第二十九話
「な、なんでシェリアがこんなところにいるの?」
私はあまりにも予想外すぎる光景に愕然としていた。
シェリアがいることにもびっくりしているのだが、彼女はいつかの自分と同じようにドス黒いオーラを放っている様子。
これはどういうことなのか? だって、シェリアはゲームの主人公だ。
真の聖女となるべく人間であり、あのような禍々しい闇の波動を放つようなことはしないはず。
(訳がわからないわ)
先ほどまでシェリアとの再会を夢見ていた私だったがこんな形は望んでいない。
一体、どうすればいいのか。私は混乱のあまり立ちすくんでいた。
「リルアさん、今……あなたはシェリアさんと名前を口にしましたか? あの方が聖女であり、あなたの妹であるシェリア・エルマイヤーだと」
「は、はい……」
レオンハルト様は私の言葉を確認した。
彼にはゲームのシナリオをできるかぎり詳細に伝えているので、私が動揺している理由もわかっているようだ。
「なるほど、ゲームとやらのシナリオと乖離が生じている。そういうわけですね?」
「……そのとおりです。れ、レオンハルト様、私はどうすれば?」
こんなことレオンハルト様に聞いても仕方ないのだが、私は聞かずにはいられなかった。
声は震えており、落ち着こうと頑張っているのだがなかなかパニックがおさまらない。
「どうすればいいか、ですか? 君の妹さんをまずは助ける。それしかないではありませんか」
「はっ――」
「あの状態はどゔ見ても普通ではありません。古文書に書いてあった魔王の覚醒に酷似しています。ならばこそ、あのままシェリアさんを放っておく道理はありません」
そうだ、そうだった。私はなんでこんなに簡単なことに気が付かなかったのだろう。
妹がピンチなのだ。ゲームのシナリオなど関係ない。
(とにかくシェリアをなんとかしなきゃ)
私は周りすべてを闇の波動で吹き飛ばせんと荒ぶっている我が妹を止めるために戦う覚悟をした。
「シェリアさんの魔力がさらに上がっています。これはやはり闇属性の魔力ですね」
「うああああああっ!」
絶叫しながら黒い竜巻を起こすシェリア。
このままでは被害は甚大だ。この竜巻、どう対応すれば――。
「この膨大な魔力……、どうにかして止めなくてはなりませんね。二重錬成……!」
「同時に二つ錬成を!?」
レオンハルト様は、圧倒的なシェリアの魔法と対峙して、パチンと二回指を鳴らすと二つの魔法陣を作り出して片方からは猛烈な突風を出して竜巻と相殺。
そして、もう片方からは巨大な岩の腕を作り出しシェリアを捕まえようとする。
すごいスピードで強力な錬成をするものだ。さすがは錬金公爵と名高いこの国で最強の錬金術師だ。
「貧弱な錬金術など効かぬ!」
どこから声を出しているのかわからないが、明らかにシェリアではない声が彼女から出ている。
これはまさか魔王の声なのだろうか。
いや、魔王は私の中にいるはず。だからそんなはずはないのだ。
「やはり簡単にはいかない相手みたいですねぇ。参りました」
軽々とレオンハルト様の作り出した巨大な腕を払いのけるシェリア。
無造作にはねのけただけなのに腕は粉々になってしまう。なんて膂力なのだろう。
「ふぅー、プライドが傷つきますよ」
「レオンハルト様、助太刀します。まずはシェリアの動きを止めましょう」
メガネを外しながらレオンハルト様は苦笑いを見せる。
シェリアは私の妹。レオンハルト様も加減をしていたんだと思う。
ここからは本気ということか。いつも以上に真剣に、そしてより大量に魔力を増幅させている。
彼の錬金術は魔法とセットで使うことでさらに強まると聞いたことがある。
ここにきてレオンハルト様は完全に本気になったらしい。
「それでは次のラウンドといきましょうか。錬成魔法……、いにしえの冷姫よ、すべてを停止させよ」
詠唱とともに地上に魔法陣が出現。魔法陣から出てきたのは氷の女神像だった。
そしてその女神像の右腕が振りあげられた瞬間、シェリアは一瞬で氷の像へと姿を変える。
これがレオンハルト様による魔法と錬金術の同時使用!? なんて恐ろしい力なの……!?
「我を馬鹿にするな……!」
パリンとガラスが割れるような音が鳴った瞬間、シェリアを覆い尽くしていた氷は一瞬で砕ける。
そして、その闇の波動をさらに勢いよく噴射したかと思うとレオンハルト様との距離を一瞬で詰めた。その手にはいつの間にか漆黒のナイフが握られており、彼の心臓を突こうとしている。
「むっ……!」
「危ない! 破邪の力よ! 光の連鎖に宿れ!」
私は光の鎖で彼女の腕を拘束する。
よかった。レオンハルト様はその間に後ろにジャンプして距離を取ってくれた。
それなら、この拘束も少しは意味があったと言える。
「こんなガラクタみたいな光の魔力で我を捕まえられるものか!」
巨大な幻獣をも行動不能に追い込んだ光の鎖をあっさりと千切るシェリア。
聖女として厳しい修行に耐えて手にしたこの魔力。それが足止めで精一杯だなんて……。
(彼女が魔王と言っても過言ではない。それほど強力な闇の波動よね)
本当にこれはどうしたものか。目の前にいる妹は魔王の操る闇属性の魔力を惜しみなく使い暴れている。
「リルアさん、助かりました。僕としたことがああも簡単に間合いを詰められるとは……。久しぶりに体を動かしたので、鈍っていたみたいです」
「レオンハルト様、シェリアは一体……」
「見たところシェリアさんもまた魔王の闇属性の魔力を所持しているみたいですね」
やはりそうみたいだ。信じたくないが、目の前で起こっている事象はそうだとしか言えない。
「こうなったら打つ手は一つしかありませんね」
「打つ手があるんですか?」
「ええ、シェリアさんを無傷で救出するにはこの方法しか考えられません」
「そ、それは以前私が作ったスペアの“破邪のロザリオ”」
レオンハルト様の手には黄金の十字架のネックレスが握られていた。
彼のアドバイスて私は万が一自らのロザリオが壊れたり紛失したりしたときの予備を作っておいたのだ。
(というかレオンハルト様、ずっとシェリアを傷つけぬように配慮してくれていたんだ)
私は妹ゆえに強めに攻撃ができずにいたが、レオンハルト様もまた同じけ気遣いをしてくれたらしい。
何をのんきなことを、と思われるかもしれないが私はその配慮が嬉しかった。
「僕が彼女の動きをなんとか三秒ほど完全に停止させます。リルアさんはそのスキに彼女にそのネックレスをシェリアさんに……」
「それで止まってくれますかね?」
「確約はできません。僕の見立てでは確率は五分と五分。ですが賭けてみるには十分な確率か
と」
私の“破邪のロザリオ”、果たしてどれほどの闇属性の魔力を止めておけるのか、それはまだ明らかになっていない。
あのシェリアから発せられる強力な魔力がロザリオが抑えられる許容範囲を超えるとロザリオはおそらく壊れてしまう。
たけどレオンハルト様の仰るとおり少しでも可能性があるならば、それに賭けてみないわけにはいかない。
「大地の化身よ、その豊かな恵みの力を示せ!」
レオンハルト様がパチンと指を鳴らすと大地に魔法陣が出現し、そこから今度は土でできた戦士の像が現れる。戦士は剣を掲げたポーズをとっていた。
「むっ!」
戦士の像が剣を振り下ろすと、地面から無数の植物の蔓が伸びてシェリアにまとわりつく。
「……このような小細工無駄だと言ったはずだ!」
シェリアは全身から黒い炎を放って植物を燃やし尽くす。
レオンハルト様、三秒間も本当に動きを止めることが可能なんですか……?
「あなたがどう回避するのか百個ほど想定していましたが……燃やすという行為に出るのはその中に含まれていましたよ」
「なぬっ! 我の炎が消えてゆく……!」
「あなたの炎は僕がいただきました。僕の錬金術は地水火風のすべての元素を支配します」
レオンハルト様の両手に吸い寄せられるシェリアの黒い炎。
彼女が呆気に取られていると植物たちは再びシェリアにまとわりついて拘束する。
「今です!」
「はい!」
私は飛び出して、シェリアに“破邪のロザリオ”を身に着けさせようとする。
「ぐぬぬぬっ! ならば力づくで!」
だけどシェリアは力だけでその無数の植物を千切ろうとしていた。
させるものか! その前にシェリアをもとに戻す!
「シェリア! 今すぐ助けるから!」
「うっ!」
私はシェリアの首にネックレスをかける。
どう? これで闇属性の魔力を抑えられるはずだけど……。
「あああああっ!」
ピキッと音がしてネックレスにヒビが入る。
――これはまさか許容量を超えてしまった?
いえ、私が作ったこの“破邪のロザリオ”はそんなに簡単には壊れない。まだ大丈夫なはず!
「帰ってきなさい! シェリア!!」
「――っ!? うああああああっ! うううう! ……り、リルアお姉様?」
絶叫とともにシェリアから発せられていたドス黒い魔力の波動は止まった。
そしてシェリアは虚ろな表情をして私の名を呼ぶ。
よかった……。本当によかった。なんとか彼女の暴走を止められたみたい。
全身の力が抜けて、私はぺたんとその場に座り込んでしまった。
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