第四章 ヨーコとオーヤマの最終決戦 1 ケータ
地球は回転している。慣性の法則という法則があって、運動をする全ての物質ってのは同じ状態を保ち続けようとする。勿論、ボールを転がせば途中で止まるのは、摩擦があるからで、摩擦がなかったらそもそも人間が地面を歩くことだってできやしない。だけど、宇宙では違う。無重力状態では、ボールを投げれば飛び続けるし、ボールに回転を与えればボールは回転し続ける。つまり地球もそう言うことなんだ。
台車に乗って、体を上手く動かすと、台車を押さなくても台車は動く。それと同じ原理で、潮の満ち引きで地球の回転も遅くなっているんだって。まあ、百年あたり二千分の一秒くらいって話だけど。
アーチェリーの選手ってのも、重力とか風とかそう言った影響を考えて、矢を的に向かって放つ。だけど、天使の力はそういった空気とかの影響を受けず、慣性の法則に従って、飛び続ける。もし今ここで宇宙に向かって天使の力を放出したら、別の星にいる誰かに当たるのかもしれない。
そういえば、光速に近づくと時間って止まるんだっけ?
ケータは、右手の掌をオーヤマに向けて突き出すと、掌から火炎放射のように天使の力が一気に放出する。
「こんな無駄な戦いを止めようって思わない?」
ケータは、天使の力を放出し終わると、オーヤマに語りかけた。オーヤマは、悪魔の力でバリアを作り出すと、ケータの力と漆黒のバリアがぶつかり合い、オーヤマには届かない。
「戦いを止めようっていう相談をするなら、いきなり天使の力で攻撃してくるってのは得策じゃないんじゃないか?」
「そうかもね」
オーヤマはライフルを取り出した。オーヤマがスコープをのぞき込むと、照準がケータに合った瞬間、ぞくりとした冷気がケータの全身を走った。
弾くか、躱さないとやられる。
ケータは、玉座の背もたれに手を掛けると、ジャンプし、玉座の背後に身を隠した。オーヤマのライフルから射出された弾丸が、玉座に命中し、激しい音を立てる。数発の弾丸が玉座に突き刺さると、オーヤマの気配が消えた。
ケータは、いつでも身を守れるように、天使の力で体をコーティングしながら、玉座の脇から頭を出し、辺りを見渡す。フロアにオーヤマの姿はない。
ぞくりとした冷気が体を走る。
狙われている。
「隠れるなんて卑怯だ。卑怯だ」
ライフルから悪意の弾丸が射出され、ケータに向かってくる。その悪意の弾丸を素早くしゃがみ込んで躱したが、オーヤマがどこから弾が発射してきたのか確認できない。
全身の寒気がなくなった。
ケータは緊張を解きほぐすために、両手を合わせて大きく背伸びをした。
床にも壁にも天井にも空間にも何もなかった。ただ玉座が一つ置かれているだけ。静まりかえり、ケータの歩く足音だけが部屋に響いた。
突然、背後にオーヤマの気配を感じた。ケータは振り向いたが、そこには壁があるだけだった。体をぞくりとした冷気が走り、ライフルから再び悪意の弾丸が射出される。ケータを左手の平に天使の力を厚く塗り固め、悪意の弾丸を左手の平に当て、軌道を逸らした。
オーヤマの居場所も、どうやって攻撃してきているのかも分からない。ただただケータは、キョロキョロと辺りを見渡しながら、オーヤマからの攻撃に備えている。
「ねえ、ケータさん、敵はどこにいるの?」
「全く男らしくないやつだ。俺だったら、正々堂々真っ向勝負するのに」
「そうよねぇ、ウリ」
「ああ、当然だ、ミカ」
ケータの服の中に逃げ込んでいたミカとウリが、ぼそぼそと談話している。気を許したら、「ねえ、ケータさん、お茶でも出してくれないかい」とか言ってきそうだ。
再び背後に気配を感じた。
ケータは、その目でオーヤマの一部を捕らえた。オーヤマの持ったライフルの先端がゆっくりと壁の中に沈み込んでいく。
オーヤマは、自分の作り出した悪意の塔の壁の中を水の中を泳ぐように移動している。
「ずるい。ずるい。ずるい。ずるーい!」
ケータは、オーヤマと同じように悪意の塔の壁に入り込もうとしたが、壁は固く、ひやりと冷たかった。天使の力を持っている人間にはできない芸当らしい。
「悪魔の力はただ武器として使う以外にも利用方法はたくさんあるんだよ」
オーヤマの声だけが部屋にこだました。
ライフルの照準を合わせられた時の冷気を感じ、ケータは天井を見上げた。そこには体を半分ほど壁から出し、ライフルをケータに向けて構えたオーヤマが天井にめり込んでいた。
ケータは、手裏剣のようにした天使の力をオーヤマ目掛けて放り投げた。ケータの光の手裏剣は、天井にいるオーヤマの額に命中すると、オーヤマが粉々に砕け散る。
「まさか……悪魔の力で作ったダミー人形――」
ケータは、それがオーヤマ本体ではないことに気付く。
「気付くのが遅い」
オーヤマが、ケータの耳元で囁いた。ケータが振り向く前に、オーヤマはケータの背後から腕を伸ばすと、肘でケータの首を締め上げた。
「さて、捕まえた」
ケータは玉座に座らされ、オーヤマの悪魔の力で作られたロープにより全身が捕縛された。ケータは、天使の力を振り絞っても徐々にしか悪魔の力を消失させることができず、逆にオーヤマの悪魔の力により拘束を強められてしまう。
「ちょっときつすぎるんじゃない?」
「だめだ。それくらいで、ちょどいい」
オーヤマはそう言いながら、階段を見つめていた。オーヤマと戦うべき敵対者がもうすぐ現れようとしていた。
ケータもまた、ヨーコが近づいてくるのが分かった。
オーヤマが階段を見ている隙に、体の中にいるミカとウリにこっそりオーヤマの力をほどくように囁いた。
「ケータさん、わたしたち無理なの。玉座とケータさんの背中に挟まれて、動くことなんてできやしないんだから」
「そうだそうだ。なんで、俺たちを助ける前に拘束されちまったんだ」
一体何のために、二つの球体はいるんだろう。ケータはこんな重要な局面でさえ、全く役に立たない球体を全く理解できなかった。
にゅっと手が見えたかと思うと、ヨーコが首だけを出して、
「ああ、やっと頂上ね」
最上階の様子を確認する。
「久しぶりだな」
ヨーコとオーヤマの視線がぶつかり合う。ヨーコはゆっくりと階段を登り、最上階の床に降り立つ。
「今は誰も座ってないけど、その玉座があなたの指定席ってわけ?」
誰も座っていない? ケータは玉座に座りながら、ヨーコの姿を足の指先から頭のてっぺんまで余すところなく見つめていた。
「ああ、そういうことだ。俺がこの塔を作り出し、お前が現れるのを待っていた」
「それじゃ、わたしがあなたを倒して、その玉座をいただいちゃうってことで、よろしいのかしら」
ケータは身体を揺すり、ヨーコに向かって玉座に座った自分の存在をアピールする。でも、ヨーコは全く気付いている様子はない。
「俺を倒すことができるのであれば、玉座は自由にしてくれて構わない」
「倒せないと思って、こんなくそ高い塔の頂上まで登ってくると思う?」
「さあな。でも、ヨーコに負けると思って、俺がこの塔を作り出したと思うか?」
「さあ。そんなこと分からない」
ヨーコは、すでに臨戦態勢となりつつあった。オーヤマが予想していた以上の力をヨーコの内部に感じる。しかし、のほほんと大学生活をエンジョイするヨーコに、病に苦しむオーヤマの気持ちを越えることはできない。
「それじゃいくよ。オーヤマケータ」




