第五話 宇宙人
教室の扉が明けられると、そこには宇宙人がいた。
ぱっと見で宇宙人とわかる外見。
教室はしんと静まり返った。
誰かが騒いだり、ざわめきが起きたり、そういうことはなかった。
ただひたすら、誰もが息をのんだ。
椅子の脚先と床が擦れる音や、誰かが息をする音が聞こえた。
その場にいる誰もが教室の前方の入口を見つめている。
その生物はゆっくりと教室に入ってきた。
細い枯枝のような足を前後に動かし、つつましく数歩歩いて入口のすぐそばで立ち止まった。
きしっと空気が張り詰める。
その生物の身長は140とか120とか、とにかく小さい。
エイリアン、という言葉がぴったりと当てはまるような見た目をしている。
ぬいぐるみに縫い付けられた黒いBB弾のようなプラスチック製の瞳を極限まで拡大したような眼球だった。
無機質なゴーグルのようにも見えた。
宇宙人だ、この場にいる誰もがそう思っているだろう。
宇宙人はぴたりと立ち止ったまま、私たちの方を向いている。
そして首を少し動かして教室全体を見回すような動作をする。
なんだろう? 誰か、探している?
そして、急に。
私と、目が合った気がした。
宇宙人はゆっくりと歩き始めた。
窓際の方に向かって、机の間を縫うように。
生徒が座る椅子の真後ろを通るとき、その生徒はびくっと震えて椅子を引く。
それが何度か繰り返されて、その宇宙人は窓際の、私が座っている席の近くまで来た。
そして、私の机の横で立ち止まった。
宇宙人の胸のあたりがちょうど机の高さだった。
無機質で大きな黒い瞳がわたしを見上げる。
その瞳には私が映っていた。
しばらく見つめ合った。
宇宙人は小さな唇をゆっくり動かした。
「…た、べ、た…」
しゃべった。
ひらがな三文字、「食べた」と言ったか、今。
「…た、べ、た…?」
二度目、それが疑問形であることが聞き分けられた。
私は聞き返した。
「何を?」
私がそう尋ねると、宇宙人は小枝のような腕を持ち上げ、細いしわがれた指を動かし、
人差し指?と親指?で豆粒か何かをつまむような形を作った。
「……ち、い、さ、な、つぶ、た、べ、た?」
小さな粒ってなんだろう。
私は考えを巡らせた。
そして、巡った思考は明確な正解を見つけた。
あ~、あれだ。今日学校に来るとき、空から降ってきた銀杏みたいなやつだ。
食べた食べた。
「た…」
食べたと言いかけて、私は言いとどまった。
ここで選択を誤れば不味い気がする。
目の前にたたずむ宇宙人は、私がそれを食べたことを糾弾しに来たのかもしれない。
むしろその可能性の方が高い。
たべてない、と嘘をつこうとして、そもそもこの宇宙人は30人ほどいる生徒の中で私を選んでこの質問をしているということを思い出した。
よく考えれば、もうネタは上がっているのかもしれない。
私は正直に答えることにした。
「うん、食べたよ」
宇宙人は、無反応だった。
数秒、間が空いた。
すると宇宙人はその大きな黒い瞳にカバーをかけるように、瞼を下ろした。
目を閉じたのだ。
そこで教室中の目線がわたしに集まっていることに気が付いた。
正確には、私とその宇宙人に。
私は先生の方を見た。
教科書とチョークを持ったまま固まっている。
初老の数学の先生だ。
その先生がだんだんぼやけてみえるようになってきた。
なんだろう、コンタクトが外れかかっているのかな。
私は目をごしごし擦った。
しかし、まだ、ぼやけたままだ。
というか、なんか明るい。先生から目線を外し、教室全体を見回した。
教室全体の光量が上がったような気がする。
しかし生徒たちは異変を感じているような素振りは見せていない。
目線は私に集まったままだ。
彼らはどうして何も感じていないのか、いや、私の方をみる目つきが驚愕の色に染まっている。
さきほどよりも、さらに。
どんどん明るくなっていく視界の中で、生徒たちが私の頭上を、天井の方を見上げていることに気が付いた。
なんだ、と思って。
私も上を見上げた。
強烈な光が私を襲った。
強いライトを目に直接あてられたようだった。
そこでようやく私は理解した。
私の周りだけが光り輝いているのだ。
それも上から光が差す形で、私だけ教室から切り離されるように。
上から光の円柱が降りてきている。
私がその状況を理解したとほぼ同時、宇宙人は言った。
「つ、いて、きて、も、らう」
こうして私は、宇宙人に拉致されることになった。
今日の夜8時に更新します。
追記
間に合いませんでした。




