第四章 ヨーコとオーヤマの最終決戦 2 ヨーコ
一緒に戦ってあげられないわけじゃなかった。でも、わんちゃんの目的は天使と悪魔への復讐だったし、わたしの目的はこの悪趣味な塔の頂上にいる敵対者と戦うこと。だから、先を急がないといけない気がした。きっとわんちゃんだって大丈夫。あれだけこっぴどく天使にやられたって、また復活して、今度は悪魔に挑もうとしてる。その心意気だけで、わたしは満足。
頂上に近づくにつれ、段々と敵対者の気配が強くなってきた。
敵対者が誰かなんて、そもそもこの戦いには無関係なのかもしれない。だけど、敵対者が大切な人であることは分かっていた。それとも大切な人であることは、本当は意味のあることなのかしら。
敵対者は大切な人。鴨川デルタで天使にあった時から、誰が敵対者になるかなんて、分かり切ったことだった。
鴨川デルタ。爽やかな河川敷。コカコーラを飲み干した男。空から降ってきた物体。水面に波紋を浮かべ、近づいてくる天使。気の良さそうな感じで、挨拶していった青年。ハロー。天使の力にはじき飛ばされた青年。青年がはじき飛ばされた天使の攻撃をかわしてしまった美女。
そう、ハロー。
鴨川デルタで、ケータは天使が確実に見えていた。ただ天使の力が飛んできて、吹き飛ばされるのであれば、問題ない。天使や悪魔が目視できなくても、天使や悪魔の力はこの世の物質を破壊することができるから。でも、普通の人間には天使や悪魔や彼らの力を見ることはできない。でも、ケータには見えていた。
そして、わたしにも。
天使や悪魔を見ることができるようになる条件は、単純に天使か悪魔かに選ばること。わんちゃんみたいに昔の戦いで選ばれた人は今でも天使や悪魔を見ることができる。だけど、ケータからそんな血で血を洗う戦いをしたことがあるなんて聞いたことはない。それに今生きてるって事は、その戦いに勝利してるって事でもあるし、それなら何か凄い願い事を叶えて、今は億万長者になっているから、今大学でわたしと出会っているはずもない。
わたしが天使に選ばれた人間なら、ケータが悪魔に選ばれた人間でないかぎり、ケータに天使が見えるなんてことありえない。
だけど、わたしは必死になってその考えを否定していた。だって、当たり前でしょう。この戦いのルールはどちらかが死ななきゃいけないんだから。本当に、わんちゃんが悪魔に選ばれた敵対者だったら良かったのに――
鴨川デルタで感じたケータの唇を思いだし、ヨーコはそっと指先で唇に触れた。
「それじゃいくよ。オーヤマケータ」
相手がケータだからって、容赦しない。
「ヨーコ、まあ、少し落ち着こうじゃないか。天使に選ばれたヨーコと悪魔に選ばれた俺は、どちらかが倒れるまで、戦い続けないといけないんだ。それに、今は喋りたい気分だ」
いつものケータとは違った感じだ。人間のダークな一面が突出したような殺気を感じる。鴨川デルタで、のほほんと川のせせらぎに耳を澄ましていた青年とは全く異なっている。まるで別人だった。
「一服させてくれ。少しの時間で構わない」
ケータは、ポケットから煙草のパックを取り出すと、トントンと煙草のパックの上面を叩く。煙草の先端が飛び出し、ケータは煙草を一本口にくわえた。そして、ライターを取り出し、火を付けようとしたが、ライターが見あたらない。
ズボンの脇のポケット、おしりのポケット、シャツの胸ポケットを叩くが、ライターは見つからない。
「悪魔に貰った百円ライターがもうどっかにいったみたいだ」
煙草をくわえたままもぞもぞと喋っている。
「ヨーコ、ライター持ってない?」
「ライター?」
ヨーコが思い当たる場所を適当に探していると、そういえば、お守り代わりにいつも小さな巾着袋に入れて持ち歩いているジッポを思い出した。ヨーコはジッポを取り出すと、ケータに向かって放り投げた。
「サンキューって、これ、俺のジッポじゃないか」
「それ、ケータから貰ったと思うんだけど」
「そうだっけ。ま、いいか」
ケータは頭を掻くと、煙草に火を付け、大きく煙を吸いこむと、ゆっくりとはき出した。
「ヨーコは煙草なんて吸わないだろ。それなのになんで俺のジッポをそんなお守りみたいな小さな巾着に入れて持ってるんだ。とりあえず、こいつは、俺がこの戦いに勝利して、もう一服するまで預かっておくよ」
「でも、わたしが戦いに勝ったら、そのジッポは返してもらうから」
「ああ。ヨーコが勝ったらな」
ケータがジッポをズボンのポケットにしまった。
「夏の世に浮かぶ大文字焼きの時――」
「大文字焼き五山の送り火ね。最低限、大文字の送り火」
「まあ、何でもいいだろ。大文字の送り火の時、大学の構内で若いカップルに後を付けられたがあった」
「何の話よ」
「俺はただ大学の研究室に向かっていただけだったんだけど、おそらく、そのカップルは俺が大学の構内に隠された秘密の鑑賞スポットに行くと思ってついてきたんだ。でも、木造の古汚い校舎に入る姿を見て、どっかにいっちまった。いい思い出だ」
「それで?」
「もし俺が、大文字の送り火の時に、この漆黒の塔を作ることができたのなら、この塔の最上階から大文字だけではなくって、他の五山の送り火も綺麗に見ることができたんだろうな。そんな思い出が作りたかった」
ケータは、手早く煙草を吸うと、半分くらい残して、地面に落とし、靴の裏で煙草を踏みつけた。
「なにそれ。意味不明。それに、煙草の吸殻は携帯用の灰皿に入れなさいよ」
ケータは、ヨーコの言葉を無視して、肩からぶら下げていたライフルを構える。
「さて、やりますか」
ケータは、ヨーコに向かって悪意の弾丸を放った。
ヨーコは、横に体を投げ、転がるようにして、ライフルの弾丸を避ける。その転がった先を目掛け、悪意の弾丸が飛んでくるため、ヨーコはしばらく床を転がり続けていた。
アーチェリー部で培ったこの肉体、元気いっぱい、さんさんと輝く太陽と小麦色の肌が似合う美少女をなめちゃいけない。
ケータの集中力が切れ、ふっと攻撃がやんだ。
その隙にヨーコはアーチェリーを作り出し、アーチェリーのストリングを引こうとするが、ケータの方が先にライフルを再度構えて、ヨーコに向かって、悪意の弾丸を射出する。ヨーコはアーチェリーを左手に持ったまま、ただただ悪意の弾丸を避けている。
「ケータの攻撃を避けてるだけだと、こっちの攻撃ができない」
ヨーコは呟くと、目の前に天使の力でできた壁を作り出した。
ケータの弾丸が、純白の壁とぶつかり合い、壁に大きな穴を開けた。ヨーコは複数の壁を、部屋の至る所に作り出していった。人間一人分が十分隠れる大きさで、壁の向きは様々だ。ヨーコの視界からケータが見えなくなり、ただケータの気配だけが、すぅっと移動している。
ケータからの攻撃がやんだ。
ヨーコは神経をとぎすませ、ケータの気配からケータの正確な位置を探していた。ケータから直接視界に入らない位置に移動しながら、ケータが飛びかかってきたら、いつでも攻撃できる態勢で待つ。
いきなりケータの気配が消えた。
いや、消えたわけじゃない。どこかに潜伏している。この部屋の中にいることは分かっているのに、どこにいるか定まらない。
ぞくりとした寒気が全身を襲った。ヨーコは瞬時にケータの位置を捕捉し、アーチェリーを天井に向けた。天井からぬっとケータが上半身だけを出し、ライフルの照準をヨーコに合わせている。ライフルから弾丸が射出されるのと、ヨーコからアーチェリーの矢が放たれるタイミングはほぼ同じだった。
ケータはライフルを撃った直後、すぐに壁に身を隠したため、アーチェリーの矢はむなしく天井に突き刺さった。
一方、ヨーコはケータの弾丸を避けきることができずに、右肩に悪意の弾丸がめり込む。 即座に作り出した天使のバリアもちょっとだけ威力を軽減させただけだった。
「痛ぁ」
ヨーコは、右肩に入り込んだ悪意の弾丸を天使の力で相殺し、消滅させると、左手で右肩に触れ、癒すために天使の力を使用する。しかし、すぐさま殺気を感じ、ヨーコは回復を諦め、再びアーチェリーを握りしめる。
助けてくれ――――
苦しい――辛い――痛い――この世界が憎い――
ケータの悪意がヨーコに流れ込んでくる。
「この塔は、ケータに有利なようにできてるってことね。そりゃそっか、ケータが作ったんだから。でも、わたしは負けない。必ずあなたに勝利し、その悪意を取り除いてあげる」
純白の壁と壁の間をすり抜けながら、ヨーコは部屋の中を移動していく。ケータは塔の壁の中を泳ぎ、部屋のどこかに潜伏し、気配はあるものの、位置を特定するには至っていない。
ヨーコは、闇雲にアーチェリーの矢を放つと、天使の力でできた矢が、壁に突き刺さったままになる。
ヨーコは、ケータの気配を感じ、矢を放った。しかし、狙った先にケータの姿はなく、矢だけが塔の壁に刺さる。
再び感じ取ったケータの気配は近かった。
ヨーコは、その場から大きく飛び退く。ケータが、ヨーコの立っていた足元の床からぬぅっと現れ、いきなりライフルの弾を放出する。
悪意の弾丸がヨーコの左の太股を貫通する。
ヨーコが、苦し紛れにアーチェリーを放ったが、すでにケータの姿はない。ヨーコは、床にうずくまり、ただ鮮血が流れていく太股を見つめていた。右手を当て、天使の力で回復を試みると、少し痛みは和らいだが、完全に回復する時間をケータが与えてくれるはずがなかった。悪意の弾丸の消滅と止血程度に止め、ヨーコは再び戦いに戻る。
鉄の匂いが、血の匂いが、辺りに広がっていく。
助けてくれ――――
いやだ、死ぬのはいやだ――――
こんな世の中は間違っている――――
ケータの世界への憎悪、生きることへの執着が、ケータがヨーコを倒さなければいけない目的だった。
しかし、わたしはケータには負けない。
絶対に。
ヨーコは、アーチェリーを構え、ストリングを引くと、天使の矢を放つ。天使の矢は、悪意の塔の壁に突き刺さる。ヨーコは、ケータの位置など関係なく、何発も何発も、天使の矢を放っては、ストリングを引き、再度、天使の矢を放つ。
ときどきケータがぬぅっと塔の壁から上半身だけ出し、ライフルで悪意の弾丸を撃つ。ヨーコは足を引きずりながら、純白の壁を盾にし、悪意の弾丸を躱しながら、辺り一面の塔の壁にアーチェリーの矢を、繰り返し、繰り返し、突き刺していく。
「逃げているばかりじゃ、致命傷は当てられないよ」
ヨーコは声を張り上げた。
「まあ、時間はある。じっくり戦っていこう」
ケータの声だけが、部屋に響いた。
ヨーコは、アーチェリーの矢をケータの声の出所だと感じた場所に放ったが、当たった感触は全くない。
「さて、準備はオッケー。反撃開始ってところね。こんなか弱い美少女に、大けがさせたことは絶対に許さない」
ヨーコは、アーチェリーを消滅させると、ケータを誘い込むために、傷ついた太股を癒しにかかる。
ケータは、ヨーコが武器を捨て、回復を始めたことに対して、それを阻止すべく、塔の壁から体を出すと、ライフルで悪意の弾丸を撃つ。ヨーコは、さっと純白の壁の裏側に回ると、その壁を弾丸が破壊するが,ヨーコには弾丸は当たらない。
ケータの気配が消え、再び、塔の壁の中に潜った。
天使の力。純白の力。アーチェリーの矢。天使の矢。純白の矢。悪意の壁と天井一面に突き刺さったアーチェリーの矢。天使の矢。そこから延びる無数の純白の糸。
ヨーコは、その全ての天使の矢に細い糸を結びつけていた。それはあまりにも細すぎて、ケータには気配を感じることができない。もし、ケータが壁の中にいなかったら、その糸にも気付いたはずだった。
やみくもに天使の矢を撃ったわけではなかった。
これはヨーコが作り出した、爆弾だ。
「三」
ヨーコはカウントダウンを開始する。
「二」
純白の糸を通じて、ヨーコからアーチェリーの矢に向かって力が確実に伝わっていく。勿論、アーチェリーの矢に糸なんか付けなくても同じ事はできるように細工は可能だ。ただ、まだ無線よりも有線で力を送った方が、確実で、大容量だった。
「一」
ケータが気付いた。しかし、すでにヨーコの天使の力は、純白の糸を通じて、天井と床に刺さった天使の矢に送り込まれている。
「零」
天井や壁に突き刺さった何十本ものアーチェリーの矢が、激しく、一気に爆発する。爆発する瞬間、ケータが壁からするりと抜け、床に降り立った。耳を塞ぎたくなるような爆音が部屋に充満した。アーチェリーの矢が、ケータの悪意の塔の壁を、破壊していく。
壁も天井も全てが爆発により、吹き飛び、太陽の光が一気に降り注いできた。空は青かった。
「さて、逃げる場所はなくなった」
ケータが、今度は、床に潜り込もうとしたが、潜り込むことができない。
「壁と天井にはアーチェリーの矢を刺して、床には天使の力をワックスがけして、コーティングしてあるの。ケータには逃げ道はない。ここから、真っ向勝負よ」




