【第9話】第一王女・エルザ
王都の夜は、煌びやかな魔導灯の光で満ちていた。
新宿のネオンとは趣が異なるが、そこに渦巻く欲望の密度は、むしろ歌舞伎町を凌駕しているかもしれない。
俺は王都で最も高価な酒が飲めるという、貴族御用達の社交場――『銀の月』のテラスで、ゆっくりとグラスを傾けていた。
「……本当に、いい場所ね。こんなところ、あなたに付いてこなければ一生縁がなかったわ」
リーナが俺の隣で、慣れないドレスの裾を気にしながら呟く。
俺の選んだドレスは、彼女の魔法使いとしての神秘的な雰囲気を殺さず、かつ、その身体のラインを強調する最高の一着だ。
リーナは自分の姿に戸惑いつつも、俺に褒められたいという一心で、鏡の前で何度もチェックを繰り返していた。
「君には、これくらいの輝きが似合うよ。リーナ。君はもう、ただの荷物持ちの相棒じゃない。俺の隣に立つ、伝説の魔法使いだ」
俺が首筋に手を添えると、リーナは甘い吐息を漏らした。
テラスの周囲には、王都の権力者や、そのお抱えの冒険者たちが集まっている。
彼らは、あからさまに俺たちに視線を投げかけていた。
無能のシオンという男が、なぜこれほどの美女を侍らせ、これほどの社交場にいるのか。
その疑問が、嫉妬と好奇心となって俺の周囲に充満している。
いいぞ。
もっと見ていろ。
俺という存在が、この王都の常識をいかに塗り替えていくか、その目でしっかりと焼き付けておけ。
その時、テラスの入り口が静まり返った。
現れたのは、この社交場でも一際目を引く、気品あふれる女性だった。
王都の第一王女、エルザ。
彼女の周りには、数人の騎士と貴族が従者としてひれ伏している。
彼女の登場は、この場の空気を一変させた。
「……あれが、第一王女か。噂通り、圧倒的だな」
アルベルトが俺の背後で小さく呟く。
彼は王女の威光に圧倒され、震えを隠しきれていない。
俺はグラスを置き、ゆっくりと立ち上がった。
「ああ。最高の獲物だ」
俺の言葉に、リーナが少しだけ顔を曇らせる。
だが、彼女は何も言わない。
俺が何をしようとしているのか、そして、それが俺の目的であることを、彼女は理解しているからだ。
エルザは、まるで吸い寄せられるように俺たちのテーブルへと歩み寄ってきた。
彼女の瞳には、俺という存在に対する「純粋な関心」が宿っている。
地方から現れた無能の荷物持ち、シオン。
それが、王都の貴族たちの間でも話題になっているのだ。
「あなたが、噂のシオン。……随分と軽薄な男に見えるけれど、地方でボスの核を砕いたという話は本当なの?」
エルザの声は、氷のように冷たく、それでいて心地よい響きを持っていた。
俺は彼女の瞳を見つめ、ホストとして磨き上げてきた「最高の営業スマイル」を浮かべた。
「噂など、大抵は誇張されたものですよ、王女殿下。だが、俺が君を悦ばせることができるという噂なら、それは真実だと断言してもいい」
周囲の騎士たちが、一斉に殺気を放った。
王女に対してその態度は、不敬罪どころの騒ぎではない。
だが、エルザは表情を崩さず、むしろ興味深げに眉を上げた。
「悦ばせる……。随分と大胆なことを言うわね。騎士団長でさえ、私に対してそんな口を利いた者はいないわ」
「彼らは、王女としての君を愛している。だが、俺は違う。俺は、君という『一人の女性』の孤独を愛しているんだ」
俺は彼女の手に、そっと口づけをした。
彼女の指先が、わずかに震えるのを感じる。
これは、彼女の心に侵入するための第一歩だ。
彼女のような完璧な存在ほど、その裏にある孤独は深い。
そしてその孤独を埋める術を、俺は誰よりも知っている。
【システムメッセージ:対象『エルザ』の警戒レベル、低下】
【固有スキル『性の捕食者』が、彼女の能力の波長をスキャン中……】
脳内で鳴り響くシステム音。
彼女の能力は、まさに規格外だ。
これを手に入れれば、俺の力はさらに上のステージへと引き上げられる。
「……明日、宮廷の庭園へ来なさい。そこでもう一度、その言葉を証明してみせて」
エルザはそれだけ言い残し、立ち去った。
彼女の背中は、どことなく期待に満ちているように見えた。
俺は満足げに笑い、再びグラスを手に取った。
「シオン。あなた、また危ない橋を渡って……」
「危険な橋ほど、渡りがいがあるんだよ、リーナ。俺たちは、伝説を作るためにここへ来たんだから」
リーナが俺の隣に座り、俺の腕にしがみつく。
テラスの喧騒が、遠くに聞こえる。
王都の夜は、これからだ。
エルザの心の防壁を崩し、そのすべてを俺の中に取り込む。
それができた時、俺は本当にこの世界の「帝王」になる。
星々の下、俺は静かに勝利の美酒を噛みしめた。
この世界でも、俺はどこまでも高く、どこまでも深い場所までいける。
明日、どんな顔で彼女が俺を待っているか。
楽しみだ。
第10話へ続く




