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最強姉妹

「なあ、アンタ」


連チャンが終わり、席を立とうとしたその時だった。


隣の女性が私を呼び止める。


「はい?」


再び話しかけられ、私は少し驚きながら振り返った。


「この台、当たると思うか?」


「……は?」


思わず間の抜けた声が漏れる。


「だから、この台。当たると思うかって聞いてるんだ」


女性は苛立っているのか、少しだけ語気を強めた。


「え、えーと……その内当たるとは思いますけど」


「……いつ?」


ジトっとした目で見つめられる。


「さ、さぁ……」


「それまで私の財布の中身が持つと思う?」


――財布持ってないじゃないか。


危うく口に出そうになった言葉を飲み込む。


「……それは、ちょっと分かりませんね」


私は愛想笑いを浮かべながら立ち上がった。


――絶対に関わってはいけない。


心の中で警報が激しく鳴り響く。


「じゃ、じゃあ頑張って下さい」


私はその場を離れようとした。


ガシッ。


腕を掴まれた。


「あ、あの……」


「自分だけ出して逃げるのか?」


「何を言って……」


「自分だけ楽しんで、私を見捨てるのかって聞いてんの!」


女性の声が一段と大きくなる。


周囲の視線が一斉にこちらへ集まった。


「ちょ、ちょっと!周りに迷惑になりますし、店員さん呼びますよ!?」


「……貸せ」


「は?」


「なら金を貸せ」


「て、店員さーん!」


私は必死に店員を探す。


「わっ、ごめんなさい!」


女性はいきなり土下座した。


「嘘です!……いや、嘘じゃないけど、本当にごめんなさい!」


「ちょ、ちょっと!誤解されますから!」


私は慌てて女性を立たせる。


「……許してくれますか?」


「べ、別に怒ってませんよ。驚いただけです」


私は苦笑しながら答えた。


女性はホッと胸を撫で下ろす。


そして次の瞬間。


「……お金貸してくれますか?」


「何でやねん!」


思わず関西弁で突っ込んでしまった。


女性は黙って私を見つめる。


……くっ。


やっぱりリンに似ている。


困った時のその表情まで似ている。


「……分かりました。ただし身分証を撮らせて下さい。必ず返してもらいます」


「え?マジで?」


女性は目を丸くした。


「アンタ大丈夫か?見ず知らずの相手に金貸すなんて」


「君が言うな」


「ははは!悪い悪い!」


豪快に笑う。


「私はキョウ。白鷺キョウ」


胸を張って名乗る。


「身分証なんて持ってない!」


「おい」


「でも近くで妹が働いてる。妹の名刺渡すから、取り立ては妹によろしく!」


「……全然信用できないんだが」


「大丈夫だって!ほら!」


ポケットから取り出した名刺は、見事にくしゃくしゃだった。


「……」


「あ、LINEも交換しよう!」


「あ、ああ……」


何故か私は、見ず知らずの女性と連絡先を交換することになった。


「じゃ、はい」


キョウが手を差し出す。


「……では」


私は一万円札を渡した。


「こんなにいいのか?」


キョウは驚いた顔をする。


「悪いからすぐ返すよ。今から妹の店に行けば事情を話して返してもらえる」


「なら君が妹から借りればいいんじゃないか?」


「何故か私が行っても貸してくれないんだよなぁ」


納得である。


「それじゃあ私はこれで」


「はーい!妹によろしく!」


キョウは満面の笑みで手を振っていた。


私は苦笑しながら出口へ向かう。


「お客様」


店員が小走りで近づいてきた。


「隣のお客様と何かございましたか?お金を渡されていたようですが……」


「ああ、大丈夫です」


私は思わず笑ってしまう。


「彼女は義理の妹なんです」


自分でも苦しい言い訳だと思った。


「そうでしたか」


店員は安心したように微笑む。


「ギャンブル好きで困ったものですよ」


私も笑顔で店を後にした。


この時の嘘が、後になって本当になるとは思いもしなかった。



店を出てしばらく歩くと、繁華街へ出た。


夕暮れが街をオレンジ色に染め始めている。


人通りはますます増え、仕事帰りの会社員や買い物客が行き交っていた。


私はキョウから渡された名刺を取り出す。


『CLUB MOON』


「ここか……」


店は雑居ビルの地下にあった。


少しだけためらったが、意を決して階段を下りる。


「いらっしゃいませ」


黒服姿の男性がすぐに近づいてきた。


「あ、いや、私は……」


「お一人様ですか?」


「は、はい。いや、そうじゃなくて私はユズハという人を――」


「ユズハちゃんですね!」


男性は私の言葉を最後まで聞くことなく店内へ向かって声を張り上げる。


「ご新規一名様!ユズハちゃん、ご指名入りまーす!」


「ちょ、ちょっと違……」


抵抗する間もなく席へ案内される。


「ごゆっくりどうぞ!」


そう言って店員は姿を消した。


「……」


どうしたものか。


席を立とうとした、その時だった。


「ユズハでーす!」


明るい声とともに、一人の女性が私の隣へ腰を下ろす。


「お久しぶりですぅ!今日は何飲みますぅ?」


柔らかな笑顔。


どこか影を感じさせる美しい女性だった。


そして――


キョウに似ている。


いや、それだけではない。


リンにも似ている。


「久しぶりって……私は今日が初めてなんですが」


「え?そうなの?」


ユズハは不思議そうに首を傾げる。


「私をご指名だったから、てっきり常連さんかと思っちゃった」


「はぁ……」


「じゃあ改めまして。初めまして、ユズハでーす!」


にこりと笑う。


「それで、何飲みます?」


「あ、今日はお酒を飲みに来たわけではなくてですね……」


「え?」


ユズハは目を丸くする。


「じゃあ話を聞いてほしくて来たの?」


身を乗り出す。


「何?何?


悩み事?


何でも話して。


ちゃんと聞くから」


そう言って私の膝にそっと手を置き、真っ直ぐこちらを見つめてきた。


「い、いえ。悩みではなくて……」


私は少し言葉を探す。


「実は、キョウさんのことで……」


その名前を聞いた瞬間だった。


ユズハの肩がピクリと震える。


「……キョウが、また何か?」


恐る恐る、といった表情で私の顔を覗き込む。


「先ほどパチンコ店でお金を――」


「申し訳ありません!」


最後まで聞かずに頭を下げた。


「いやいや、お気になさらず……」


「それで、あのバカ姉はいくらむしり取りましたか?」


「えーと……一万円ほど」


「っ!」


ユズハは悔しそうに唇を噛む。


「そんな大金を……。


本当にあのバカ姉は……」


拳を握り締め、小さく震えている。


「本当に申し訳ありません。


少々お待ち下さい」


ユズハは席を立ち、店の奥へ消えていった。


ほどなく戻ってくると、


再び私の前で頭を下げる。


「……重ね重ね申し訳ありません。


今はこれしか手持ちがありません。


次のお給料日には必ずお返しします」


震える手で差し出されたのは五千円札だった。


私は思わず苦笑する。


「いや……こちらこそ申し訳ありません。


また日を改めますので」


席を立とうとした。


一歩。


二歩。


――嫌な予感がした。


ガシッ。


また腕を掴まれた。


「……もう帰っちゃうの?」


俯いたまま、小さく呟く。


腕を掴む力だけは妙に強かった。


「え、ええ。


もう用件は済みましたので」


「嫌」


ゆっくり顔を上げる。


その瞳は今にも泣き出しそうだった。


「久しぶりのご指名なの。


このままじゃ今月の生活費が……」


その一言で全て察した。


「だからお願い!


もう少しだけ、ゆっくりしていって!」


……まただ。


この困った時の表情までリンに似ている。


「わ、分かりましたから。


とりあえず手を離して下さい」


「あっ!


す、すみません!」


ユズハは慌てて手を離す。


「大変そうですね……」


「……聞いてくれますか?」


私は嫌な予感しかしなかった。


「え、ええ」


「あ、その前に私も注文していいですか?」


「え?ええ、どうぞ……」


ユズハは男性スタッフを呼ぶ。


「えーと、生ビール二つと、サラダ、それから焼きうどんをお願いします!」


「ちょっ!」


「かしこまりました」


スタッフは慣れた様子で厨房へ向かっていく。


「め、めちゃくちゃ頼みますね!」


思わず声が大きくなる。


「すみません……」


ユズハは申し訳なさそうに俯いた。


「今日はまだ、ほとんど何も食べてなくて……」


今にも泣きそうな表情でこちらを見る。


「くっ……」


その顔で見つめるのはやめてほしい……。


「それに……」


「それに?」


ユズハは勢いよく顔を上げる。


「飲まなきゃやってられるかぁ!」


店内に響き渡るほどの大声だった。


「あのバカ姉のせいで、私がどんな思いしてると思ってるの!」


そう言うと私へジョッキを突き出す。


「お客さんも飲んで!」


「は、はい」


「かんぱーい!」


カチン、と軽い音が鳴る。


ユズハは勢いよくビールを流し込んだ。


「ぷはぁぁぁ……!」


ジョッキをテーブルへ置く。


「美味しいぃぃぃぃ!」


幸せそうな顔で天井を見上げる。


「久しぶりのビールは堪らないわぁ……」


その後、私は延々とユズハの愚痴を聞くことになった。



気が付けば、かなりの時間が経っていた。


私は腕時計を見る。


「……そろそろ失礼します」


席を立とうとすると、


「えぇ〜、もう帰っちゃうの?」


ユズハが子どものように口を尖らせる。


「もう少し聞いてよぉ」


「いや、家族が心配しますから」


「しょうがないなぁ……」


ようやく諦めてくれたようだ。


「すみませーん!


チェックお願いしまーす!」


ユズハがスタッフへ声を掛ける。


私はようやく肩の力を抜いた。


これで帰れる。


そう思った。


男性スタッフが伝票を一枚、そっと私の前へ置く。


私は何気なく目を落とした。


……


………。


…………。


数字を見直す。


もう一度見る。


間違いない。


「カードでお願いします」


自分でも驚くほど冷静な声が出た。


「かしこまりました」


スタッフは何事もなかったようにカードを受け取る。


パチンコで勝ったはずなのに。


現金はほとんど残らなかった。


「お客さん」


会計を終えた私へ、ユズハが笑顔で近付いてくる。


「今日はありがとうね」


「いえ……」


「キョウのこともあるし、LINE交換しよ!」


「あ、はい……」


私は流されるまま、ユズハとも連絡先を交換した。


店を出る。


夜風が火照った身体を優しく冷ましてくれた。


「……リンになんて説明しよう」


頭に浮かぶのは、そればかりだった。


どうやって駅まで歩いたのか。


どうやって電車に乗ったのか。


ほとんど覚えていない。


気が付けば、家に着いた頃には時計の針は深夜零時を回っていた。



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