Chapter.7 「不良娘」
「怪我はない?」
俺はそっと手を差し伸べる。爽やかな声かけ、憎めない微笑み、これで一体何回営業先で門前払いを食らったかはわからない。無愛想なおっさんにあしらわれた時は苛立つことこの上ないが、相手が女性なら別だ。これが美人だったり、可愛かったり、煌びやかだったりしたときは尚更だ。相手が大体女性としての姿を保っていれば、俺の営業力は底なしに発揮される――!
……まぁ、そのほとんどが空振りするわけだが。
襲われていた女性……恐らく、十代後半くらいだろうか。紺色のダッフルコートを着て、短パンにロングタイツに茶色いブーツ、栗色のミディアムロングの髪の毛はボサボサに乱れているが、どこぞのお嬢様かと疑うくらいの清楚な雰囲気を持っていた。右サイドの髪が編み込まれていて、水色のリボンが印象的だった。
その清楚な女の子はそっと手を出してきた。恐る恐る手を出すところを見ると、まだ警戒されているようだ。俺はその手を握り、彼女をゆっくりと引き、立たせた。正面から見る表情は、清楚というよりはキリっとしていて、どちらかといえば気の強そうなタイプではないだろうか。
「…はぁ」
起こすのと同時に、清楚そうな女の子はため息を吐いた。先程までの描写と一変、物凄く気怠そうにしている。
「……せっかくのいいところを邪魔すんじゃねぇよ! おっさん!!」
俺は、助けた女に罵声を浴びせられていた。女は腕を組み、仁王立ちで口をへの字に曲げながら憤っていた。とりあえず、一旦落ち着いてもらうとしよう。
*
「ウチ、岩槻桜花。まぁ一応高校生だけど、あんたは?」
「俺は、猿渡大河。26歳独身、社会人をやっている。」
おいおい、なぜそんなにも胡散臭い目で俺を見るんだこの子は……まぁ、今の俺の格好じゃチンピラみたいだし、さっきの格闘を見せた後なら信じ難いだろうけども。
「んで、そちらのメイドさんみたいな人は?」
「わたしー? わたしはね、クエ……じゃなかった、えーっと……」
「…二生綺兎」
「そーそー、それそれ♪」
「は? それそれって……自分の名前だろ?」
「まー堅いことはーキニシナーイ! よろしくねぇオーカちゃん♪」
クエスは誰とでも仲良くなれる体質にあるようだ。桜花の手を取って嬉しそうにはしゃいでいた。当の桜花は、と言うと、「ちっ……馴れ馴れしいやつ」といいながら、顔を赤らめてちょっと嬉しそうな表情を浮かべていた。素直じゃない感じの子だな。
「ところでよ、あんたら、どんな関係?」
初対面で、しかも年上にそんなことをいきなり聞くのか……と、思っていたら……
「よくぞ! 聞いてくれましたー! わたしはですね、この方のお側に仕え、いざという時にはどんな命令でも従う、それはそれはもう愛の眷属というものです♪」
「ちょ、おま! それは誤解を与えかねない!」
時すでに遅し……桜花は汚らわしい大人を見るような蔑む目で俺を見ていた。
「で、そんなヘンタイ二人組が、なんでこんなとこに?」
「そうだ……あのさ、岩槻さん…君がここに来たとき、少し大きめのトラックがなかったか?」
「トラック……うーん。見たような気もするけど、あれー思い出せないなーどうしてかなー?」
あからさまにカマトトぶりながら桜花は惚けていた。右手の親指と人差し指を輪っかにしながら、下衆な笑みを浮かべてこちらをチラチラ見つめている……。
「そっか、それじゃ!」と、俺は背を向けて歩き始めた。
「だーー! ごめん! 悪かった! おいていかないで!」
*
「そのトラックなら、多分ウチがここに連れてこられる前に、こっから出てったやつかもしれないな」
桜花の話によると……ゲームセンターのUFOキャッチャーでお金を全てつぎ込んでしまい、行き場がなくなったので、その辺のおじさんでも捕まえてお金をもらおうと企んでいたがなかなか捕まえられず、コンビニ前で途方に暮れていたところをお兄さんたちに助けられ、悲劇のヒロインを演じて隙を見て金銭をいただこうとしていたところを俺に邪魔されたらしい。その、連れてこられた時に見たトラックは見たことのない運送会社のロゴが描いてあったまでは見えたが、どちらの方角に行ったかまでは覚えていないようだ。
「その運送会社のロゴって、どんなやつだった?」
「えー……なんだったっけか、どっかで見たことあんだよなぁ……昔話とかで」
「それって、ウラシマ便ではなく?」
「は? ちげぇし。ウチが見たのは確かヨーロッパ系の童話だったような……あーーもうわっかんねぇ!」
「そ、そうか……まぁ助かったよ、ありがとう。じゃあ綺兎、行こうか」
「はーい!」
ここに立ち寄っていたことまでは確実であることはわかった。しかし、足跡の主はこの倉庫まで来ているが、そこから動いた形跡がないのが引っかかる。なぜかはわからないが、今はトラックを追うことが先決だ。下手すれば時間の猶予はないかもしれないのだから。
「ちょっと待てよ!」
桜花が俺たちを引き止めた。
何やら神妙な面持ちで俺に近づいてくる。女子校生とここまで至近距離で接したことのない俺は、ちょっと心拍数を向上させていた。
「お金……貸してくんないかな?」
もともと顔立ちのよく清楚そうな見た目なので、ニッコリと笑った顔は、小悪魔のように可愛らしかった。あぁ、この笑顔が憎い。つい財布の紐が緩みそうになるが……。
「今時の高校生なら、ケータイの一つや二つや三つくらい持ってるんじゃないのか?」
「ケータイ三つも持たねぇよ」
「はは、そうだな。んで、家の人は? 迎えに来てもらったらいいじゃないか」
「……ちっ、どいつもこいつも、人のことなんも知らねぇで」
桜花はイライラしながら顔をしかめていた。しかし、どことなく寂しさを感じる瞳をしていた。「家なんて、ねぇよ」と、桜花が呟いた。
「そっか……お前も、無いんだな、家」
俺の意味深な言葉に、苛立っていた表情を緩め、横目で俺の顔を見た。クエスも、「わたしもないようなものですぞ」と呟いていた。
「しゃあないな、ほら」俺は財布を渡した。カードも、中身もろくに入ってはいないが、「まぁ何かの足しにでもすればいい」過去の自分と重なる少女に、ちょっとだけ情が湧いていたのもあった。
桜花は、一度財布を受け取ったが、ちょっと考え込んでから、俺に投げ返してきた。
「……やっぱ、いらねぇ」
気まぐれな憎たらしさを込めた声で呟きながら、何か物を言いたそうな顔をしていた。
「…そ、その代わり……あんたらの、探し物……手伝ってやっても、いいぞ」
今度は恥じらいを見せつつ、モジモジしながらボソボソと呟いていた。
全く……一人でいくつキャラを持っているのやら。
「それはムリだ。諦めろ」そう言って、もう一度俺は財布を投げつけた。
申し訳ないが、こちらにはあまり人には知られたくない事情というものがある。Riaの世界の道具やら、最終兵器たるクエス様がおわします故に、連れて行くわけにもいかない。その上、これから行こうとしているところは危険な場所だ。なおさら一緒にはいられなかった。
その旨を説明したものの、歯をギザギザさせながら財布を力いっぱい握り締めている。
桜花は「いいから連れてけよ!」といいながら俺の財布を再び投げつけてきた。
俺は「だから、ムリなんだって!」と再び投げ返す。
そして、しばらく、言葉のドッヂボールが続いた。
呼吸の乱れる俺と桜花……何かの熱血スポーツ漫画かのような、甲子園での最後の一投に勝負をかけるピッチャーのような出で立ちである。
そんなことをしていたがために、背後から迫ってくる人影に、気づくのが遅れてしまっていた。
「警察だ! 誰だこんな時間に騒いでいるのは!」
騒ぎを気にした住人が警察を呼んでいたらしく、俺たちはお縄を頂戴する羽目になってしまった。




