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調査依頼

時計の針は深夜二時を回っていた。


家の中は静まり返り、物音ひとつしない。


ピロン。


静寂を破るように、京一のスマートフォンが小さく震えた。


画面には一通のLINEが表示される。


今日は色々と話を聞いてくれてありがとう!

明日、時間ありますか?  ユズハ


その画面を見つめる瞳が、暗闇の中で静かに光っていた。




「おはよう」


昨日の疲れが残っているのか、京一はいつもより遅く起きてきた。


「おはよう、京一くん。朝ご飯食べる時間ある?」


カウンターキッチンの向こうからリンが優しく声を掛ける。


「ああ、ありがとう。でも今日はコーヒーだけでいいよ」


「そう。珍しいわね」


リンはそう言うと、手際よくコーヒーを淹れ始めた。


「おはよー。


珍しいな、父さんが寝坊なんて」


朝食を食べながら遥が声を掛ける。


「き、昨日は会社の人たちと遅くまで飲んでたからな……」


咄嗟に嘘をついてしまう。


「ふーん」


遥は特に疑う様子もなく頷いた。


その反応に、京一は少しだけ胸が痛む。


「はい、コーヒー」


「あ、ありがとう」


気が付くと、リンが真横に立っていた。


テーブルへ静かにカップを置き、そのまま何も言わずキッチンへ戻っていく。


昨日の出来事が嘘だったかのように、いつも通りの朝だった。



「行ってきまーす!」


父さんが会社へ向かった後、俺も学校へ行くため玄関へ向かう。


「ちょっと待って、遥」


リビングから母さんが顔を出した。


「何?急がないと遅刻する!」


今日もギリギリの時間だ。


「今日は午前授業でしょ?」


「ああ」


「だったら真っ直ぐ帰ってきて。


ちょっと頼みたいことがあるの」


「えぇ〜、面倒くさ!」


露骨に嫌そうな顔をすると、


母さんの目がギラリと光る。


「そう。


そう言えば……期末テストの結果って……」


「直帰しまーす!」


俺は逃げるように玄関を飛び出した。



夏の日差しは容赦なく照りつけていた。


冷房の効かない階段を駆け上がるたびに汗が噴き出す。


それでも急ぐ理由があった。


屋上の扉を開ける。


「早っ!」


そこにはいつものようにヒカリが立っていた。


「今日は随分早かったのね」


「ああ、ちょっと事情があってさ」


肩で息をしながら答える。


「汗くらい拭きなさいよ」


「ハンカチなんて持ってない」


「もう……はい」


ヒカリが一枚のハンカチを差し出す。


「え?いや、悪いよ。


お前も使うだろ?」


「大丈夫。


こんなこともあろうかと、もう一枚持ってきてるから」


「お前は美香月班長か!」


「誰よ?」


「東雲の月の工作班班長」


俺はハンカチを受け取りながら笑う。


「日本人なの?」


「さあな。本人がそう名乗ってるだけだ。

感情を全然表に出さない人でさ。

機械みたいな人で絡みづらいんだよ」


ヒカリは少し考え込む。


「……気になるわね。

あの銀河に日本人がいるなんて聞いたことないもの」


「そんなことより」


俺は時計を見る。


「今日はミーティングに参加できない」


「え?」


「母さんから頼み事。


急いで帰らないとテスト結果が危ない」


「……それなら仕方ないわね」


ヒカリは苦笑する。


「それにしても。

そんなに悪かったの?」


「いや!

まだ全部返ってきたわけじゃない!希望はある!」


「あれだけテスト期間あったのに何やってたのよ」


「お前と戦争して宝探ししてたんだよ!」


「あ……そうだったわね」


ヒカリは慌てて視線を逸らす。


「じゃあ悪いけど行くわ」


「ええ。


また明日」


「ああ!」


俺は階段を駆け下りた。


ピコピコ。


昇降口を出たところで、スマートフォンが小さく震えた。


やっほー!遥くん!


宝探し、進展しないね。


「まあな」


歩きながら返信する。


「今度こそ本当に手掛かりがないんだよ。……悪いけど今日は急ぎなんだ」


ピコピコ。


どうしたの?


「ああ、母さんから頼み事」


一瞬、返信が止まる。


そして、


ピコピコ。


そ、それは急がないと……。


「母さんって、昔から怖かったのか?」


ピコピコ。


そ、そんなことないよ!


普段は優しいし……。


た、ただ、ほら……リンちゃんって沸点低いじゃん。


私たち姉妹の長女にして裏ボスだし……。


「……お前も苦労してたんだな」


思わず同情してしまう。


ピコピコ。


分かってくれるか……心の友よ。


それより急がないと!


「だな!」


ピコピコ。


怒られても私の名前だけは絶対出さないでね!


「分かってるって」


スマホをポケットへしまう。


「……うちの母さん、どんだけ怖がられてるんだ」


少し考えてから苦笑した。


「……まあ、気持ちは分かるけど」



「遅かったじゃない」


自転車を止め、慌てて玄関を開けると、母さんが腕を組んで立っていた。


「ち、違うんだ!

ヒカリとkに呼び止められて──」


ピコピコ。


う、裏切り者ぉぉぉぉ!


「……」


「……」


「そう」


母さんは何事もなかったように頷く。


「早く手を洗ってきなさい」


「ほっ……」


ピコピコ。


ほっ



リビングへ入ると、テーブルには冷たい麦茶と冷やし中華が並んでいた。


「いただきます」


「はい、召し上がれ」


いつもの昼食。


……のはずなのに。


何となく空気が重い。


何だ、この感じは。


「……母さん」


恐る恐る口を開く。


「頼み事って?」


向かいで静かに麺をすすっていた母さんが顔を上げた。


「ああ、それね──」


ガチャ。


リビングの扉が開く。


「あのぉ、遥さま、お帰りですかぁ」


「……」


「……」


「タイミング良すぎだろ」


「マルタちゃん、いらっしゃい」


「あ、お邪魔します!」


「マルタちゃんも冷やし中華食べる?」


「えっ!よろしいのですか?」


「ええ。まだ麺も具も残ってるし」


「いただきます!」


マルタは満面の笑みで席へ着いた。


「……」


三人で食卓を囲む。


何だ、この不思議な光景は。


「美味しいです!」


マルタが嬉しそうに頬を緩める。


「リン様は本当にお料理がお上手ですね!」


「ふふ。ただのインスタントよ」


穏やかに会話を交わす二人。


……馴染みすぎだろ。


まあ、人のことは言えないけど。


母さんが麦茶を一口飲み、静かに話し始めた。


「それで、頼み事なんだけど」


「ああ」


「お父さんから女の陰が見えるのよね」


「「ブッ!」」


俺とマルタは同時に麺を吹き出した。


「ゴホッ!ゴホッ!」


「な、何言い出すんだよ!」


「事実よ」


「事実でも、いきなり息子に言う話か!?普通!」


「そ、そうですよリン様!」


マルタも慌てて身を乗り出す。


「こういう問題は、もっとデリケートに……」


「まあ、最後まで聞きなさい」


母さんがにっこり微笑む。


……この笑顔。


内心めちゃくちゃ怒ってるやつだ。


「「はい……」」


「私も京一くんを信じてる」


一拍置く。


「でも、ある女性と私に内緒で連絡を取ってるのは確かなの」


「な、何でそんなこと分かるんだよ」


「え?」


母さんは首を傾げる。


「お父さんのスマホ見たもの」


「プライバシー!」


思わず立ち上がる。


「人のスマホ勝手に見るな!」


「そうですよ!」


マルタも勢いよく立ち上がる。


「夫婦でもスマホを勝手に見るのは犯罪ですよ!」


「人の部屋に勝手に入ってくるお前が言うな!」


「…………」


「……すみません」


「それにね」


母さんは話を続ける。


「深夜の帰宅」


一本指を立てる。


「見知らぬ女性の名刺」


二本目。


「十分怪しいでしょ?」


「……確かに」


「ごまかすな!」


「でしょ?」


「俺の部屋問題スルーすんな!」


「分かりました!」


マルタが勢いよく立ち上がる。


「その調査、私たちにお任せ下さい!」


「何でお前がノリノリなんだ!」


「浮気は絶対に許せません!」


うんうん。


母さんが満足そうに頷く。


女って怖い。


そして父さん、脇が甘すぎる。


「それにね」


「え?まだあるの?」


「宝の匂いもするのよね」


「……」


「私の勘だけど」


「…………嘘つけ」


「ホントよ、ホント」


「嘘くさっ!」


「それならヒカリさんも呼びましょう!」


「信じるな!

それと身内の恥を他所に広げるな!」


「あら、いいわね」


母さんまで乗り気になる。


「ヒカリちゃん、頭いいもの」


「何で母さんまでノリノリなんだよ!」


「すぐに来るそうです!」


スマホを片手にマルタがニヤリと笑う。


「早!」


それから10分も経たない内に玄関からチャイムが鳴った。

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