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第二十八話

「おおーっ! レオンハルトじゃないか。こっちに帰っていたのか!?」


 謁見の間から出ると金髪の男性がレオンハルト様に声をかけてきた。

 耳にピアスをつけて、腕にはいくつも派手な装飾品を身に着けた軽薄そうな雰囲気の彼は親しげにレオンハルト様の肩を抱く。


(この方はもしや……)


 ゲームの知識から彼に思い当たる人物がいた。

 信じられないがこの人、多分この国の王子だ。名前は確か――。


「これはこれはケヴィン殿下。お久しぶりです」


(やっぱり……)


 ケヴィン・アルゲニア殿下――アルゲニア王国の第七王子である。


 この国は一夫多妻制を採用しており、国王陛下には三人の妻がいる。


 第七王子であるケヴィンは一番若い三人目の王妃様のご子息。


「ったく、相変わらず無二の親友に向かってよそよそしいじゃないか」


「おやこれは失礼。……相変わらずはお互い様ではありませんか。何種類もの香水の匂いがします。昼間から随分と遊んでいらっしゃるようですね」


「はっはっはっ、そういう分析癖も変わってないんだな!」


 そしてレオンハルト様の親友(自称)であり道楽息子だというゲーム知識を思い出す私。

 そう、ケヴィン殿下は「陽光のセインティア」のメインの登場人物である。


 ゲームでは彼が特使としてフェネキス王国に赴くことがきっかけで主人公のシェリアと知り合うというシナリオだった。


 そしてその自由気ままなフットワークと天性の女好きからなし崩し的にシェリアの仲間になる。


 ラスボスであるリルアを討伐するためにいち早くこちらの国にくることができたのは第七王子という立場の彼の根回しがあったからこそだ。


(こう見えてケヴィンは魔力がシェリアに次いで二番目に高くて、パーティーの主力メンバーなのよね)


 この国において……錬金術師として天才がレオンハルト様なら、魔法の天才はケヴィンで間違いない。


 無詠唱で最速で魔法を発動させるなど、私やシェリアですらできないことをやってのけるので、非常に心強い味方なのだ。


「やぁ、君可愛いね。暇だったらちょっと遊びに行こうよ」

「えっ?」


(この性格じゃなければゲームで好感持てたのに)


 ケヴィン・アルゲニアは女性を見たらナンパせずにはいられないという困った性格の人間だ。

 目鼻立ちが整っていてきれいな金髪をしているのだからそんなことをする必要がないはずなんだけど、止まらない。


 シェリアなどエルドラド殿下以上に仲間である彼にアプローチをかけられていたので姉として心配である。


 ゲームを作った会社に不満があるとすればなんで主人公のシェリアに近づく男性を彼やエルドラド殿下のような軽薄そうなキャラクターばかりにしたのかわからないことくらいだ。


「おーい! もしかして照れてる? それとも知らないやつと出かけるのは心配? 心配ないって、俺、一応王子だからさ。ねぇー、行こうよ! せめて名前! 名前だけでも教えてよ!」


「り、リルア・エルマイヤー、です」


「リルアちゃんかー、やっぱり名前も可愛かった。これで俺たち知り合いになったんだし、飲みに行っても――」


 名前だけって言ったのにこの人、全然止まってくれないんだけど。

 あー、ゲームでのイライラを思い出してきた。

 魔術師として天才的じゃなかったら絶対にパーティーから追い出していたな……。そんな選択肢なかったけど、そう思いたいくらい私はこの人が苦手である。


「そこまでにしていただけませんか? リルアさんも困っています」


「んっんー、仕方ないな。俺は困らせているつもりはないんだが、聖女様に嫌われたくないし……諦めるとするかー」


「呆れました。やはりリルアさんが聖女だとやはり気づいて知らぬふりをしていたんですね」


 そう、この人はこういうところがある。

 おそらく名前を聞く前から私のこと知っていて声をかけたのだ。


 この方にとって私が聖女だろうがなかろうがそんなことは関係がないことだから……。


「おいおい。そう怖い顔するなって、俺だって理性はある。お前の女には手を出さないよ。友情はなによりも大切にするタイプだからな、俺は」


 まるで私がレオンハルト様の恋人のようなセリフをのたまうケヴィン殿下。

 失礼な話だ。いや、レオンハルト様が嫌とかではない。


 彼は私にとって大事な人というか錬金術の師匠であってそんな浮いた関係でないだけだ。

 もちろんレオンハルト様と一緒にいると安心感があったり、無条件に信頼できるところがあったりして、とても魅力的だとは思っているけど――。


 あれ? 私って、いつの間にかレオンハルト様のことを……。


「それでは友情に免じて今日のところは勘弁してあげてください。また然るべきときにご挨拶しますので」


「あー、そりゃあ無理だ。俺、これからフェネキス王国に行くことになっているからさ。……両国の平和を守るための特使としてな」


 やはりケヴィン殿下はゲームと同様に特使としてフェネキス王国に向かうらしい。

 シェリア、この人、相当危険なのは間違いないからくれぐれも気をつけて……。


「それは残念です。慣れない環境で生活するのは大変かと存じますがくれぐれもお気をつけください」


「ははは、大丈夫だって。フェネキスには美人が多いと聞く。今から何人と恋人になれるか楽しみだぜ」


「ふぅ……、国際問題に発展しないことを祈っています」


 さすがのレオンハルト様も苦笑いするくらい強烈なケヴィン殿下は手を振って王宮の階段を上っていった。

 しかしこれから他国で生活するのにあの感じ……たくましいのは間違いない。


(まぁ、命を預ける仲間としては頼りになる人だったしね)


 心配なところは多いが妹のことどうかを守ってあげてほしい。それは私の切なる願いだった。

 できるなら私がシェリアを守りたいがそれは叶わぬことなのだから、悔しいが誰かに頼むほかない。


 シェリア、あなたは元気にやっているのかしら……。


「それでは、行きましょうか?」

「あ、はい。すみません、ボーッとしてしまい……」

「いえいえお疲れでしょう。今日は僕の本宅に宿泊してもらいますが、ゆっくり休んでください」  


 そして私たちは王宮をでた。まずは馬車に戻って、それから――。

 そこまで考えたときである。大きな爆発音が聞こえて大通りのほうから黒い煙がモクモクと上がるのを目にした。


「「――っ!?」」

「レオンハルト様、あれは一体……!」

「わかりません。僕が見てきますので、リルアさんはここで待っていてください」

「いえ、私も行きます。怪我をした人がいるかもしれませんから」


 煙が上がっているほうに走る私とレオンハルト様。

 私の身に危険が及ばぬようにと配慮してくれた彼の気遣いは嬉しいが、聖女としてこれは看過できなかった。


「こちらです!」

「えっ? こ、これは一体どういうこと!?」


 爆発音がしたであろう場所についたとき私は絶句した。

 目の前にいたのはドス黒いオーラを纏った妹のシェリア。

 そしてどうやら気絶しているらしいエルドラド殿下だった。


「おおおおおおっ! あああああああっ!」


 私の抑えている量とは比較にならないほど大量の闇の魔力を放出しながら、叫び声を上げる我が妹。

 どういうこと? まず、なんでここにシェリアとエルドラド殿下がいるの?


 それにあれではまるでシェリアが魔王の後継者みたいじゃない……!


「こ、こんなシナリオ知らない……」


 予想外すぎる出来事を前にして私はそう呟かずにはいられなかった。

 ダメだ……、どうすればいいのかまったくわからない……。

 ゲームのシナリオとかけ離れた展開を前にして私は呆然と立ちつくしてしまっていた。

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