Chapter.8 「盟約」
警察の事情聴取を受けることとなった俺たちは、それぞれが別々の取調室に入れられていた。ドラマで見るような激しさはないが……取り調べというものは、あまり気持ちの良いものではない。陰険なおじさんたちに取り囲まれながら、俺は必死に事情を説明していた。
「それで、その知り合いが行方不明になっていたので、こんな時間に不良と喧嘩して、そのうえ未成年と遊んでいたってわけか」
「いや、えっと……そのー…女の子が襲われてたので、助けようと思いまして」
「ふーん……」
刑事らしきおじさんの一人が、俺の顔を掴みながら、顔にできたアザを見てきた。
その後、俺の体に触り始めた。「お、結構がっしりしているな」と楽しそうに調べられ、気持ち悪さがこみ上げてきた。
「…お前たちはもう出て行っていいぞ」
刑事がそう言うと、きょとんとした表情の部下たちが顔を見合わせながら、書類をまとめて部屋を後にしていった。
「猿渡さん……だったね。ちょっと、会ってもらいたい人がいるのだが……いいかね?」
そういうと、刑事は立ち上がり、部屋を後にしていった。
それから15分くらい経っただろうか。夜の警察署の中は意外と静かだった。たまに大声をあげながら部屋に押し込まれているであろう声を聞くときもあるが、それでも想像していたより綺麗で、明るくて、静かな場所だった。
「クエスは大丈夫なのかな……」
俺は本格的に心配していた。訳のわからないことを喋っていなければいいのだけれど。と、そんなことを考えているうちに、部屋に近づいてくる足音が聞こえてきた。
足音はどうやら三つ……会ってもらいたい人とは言っていたけれど、刑事さんを含めても、他に二人いるということか……?
そんな様々な心配を他所に取調室の扉が開くと、見慣れない二人組と……なぜかクエスが連れてこられていた。ちょっと涙目になっている所を見ると、心細かったのだろう。しかし、肝心の刑事の姿はなく、どこか怪しげな雰囲気を放つ二人組が、俺の対面に立っていた。妙に、どこかで見たことのあるような、知っているような、そんな面影を持って。
「やぁ、久しぶりだねぇ」
やや小柄で、金髪のショートカットの女が、まるで狂気を感じさせるような笑みを浮かべて、「オルトロスちゃん」と言った。
「!? なぜ、その名前を!」
もう一人にクエスは背後から首に腕を回され、片腕は後ろに掴まれていた。
――人質に取られた!
「クエスを離せ!」
「まぁそうカリカリしないほうがいいよぉ、らしくないじゃないか。Riaではいつも冷静冷酷に構えていた君がこうもあっさりと取り乱すなんてさぁ」
愉しそうに、女は不気味に笑う。
ただものではない雰囲気はすぐにわかった。今の自分では到底敵いそうにないほどの殺気を放っていることも知れた。
「……わかった。話を聴こう」
「それでいいんだよぉ、オルトロスちゃん」
女はリズミカルに椅子を引き出し、滑らかな動きで座った。
足を組み、右手で頬杖をつきながら、とろけるような表情をこちらに向けている。
その話し方はとても饒舌で、色気のそれとはまた違った艶めかしさを持っていた。
「今の君は忘れているかもしれないけどぉ、私たちは協力関係にあるんだから、ちゃんと協力してほしいなぁ」
「……お前は何者だ?」
「あー、やっぱりそうきたかぁ! 次に来る展開を49通り考えていたんだけど、見事、トップ3に入りました! キャーおめでとっ、うふふ」
「会話が進まないな、お前は誰なんだ?」
「……レーヴェ・クリュエル。Riaで絶賛布教活動中の、“魔笛の奏者”宗師だよっ」
無邪気なまでに狂気。
まるで子どもが未知の世界を楽しむかのような落ち着かない雰囲気を醸し出しているその女は、Riaの世界で魔王崇拝の布教活動を行っている集団のトップだった。
「お前が……あの時ミリヤを襲った“死の幻影種”を放ったやつか……」
Riaで出会ったミリヤという少女がいた。まだ駆け出しのルーキーだったミリヤがさらわれた時、現れたモンスターが“死の幻影種”というボスモンスターであった。そんなモンスターを召喚したのがこの女……。
俺も、その言葉を聞いて少々カチンときていた。
眉間に力が入る。殺気と狂気が机の中心でぶつかり合うように、相容れない二人が対峙した部屋は、より一層陰鬱とした張り詰めた空気を漂わせていた。
「まぁ、今のオルトロスちゃんが怒るのも無理ないけど、まずは話を聞いてくれないかなぁ。今日はオルトロスちゃんに大事なだーいじな話があって来たんだから」
レーヴェは狂気じみた雰囲気をやや落ち着かせて話し始めた。
「単刀直入に言おう。もう一度、僕に協力してくれないかい?」
「なぜだ」
「オルトロスちゃん……君に拒否権はないと思うなぁ。もし、今この状況を打開するとしても、もう既に僕は20個解決策を考えてあるし、あの子がどうなってもいいのなら」
そう言いながら、レーヴェはクエスの方に首を回しながら視線を送っていた。
クエスは何もできずに、ただ生唾を飲むことしかできなかった。
「……わかった、何をすればいい」
「だ、だめですよ!」
「いいんだクエス。で、何をすればいいんだ」
頬杖をついていた顔を浮かせて、レーヴェは背もたれに寄りかかった。俺の回答に満足している様子だった。
「これから僕が言う場所に向かって欲しいんだ。そこに、君が探している誘拐犯がいるからね」
「なんだと!?」
俺は、机を叩いて立ち上がっていた。
「お前……まさか、誘拐犯の一味なんじゃないだろうな?」
「はははは! 笑わせないでよぉオルトロスちゃん。兆が一にもそんなことはありえない」
「その保証はどこにもないだろう……?」
「まぁ、そうだけども、彼女の保証もないけど?」
「ちっ……」
レーヴェは徐ろに立ち上がって、クエスに近づいていった。俺は、より怪訝な顔をしながら、レーヴェを睨みつけていた。
「弱くなったねぇオルトロスちゃん。こんなにまで弱みを見せちゃうなんて」
そう言いながら、レーヴェはナイフをクエスの頬に当てていた。クエスは、ナイフを横目で見ながら、呼吸が早くなっていた。
ナイフをその体に沿わせながら、ゆっくりと胸元に当てていく。切れ味が鋭いのか、クエスの胸元の衣服が切れて、肌が露出していく。丁度心臓の真上のあたりでナイフの動きが止まると、レーヴェはクエスの全身を舐めるようにくまなく見つめながら、愉しんでいた。俺の方に視線を戻し、「さぁ、どうする」と言わんばかりにナイフをちらつかせていた。
「…わかった。お前の言うとおりにする」
「セイレン様……!」
「話がわかるようで、助かったよぉ、オルトロスちゃん」
レーヴェは、従者にクエスを解放するよう命じた。解放されたクエスは、すぐさま俺のところに駆けつけて、怯えるようにレーヴェを見ていた。
「そのヘルパーちゃんも役に立ってもらわないとねぇ」
レーヴェの企みはわからないが、誘拐犯の居場所と、睦を助けに行けるのであれば、今のところ俺たちに不利益はない。
しかし、油断してはならない相手であることは確かであった。
「さぁて、それじゃあ本題に入ろうか、オルトロスちゃん♪」




