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悪役令嬢のまま死んでたまるか! 偽聖女ですが、何か問題でも?  作者: 葉月


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第38話 地の民

「意外と……歩くんですのね」


 思わず零れた呟きは、湿った森の空気に吸い込まれていった。


 森へ足を踏み入れてから、すでに二時間以上が経過している。

 その間、数え切れぬほどの魔物と遭遇――否、正確には襲撃を受けた。


 だが、負傷者は一人もいない。


 六歳にしてレベル26という異常な数値を叩き出すマヤ。

 そして、アサシン教団で暗殺者として訓練を受けたアール。

 加えて、私自身もシュベルッツベルグ家の長子として、幼少より剣と体術を叩き込まれてきた。


 この森に棲む魔物程度に、後れを取るはずもない。


 それでも――森は長い。

 道は緩やかだが終わりが見えず、じわじわと体力と集中力を削ってくる。


「お嬢様。お疲れでしたら、私の背に――」


 気づけばアールが私の正面で膝を折り、当然のように背を差し出していた。


「結構ですわ」


 言下に断り、彼女の横をすり抜ける。


「無念……!」


 心底悔しそうな声を背に聞き流し、私は山道を進む。


 そのときだった。


 前を歩いていたマヤが、唐突に足を止める。


 避けきれず、私はその小さな背にぶつかりかけた。


「……どうかしましたの?」


 問いかけると、マヤは答えず、ゆっくりと周囲に視線を巡らせた。

 まるで、目に見えぬ糸を手繰るかのような、慎重な動き。


「気づかないかな?」


 そう言われて、私も意識を研ぎ澄ませる。


 ――いる。


 木々の隙間。

 岩陰。

 葉擦れに紛れて、こちらを窺う“何か”の気配。


 数ではない。

 だが、ただの獣とも、森の魔物とも違う。


「お嬢様、お気をつけください」


 アールもすでに察していたらしい。

 私の背後へ滑り込むように立ち、暗器を構える。


 その所作に、迷いはなかった。


「よそ者のあたしたちが村に近づいているから、きっと警戒しているんだね」


 マヤは気負いもなく言った。


「……ということは、彼らが“地の民”ですの?」

「たぶんね」


 その短いやり取りだけで、胸の奥が重く沈んだ。


 ここへ至るまでの道すがら、私はマヤから“未来”の話を聞かされていた。

 それは予言というにはあまりにも具体的で、記録と呼ぶ方がふさわしい内容だった。


 ――本来の未来では、パソネス家はロブフ村に大幅な増税を行う。


 理由は単純だ。

 財政の都合。

 領主としては、何一つ間違っていない判断。


 だが、その結果、ロブフ村は立ち行かなくなる。

 村人たちは金銭的に追い詰められ、やむなく故郷を捨てることになるのだ。


 そして、問題はそこから始まる。


 パソネス家の目を避け、密かにロブフ村と取引をしていた“地の民”。

 彼らは肉や山菜など、森に由来する品々を人里へ流すことで生計を立てていた。


 村が消えれば、その取引先も消える。

 とりわけ薬に関する供給が断たれる影響は深刻だった。


 ――だが、本当の悲劇はその数ヶ月後。


 地の民は、原因不明の病に倒れ始める。


 熱でも、呪いでもない。

 治療法の分からぬ衰弱。


 その正体こそが、例の茸だった。


 地の民は森の奥で、新種の茸を発見する。

 見た目に毒性はなく、実際、口にしても即座に害はなかった。


 だがそれは、キノコ蜘蛛と呼ばれる魔物が振りまく菌から生じる、極めて異質な茸。


 茸は体内に入ると、胎内で菌を増殖させる。

 やがて寄生茸となり、宿主の魔力を吸い上げ、遠く離れたキノコ蜘蛛へと送り続ける。


 ――生きたまま、魔力を搾り取られる装置。


 原因不明の難病に侵された地の民は、次第に衰弱し、倒れていった。

 仲間を次々に失い、彼らは森から姿を消したという。


 だからこそ、マヤは考えた。


 ロブフ村が存続していれば、この寄生茸を取り除く薬が、手に入るはずだと。


 それが、マヤの狙いだった。


 ――だが。


 彼女にとって予想外の事態が発生した。


 本来の世界線とは異なり、寄生茸の発生時期が前倒しになっていたのだ。

 しかも、寄生されるはずのなかったロブフ村の人々までもが、すでに侵されている。


 だからこそ――

 私たちは今、こうして森の奥へと足を踏み入れている。


 原因を突き止めるために。

 そして、運命(シナリオ)を改変するために。


 視線の先、木々の陰に潜む気配が、じっとこちらを見据えている。


「あたしはマヤ! 彼女はイデアだよ。で、そっちの――ちょっとおっかなそうなのがメイド!」

「誰が、おっかなそうですか!」


 反射的に声を荒らげたアールをよそに、マヤは虚空へ向かって大声を張り上げた。

 未だ姿を見せない“誰か”に話しかけるように。


「ここにいるのは、女神様に選ばれた聖女様だよ!」

「――ちょっ!」


 マヤは軽い調子で、とんでもないことを言う。


「ねえ、みんなの中に病気で苦しんでる人はいない? さっきロブフ村に寄ったんだけど、あそこ、結構ひどかったよ。咳してる人も多かったしさ。……あなたたちは、大丈夫なのかな?」


 問いかけは、森の奥へと投げ込まれた。


 ――しん、と。


 返事はない。

 木々はざわめくこともなく、鳥のさえずりすら途絶えていた。

 まるで森そのものが、息を潜めているかのような静寂。


 その沈黙が、かえって重くのしかかる。


 ……やはり、警戒されている。


 そう思った、そのときだった。


 ガサリ、と。


 乾いた音を立てて、茂みが揺れた。


 次いで、ゆっくりと人影が姿を現す。


 栗色の髪に、小麦色の肌。

 背丈は百二十センチほど。年の頃は、私やマヤと大差ないだろう。


 だが、その両手には――明確な“意思”を宿した槍が握られていた。


 幼いながらも、覚悟の滲む構え。


 少年は、こちらをまっすぐに睨み据え、警戒を隠そうともしない。


「……お前」


 低く、張りつめた声。


「聖女様って……本当なのか?」


 その一言に、森の空気が、さらに一段階引き締まった。


「……」


 にやりと口角を上げるマヤと、露骨な疑惑の眼差しをこちらへ向けてくる少年。その二人を交互に見やり、私は小さく息を吐いた。


 ――ここまで来た以上、やるしかないですわね。


 覚悟を決め、私は一歩前に出る。

 そして改めて、少年の瞳を正面から見据えた。


「事実ですわ」


 静かに、しかしはっきりと告げる。


「――私こそが、女神より使命を授かった“癒しの聖女”ですわよ」


 腕を組み、脚を肩幅まで開く。

 自分でも引くほどの自信満々な立ち姿――いわば、今世紀最大級のドヤ顔だ。


 その威圧に、少年の足がわずかに後退した。


「……聖女様っていうよりさ」


 少年は、じっと私を見つめたまま、率直すぎる感想を漏らす。


「どっちかっていうと、悪役貴族みたいな態度だな」

「……なっ!」


 反射的に声が裏返った。


「私のどこが悪役ですの! あなた、目が腐ってるんじゃなくて!?」


 あまりにも無礼な言い草に、つい言い返してしまった瞬間――


「っ!」


 少年は驚いた蛙のように跳ね退き、反射的に槍を構えた。

 刃先が、こちらを真っすぐに捉える。


「ゴルドフ!」


 その空気を切り裂くように、低い叱責の声が響いた。


 岩陰から姿を現したのは、少年と同じ小麦色の肌をした成人の男だった。

 背まで伸びた髪をきっちりと編み込み、その姿はどこか厳格だ。


 ――親子かしら。


 そう思った矢先、さらに数名の人影が現れた。

 皆、似たような肌の色、似たような髪型。


 どうやら地の民の男たちは、襟足を三つ編みにするのが慣わしらしい。


「聖女様に、そのような物を向けてはならん――ゴホッゴホ」

「だって、まだコイツが本当に聖女だって分からねぇだろ!」


 ゴルドフと呼ばれた少年は、なおも食い下がる。


「ただの嘘つきかもしれないし――」


 ――ギクッ。


 核心を突かれ、心臓が一瞬跳ねた。


 しかし、その沈黙を断ち切るように、男は呆れたように首を振った。


「我々に、そんな嘘をついて何の得がある?」

「……それは……そうだけど……」

「それに」


 苦しそうに咳をする男の視線が、私へと向けられる。


「聖女様であれば、我らの身を蝕む“呪い”を解いてくださるやもしれん」


 ――やはり。


 マヤの話にあった通り、地の民もまた、あの茸に侵されているのだろう。


 そのとき。


「もしよかったらさ」


 空気を読まない、いや――読んだ上で壊す声が割り込んだ。


「うちの聖女様が、タダで健診してあげるけど。どうする?」

「それはありがたい!」


 男は即答した。


 そして、ちらりとこちらを見て、付け足す。


「……だって、聖女様」


 ――この子。


 私は横目でマヤを睨む。


 絶対、楽しんでいますわね。

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