた。
星々が、俺の成り上がりを祝福するかのように、いつもより輝いて見える。
エルザを手に入れたいま、次は一体どんな客に巡り合うのか?
考えるだけで、血が騒ぐ。
神楽咲紫苑の第二の人生は、異世界であろうと衰えることはない。
第 11話へ続く




