再び『豆の木』へ
「宝が見つかったって本当!?」
玄関に入るなり、ヒカリが勢いよく俺へ詰め寄った。
「ち、違う!見つかってない!」
「え?違うの?」
「なら何故我々を呼び出したのだ。ポンコツよ」
クロノスが腕を組んだまま呆れたように言う。
「俺は呼んでないわ!」
「ごめんね、ヒカリちゃん、クロノスくん」
リビングから母さんが顔を出した。
「呼んだのは私なの」
「「は、はぁ……」」
二人は顔を見合わせる。
⸻
リビングへ戻ると、母さんが事情を説明し始めた。
「……浮気ですか?」
ヒカリが目を丸くする。
「そこに宝の匂いも感じた……ということですか、奥様」
クロノスが腕を組み、真剣な表情で頷いた。
「流石はKシリーズ。
我々では感じ取れないものまで察知されるとは……」
横ではマルタが
「うんうん」
と何度も頷いている。
「信じるな、信じるな」
「K様の姉君のお言葉だ。
信じぬ理由があるまい」
「それに……」
ヒカリが拳を握る。
「浮気は絶対に許さない!」
何故か俺を睨んだ。
「何で俺を見る!?
俺は浮気なんかしてない!
って、何で俺が弁解してるんだ!?」
「大丈夫よ、ヒカリちゃん」
母さんが微笑む。
「遥にそんな甲斐性あるわけないじゃない」
「それもそうですね」
ヒカリは素直に頷く。
「ごめんね、遥くん」
「地味に俺をディスるのやめろ!」
⸻
「では奥様」
クロノスが一歩前へ出る。
「浮気調査を我々に依頼される、ということでよろしいのでしょうか?」
「ええ、お願いするわ」
「ちょっと待て!」
俺は立ち上がる。
「父さんの浮気調査なんて絶対やらないからな!
仮にも自分の父親だぞ!」
母さんは俺を見た。
「そう言えば」
一拍置く。
「数学のテスト返ってきて──」
「よし!」
俺は拳を突き上げた。
「皆!
直ちに出発するぞ!
浮気、許すまじ!」
「「「おお!」」」
そそくさとリビングを後にする。
「流石リン様ですね……」
「勉強になります」
こうして俺は、不本意ながら
父さんの尾行をすることになった。
※
大宮駅は帰宅する会社員や学生で混雑していた。
京一は腕時計を見る。
「待ち合わせには間に合いそうだな」
改札を抜け、
豆の木前へ向かう。
一人の女性がこちらに気付いた。
「こんにちは、京一さん」
ユズハだった。
「先日はありがとうございました」
柔らかな笑みを浮かべて頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ」
私ももつられるように頭を下げた。
「では、約束の物を……」
本当はすぐ帰りたい。
これ以上、この女性とは関わらない方がいい。
頭の中で警報が鳴っている。
「……そうですよね」
ユズハは少しだけ俯いた。
またこの顔だ。
困ったように笑うその表情が、
どうしてもリンと重なってしまう。
「……ここで立ち話も何ですし」
小さくため息をつく。
「場所を移しましょうか」
「はい!」
ぱっと顔を上げる。
「ちょうどあっちに美味しいパスタ屋さんがあるんですよ!」
やられた。
この人……
腹が減っていただけだ。
「……分かりました」
「こっちです!」
ユズハは私の腕を掴み、
迷うことなく歩き始めた。
※
「お待たせしました!」
元気な声とともに着替えを終えたマルタが戻ってくる。
「ぶっ!」
俺は思わず吹き出した。
「何でまた革ジャンなんだよ!」
「そうよ、マルタさん!」
ヒカリも呆れ顔になる。
「また倒れちゃうわよ!」
「いやぁ、尾行と言えばこの格好じゃないと」
マルタはサングラスをクイッと上げ、ライダースジャケットの襟を整える。
……汗だくだけどな。
「やめろ!余計目立つわ!」
季節は七月。
本当に懲りないヤツである。
「おい、ポンコツ組」
後ろからクロノスがため息混じりに声を掛ける。
「コントなら後でやれ。時間を見ろ」
「ああ、悪い」
振り返る。
そこには――
巨大なお婆ちゃんが立っていた。
「お前もかーい!」
「頼む、ヒカリ……」
「ええ、任せて」
ヒカリはクロノスへ向き直る。
「前にも言ったわよね?」
「そんなに大きなお婆ちゃんはいません!」
「し、しかしお嬢さま!」
「いません!」
「……かしこまりました」
クロノスは渋々燕尾服姿へ戻る。
「いや、それも十分目立つからな?」
誰も聞いていなかった。
ピコピコ。
相変わらずだね、みんな。
それで時間は大丈夫?
「って、何でkまで参加する気満々なんだ?」
ピコピコ。
当たり前じゃん!
私のお義兄さんなんだから!
「……そ、それもそうか」
実の息子と義理の妹に尾行される父さん。
何だか少し可哀想になってきた。
ピコピコ。
あ!来たよ!遥くん!
「っ!」
「皆、隠れろ!」
その場に緊張が走る。
人混みに紛れて身を潜める四人。
……目立ってる。
すごく目立ってる。
それでも何とか京一に気付かれずに済んだ。
父さんは『豆の木』前で一人の女性の前に立ち止まる。
「……本当に来た」
胸がざわつく。
「綺麗な人ね……」
ヒカリが小さく呟く。
「そ、そうですね……」
マルタも少し動揺している。
「でも、まだこれだけで浮気とは……」
「そ、そうだよな」
何とか笑ってみせる。
「ふん」
クロノスが鼻で笑う。
「お嬢さまに比べれば、あんなもの月とスッポンだ」
「クロノス!」
「どこの銀河の生まれだ!」
俺とヒカリのツッコミが重なる。
⸻
ピコピコ。
あれ?
まさか……。
「どうした?k」
ピコピコ。
ううん。
何でもない!
「そうか」
「あ!」
ヒカリが小さく声を上げる。
「移動するみたい!」
「尾行ならお任せ下さい!」
マルタが胸を叩く。
「この前、俺に一発でバレてたじゃん!」
京一は困ったような顔で女性に腕を引かれながら歩き始めた。
※
「……ここって」
ヒカリが少し恥ずかしそうに店を指差す。
「ああ」
マルタが頷く。
「この前、お二人が”デート”で使われたお店ですね」
「「デートじゃない!」」
声が見事に重なった。
「はいはい」
マルタが苦笑する。
「そのくだりはもういいですよ」
「「っ!」」
二人とも耳まで真っ赤になる。
「それより、中へ入りますか?」
「……そうだな」
「でも遥くんが入ったらすぐバレるんじゃない?」
ヒカリが冷静に指摘する。
「あ、それなら!」
マルタがライダースジャケットを広げる。
「この変装で!」
「暑そうだけど……仕方ないか」
クロノスが小さく手を挙げる。
「お婆ちゃんセットもあるが」
「それはいらない!」
※
「ご注文はお決まりですか?」
店員が笑顔で伝票を構える。
「はい!」
ユズハが勢いよくメニューを閉じた。
「地中海野菜のトマトスパゲッティのセットと、鴨肉のコンフィ、カプレーゼ、マルゲリータ、生ハムの盛り合わせ、それから生ビール!
あと食後にティラミスと――」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
慌てて止める。
「はい?」
「頼みすぎではありませんか?」
「そんなに食べられるんですか?」
「あー、大丈夫ですよ!」
ユズハは笑顔で答える。
「朝から何も食べてませんし!」
「……それに?」
「食べ切れなかったら持ち帰ります!」
「…………」
店員まで困ったように笑っていた。
「わ、分かりました」
私は静かにメニューを閉じた。
「私は生ビールだけお願いします」
「かしこまりました」
店員は逃げるように厨房へ向かった。
「あ、そうそう」
ユズハがバッグから封筒を取り出す。
「姉がご迷惑をお掛けしました」
「いえ……」
封筒を受け取る。
……重い。
中を見る。
「…………」
全部小銭だった。
「家中からかき集めてきたので……」
「どうぞ、ご確認ください」
私はとりあえず数を数えてみる?
「一枚……二枚……」
「…………」
ちょっと足りなかった。
「どうでしょう?」
「……ちょうどあります」
もう関わりたくないと言う思いから咄嗟に嘘をついた。
「良かったぁ!」
ユズハは心底安心したように胸を撫で下ろす。
「三十円くらい足りないかと思ってました!」
合ってます。
「じゃあ乾杯しましょう!」
「え、ええ」
「「乾杯!」」
料理が運ばれてくる。
「美味しそう!」
ユズハは目を輝かせる。
「一度食べてみたかったんです!」
そう言うや否や、次々と料理へフォークを伸ばしていく。
「うーん!」
「美味しい!」
「京一さんも遠慮なく食べて下さい!」
私のセリフである。
「いえ」
「妻が夕食を用意していますから」
「愛妻家なんですね!」
ユズハは嬉しそうに笑う。
「羨ましい!」
「じゃあ全部いただきますね!」
「ええ……どうぞ」
料理がみるみる消えていく。
食事も一段落した頃、私は先日から気になっていたことを口にした。
「失礼ですが」
「はい?」
「お仕事もされているのに、どうしてそんなに生活が苦しいんですか?」
ユズハは黙る。
「あ……」
「すみません」
「聞きづらいことでしたね」
「……バカが」
「はい?」
「キョウのバカが全部ギャンブルに使っちゃうんです!」
「……は?」
「パチンコだけじゃありません!」
「聞いてくれますか!?」
「い、いいえ!結構です!」
「て言うか、聞け!」
「何でだよ!」
「先週なんて競馬で――」
「チェックお願いしまーす!」
私は店員へ向かって大きく手を挙げた。
「お会計はこちらになります」
伝票が置かれる。
京一は目を落とす。
11,000円。
「…………」
静かに天井を見上げる。
……一万円、返ってきたはずなんだけどな。




