第四章 ヨーコとオーヤマの最終決戦 4 オーヤマ
現実と虚構の区別を付けること、真実と嘘の違いを見抜くこと、その判断は予想以上に難しい世の中になった。それは、情報を提供する側が虚構を現実に近づける技術を発達させたからだけではない。テレビやインターネットといったメディアが容易に人間の目に触れるようになり、真実と嘘が複雑に絡み合った無数の情報が受け取る側に入ってくるからだ。一体どれが本当の情報で、どれが偽物の情報で、どれが作為的にねじ曲げられた情報かなんて分類できる?
発信された情報の根本的な部分は真実なのかもしれない。それでも、情報が発信されるまでに、必ず何者かの主観が入り込む。情報が歪む。方向性がねじ曲げられる。悪意を含めば含むほど、営利的であれば営利的であるほど、情報は発信者により歪ませられる。
爽やかに宣伝をしている消費者金融。いたずらに容疑者を追い回すワイドショー。確実性のないダイエット。あたかも本物らしく見せる心霊写真。テレビなんてものは、ニュースだって、ドキュメンタリーだって、全てがフィクションなんだ。そう思った方がいい。
インターネットに接続すれば、知りたいという情報をいくらでも入手できる。パソコンなんかなくったって、携帯電話さえあれば、電波が届くのであれば、電車に乗っていても、仕事をしていても、情報にアクセスできる。無尽蔵に供給され続ける情報は情報を受信する側を特定しない。
ITだとか、情報化社会だとか、多くの人間がとてもいい世の中になったというかもしれない。だけど、アダルトサイトやワンクリック詐欺とか、子供のような純粋な心に対する危険なサイトも存在する。
気を付けろ。全ての情報を鵜呑みにすることは危険だ。重要なのはそれを判断する頭脳を鍛え上げることだ。
最上階を覆っていた壁と天井がヨーコの作り出した爆弾によって、粉々に破壊され、爽やかな太陽の日差しが差し込んできた。ヨーコと戦いを演じたオーヤマは風を全身に感じ、とても清々しい気分になる。
「そろそろ、止めたら? それともまだ満足できない?」
ケータは、オーヤマとヨーコの戦いを玉座に座りながら、じっと眺めていた。悪魔の力により、ケータが玉座に縛られていたとしても、天使の力で二人の戦いを邪魔をしようと思えばいつでもできたはずだ。だが、ケータはそんな野暮なことはしない。
オーヤマは、ヨーコとの戦いを妨害しないケータに素直に感謝した。
「お前は生きたくないのか? ヨーコに黙って殺されるのは俺の性分じゃない」
オーヤマは、ヨーコの作り出した純白の壁の後ろに身を潜めた。ヨーコは、肩と太股を痛めている。ヨーコに与えた傷を考えれば、潜り込むための床や壁がない状況であっても、有利なのはまだ俺の方だ。
オーヤマは、ヨーコに負ける気がしない。
「俺は、ヨーコに勝って生き延びる」
オーヤマは、ライフルを消滅させると、二挺のマシンガンを創造する。
「何のために?」
ケータが問う。
「生きることに目的なんか必要ない。俺は生きるために、生きる」
日本の自殺者は年間三万人を超えた。一日あたり九十人もの人間が自殺で命を落としている計算になる。オーヤマ自身、生きることに大きな目標はない。明確な生きる意味がないとしても、この場でヨーコに負けるわけにはいかない。オーヤマは悪魔に選ばれ、天使に選ばれたヨーコとの戦いを始めた。その戦いに勝てばいい。それだけで、生き残る意味は十分だ。
「そういう意味じゃないよ。まあ、頑張ってよ。僕は手出しはするつもりはないからさ。でも、君はきっとヨーコには勝てない」
優男のくせにいってくれるじゃないか。
オーヤマは笑った。
ケータというオーヤマの別の意識が生まれたのは、鴨川デルタで天使に攻撃された瞬間だった。オーヤマに残された最後の善意がケータという存在になって分離し、オーヤマの悪意はより完全なものに近づいた。だからこそ、この悪意の塔はこれほどまで高層化したのだ。
悪意を弾丸に変え、数分間連射できるようマシンガンに弾を込める。
オーヤマは、自信を持ってゆっくりとした動きで、ヨーコの気配のする方に体を向けた。マシンガンを右肩と左肩に引っ掛け、純白の壁ごと蹴散らし始めた。
タタタタタ――
タタタタタ――
タタタタタ――
悪意の弾丸が純白の壁をいとも簡単に消し飛ばしていく。
タタタタタ――
タタタタタ――
タタタタタ――
俺は、速くヨーコを倒し、願いを叶え、生き延びる。
純白の壁が一枚一枚減っていき、真っ正面に気配を感じるヨーコへと近づいていく。純白の壁を全て壊せば、ヨーコには逃げ場はない。弾丸の量は十分だった。
タタタッ――
オーヤマは、激しく後方に飛ばされていた。何が起こったのか一瞬分からなかった。ただ、オーヤマの胸にアーチェリーの矢が深く突き刺さっている。オーヤマは背中をこすりながら、床を滑っていく。わずかに残った壁の残骸に衝突し、オーヤマは悪意の塔から墜落を免れた。
オーヤマは、すぐさま悪意を放出させ、アーチェリーの矢を消失させる。オーヤマは激しい痛みに起きあがることができない。傷は予想以上に深い。それよりも、そもそも何が起こったか全く理解できない。
「天使の壁を利用したみたいだね」
ケータの声が聞こえた。
「君が悪意の壁に潜り込んだのと同じ事だよ。ヨーコの放ったアーチェリーの矢は、純白の壁に潜り込み、そして、すり抜けて、君に命中したんだ。あ、ヨーコがそっちへ行くよ。急いで」
ヨーコが、純白の壁の脇から現れた。
ヨーコは、オーヤマが胸に手を当てたまま仰向けでいるのを確認し、アーチェリーを降ろした。警戒心を解き、オーヤマに近づいていく。
「あなたが壁を破壊し始めた時から、ずっと壁の後ろに立って、ケータの正確な位置を感じ取っていた。一発で勝負を決めようと思った。肉眼ではケータの姿なんて見えないし、心の目でケータの姿を捕らえたのよ。これで勝負ありね」
ヨーコが、しゃがみ込みオーヤマに触れると、オーヤマの体があっという間に崩れていった。床には人型の跡だけが残った。
「悪魔の力で作ったダミー人形――」
「気付くのが遅い」
オーヤマは、ヨーコの背中にマシンガンの銃口を押しつけた。
「終わりだ。残念だが、この勝負、俺の勝ちだ」
オーヤマが、引き金を引こうとした瞬間、オーヤマの手をそっと押さえ込む手が伸びてきた。オーヤマの脇にケータが立っている。玉座の周りに、ケータを拘束していた悪魔の力が落ちている。
「そのくらいにしときなよ」
オーヤマがケータを見ると、ケータは優しく微笑んだ。ケータの力だけでは拘束を解くことはできないはずだ。そのくらい強い力で拘束をしていた。ケータが拘束が解けた理由が全く理解できない。
「もちろん君は僕だから分かってると思うけどね」
オーヤマは大人しく、銃口を降ろした。
「まだ撃たないの? やるなら早く終わりにしてよね。こう、中学でも高校でも名前の順に答案を返したりするじゃない。それで自分の順番が回ってくるのを待つのだって、苦手なの。もうケータとは別人みたいなのに、優柔不断な性格だけは一緒なんだから」
ヨーコが、オーヤマが攻撃をしてこないことに苛立って振り向いた。オーヤマはマシンガンを降ろし、手で胸を押さえながら、立っているだけだった。
「戦いは終りだよ。素直に僕の方が負けると思ったのに。やっぱり勝つのは玉座に座った王様ってことだね」
オーヤマの代わりにケータが口を開いた。
「ケータ? 正気に戻ったの? 一瞬だけ見えたの、玉座に座ったケータの姿が。もう今は見えないけど――」




