部長 日向京一
久しぶりのアップになってしまいました。
別作品も書いていたので遅くなりました。
すみません!
楽しんでもらえたら嬉しいです。
窓の外から、街の喧騒がかすかに聞こえてくる。
オフィスでは社員たちが机に向かい、それぞれ黙々と仕事を進めていた。
静かな空間に、キーボードを叩く軽快な音だけが心地よく響いている。
「部長、例の企画書、まとめ終わりました」
二十代後半ほどのスーツ姿の青年が、一冊の資料を抱えてデスクへやって来る。
「ご苦労様」
私は資料を受け取り、一枚一枚丁寧に目を通した。
自然と頬が緩む。
何度も壁にぶつかりながら、それでも諦めずに作り上げた企画だ。その苦労を知っているからこそ嬉しかった。
「良く出来てるな。早速、上に掛け合ってみよう」
「ありがとうございます!」
青年は嬉しそうに頭を下げる。
「よく頑張ったな」
私は青年の肩を軽く叩き、そのまま資料を持って部屋を後にした。
「良かったじゃないか!」
「本当に頑張ってたもんね!」
部長室の扉が閉まると、同僚たちが次々と青年に声を掛ける。
「ありがとう……。でも、ここまで来られたのは部長のおかげなんだ。ずっと付き合ってくれたから」
「さすが部長だな」
「仕事も出来るし、面倒見もいいし、本当に理想の上司よね」
「俺たち、この部署に配属されてラッキーだったな」
「ああ」
⸻
気が付けば時計の針は夕方を指していた。
ガチャリ。
勢いよく扉が開く。
「承認されたぞ!」
私は企画書を掲げながら部屋へ戻る。
「やった!」
「良かったぁ!」
部署中から歓声が上がった。
「皆、これからが本番だ!忙しくなるぞ!」
「「「はい!」」」
部屋は一気に活気に包まれる。
「部長!それなら今日はお祝いですね!」
お調子者の部下がビールを飲む仕草をしながら笑う。
「いいね!」
「行こう行こう!」
周囲もすっかりその気だった。
「ああ……すまない。今日は遠慮しておこう」
「えっ?」
「どうしてですか?」
「今日は妻と息子と夕飯を食べる約束があってね。申し訳ない」
そう言って私は頭を下げる。
「それなら仕方ないですね」
誰も不満そうな顔はしない。
むしろ「またか」と微笑んでいた。
「じゃあ、私は先に失礼するよ」
帰り支度を終え、先ほどのお調子者を手招きする。
「皆、お疲れ様。飲むのもほどほどにな」
「「「はい!」」」
パタン、と扉が閉まる。
その直後、一人の女性社員がため息をついた。
「羨ましいなぁ……。日向部長の奥さん。私もあんな旦那さん欲しい」
「知らないのか?部長の奥さんって、とんでもない美人らしいぞ。見た目なんて二十代でも通るくらい若いって」
「美男美女夫婦かぁ……敵わないわね」
「そんなことより!」
先ほど部長に呼ばれた部下が一万円札を数枚高く掲げる。
「部長から軍資金いただきましたー!」
「おおーーっ!」
部署中が歓声に包まれる。
「やっぱり最高だな」
「だな」
そうして部下たちは賑やかに繁華街へと繰り出していった。
⸻
私が駅へ着く頃には、ホームは帰宅する人たちで溢れていた。
「ふぅ……」
軽く息を吐き、列の最後尾へ並ぶ。
やがて電車が到着すると、人の波が一斉に車内へ流れ込む。
押し出されないよう踏ん張りながら、どうにか乗り込んだ。
ピコン。
スマートフォンが震える。
「ん?」
ぎゅうぎゅう詰めの車内で何とかスマホを取り出し画面を開く。
日向リン
妻からだった。
今、来客中だからどっかで時間潰してきて
「えぇ……。朝は『家族で夕飯食べるから早く帰ってきて』って言ってたのに」
相変わらず自由な妻である。
私は苦笑しながら、
了解です
とだけ返信した。
「さて……空いた時間、どうするかな」
流れる車窓を眺めながら、大宮駅周辺で時間を潰せそうな場所を思い浮かべる。
⸻
「いらっしゃいませ!」
店へ入ると、若い女性店員が笑顔で迎えてくれた。
しかし、その元気な声も店内の喧騒にかき消される。
人々の話し声ではない。
派手な電子音と賑やかな音楽が絶え間なく鳴り響いているのだ。
色鮮やかな液晶画面。
点滅するランプ。
機械の前に座る人々は、その騒がしさなど気にも留めず、真剣な表情で画面を見つめていた。
私は時間潰しのため、久しぶりにパチンコ店へ足を運んでいた。
「どの台に座るかな……」
最近はアニメや漫画を題材にした台が多く、正直よく分からない。
店内を一回りして、ようやく昔から馴染みのある海の台を見つけた。
「これにするか」
席に腰を下ろし、玉を打ち出す。
しばらくは何も起こらない。
やがて画面が賑やかになり、リーチが掛かる。
――大当たり。
それから何度か当たりが続き、思いがけず持ち玉が増えていった。
そんな時だった。
横から視線を感じる。
「調子良さそうだな。アンタ」
声のする方を見る。
そこには若い女性が座っていた。
鋭い目付き。
どこか勝気そうな雰囲気。
私はその顔を見て思わず息を呑む。
――リンに似てる。
「今日は運が良かったもので」
動揺を隠すように笑って答える。
「そうみたいだな……」
女性は小さくため息をつくと、自分の台へ向き直った。
無造作にポケットから紙幣を取り出し、現金投入口へ押し込む。
「……クソッ」
小さく悪態をつく声が聞こえた。
足元では、苛立ちを抑えるように足先が小刻みに揺れている。
悪いと思いながらも、私はそっと女性の台へ視線を向けた。
表示されている回転数は――
千回転をゆうに超えていた。




