Chapter.5 「疾走」
――武蔵の国とよばれた街、サイタマ、政令指定都市オオミヤ。
数多の列車が行き交う街、オオミヤ。夜の静寂をものともせずに、ターミナルとなっているオオミヤの駅は光に包まれ、列車の発着音が響いていた。ホーム全体を見渡せる陸橋から眺める夜の光景は、ノスタルジックでしんみりとさせる雰囲気を醸し出していた。
俺とクエスと……一応エリザベスは、お見合いをした料亭へ向かっていた。クエスの魔法で移動することも提案されたが、人目があることを考えて電車で向かうことにした。まぁ、このクエスの服装を見て、目立たないはずはなかったが……。
「綺麗な街……そして、大きな建物ばかりですね。あの塔はなんですか?」
「ここは北と南を繋ぐ交通の集合地点なんだよ。Riaにもあるだろ、列車。あそこに見えるのが、駅で、お前の言う塔ってのは……マンションっていう、家が密集している建物だ」
「ほー! いいなぁ、わたしもあの高いところに住んでみたいです」
「あれは……一部の中流上流階級の人間が住むところだな……まぁ、そういう建物があるっていうことは、実は、俺たちが行こうとしている住宅街や路地裏は、やや治安が悪いんだ」
路地に差し掛かると、不気味なまでに静かだった。
街路灯は点滅していた。薄暗い夜道を歩いていく。すれ違う人もいない。
料亭にたどり着いた俺たちは、手がかりとなりそうなものを探しに、事件現場へと向かうことにした。
料亭から700mほどの場所。先ほどの静けさがなくなり、代わりに、投光器のまばゆい光と警察官の現場検証の音が響いていた。野次馬も集まっており、夜の静寂を破って賑やかさが増している。
現場は、凄惨なものだった。
タクシーが曲がり角の電信柱に激突しており、運転手は重体。事件の発生は、ニュースによると午後7時16分。キャリアジョブホールディングス社の営業部本部長の娘、後で知ったのだが、梨紅道 睦はキャリアジョブホールディングス代表取締役社長の孫娘に当たるらしい。そうなると、誘拐されて当然か。
俺の携帯を、クエスはあらゆる角度から覗き込もうと、しているのをよそに、俺は考え込んでいた。
「さて、クエス。さっき言ったアレ、出してくれるか?」
「了解であります!」
路地裏の隅で、クエスにいくつかのアイテムを出してもらった。
一つ目、アニバーサリーサングラス2個。
二つ目、聖水。
三つ目、魔法書「完璧なる真実」。
四つ目、藍王蟲の卵。
五つ目、デクレッシェンドハンマー。
「セイレン様、何に使うんですか?」
「まぁ見ておけ」
俺は徐ろに現場検証場所まで近づいていった。俺が左手に持っているのは、藍王蟲の卵。これをデクレッシェンドハンマーで……壊す。
「セイレン様! せっかくのアイテムを!」
「しっ……これからが本番だ」
俺はクエスを連れて、その場から離れた。
割れた卵が異様な匂いを放ちながら、零れた液体がボコボコとし始めた。
その場にいる野次馬たちが、何かの異変に気づくと……あちこちから虫の大群が押し寄せてきた。
悲鳴が夜空に響き渡る。閑静な住宅街を襲う藍色に変色した虫たちが殺到し、現場は大混乱となった。その場にいた人たちは警察官を含め皆その場を立ち去り、一瞬の隙ができた。
「クエス、これをつけて、虫除け効果があるから。エリザベスは…しまっとけ。」
俺とクエスはアニバーサリーサングラスを身に付け、現場に来た。
俺はすかさず魔法書「完璧なる真実」を発動した。現場で起こった出来事を読み取る魔法――俺のイメージの中に、誘拐時刻午後7時16分ごろの映像が浮かび上がる。
タクシーを襲撃する集団……顔は隠していてわからないが、梨紅道親子をトラックに押入れ、連れて行ったようだ。トラックは、大通りの方に向かっている。俺が見たいのはそこではない。少し時間を遡ろう……いた。張り込んでいる男……誘拐犯たちを手引きしているので間違いないだろう。
「クエス、見たか? コイツを探そう」
「わかりましたが、どうやって?」
「そこで、クエス。お前に頼みがある!」
「へ?」
俺はデクレッシェンドハンマーを使って、その場にいた藍王蟲を一匹潰した。一匹を潰すと、怒った藍王蟲は一斉に襲いかかってくる習性があった。俺は、クエスにハンマーを渡した。
「さ、バトンタッチ!」
「え、えぇぇぇぇぇえええええ!!!!!」
一気にクエスに集中する藍王蟲たち。半べそをかきながら狂人と化したクエスは、虫除けの効果もあって攻撃が届かないうちに、蟲たちを殲滅していった。さすが最終兵器。いとも簡単に全滅させてくれた。
「いやー助かったよクエスちゃん!」
「セイレン様ぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
クエスは蟲を潰して体液がドロドロと垂れているハンマーを俺に向けながら怒っていた。
「ま、まてまて! 俺はこれを集めていたんだ! ほら!」
俺は集めたメノウストーンをクエスに見せた。
「あ、それってもしかして……」
「触媒魔法って、お前使えるだろ?」
つまりはこういうことだ。メノウストーンと聖水を媒介として魔法を発動すると、その場にいた人物の移動ルートが足跡となって表示される。その代わり、条件としては《《その人物を視認》》していること。追わなければならない人物さえわかっていれば、触媒魔法“追跡者の慧眼”で追いかけることが可能だ。
人払いもでき、メノウストーンをドロップできる藍王蟲を出したのは計算のうちだ。まぁ、藍王蟲が現れるかは賭けだったが……現実世界にRiaのモンスターを召喚するのは、さすがに罪悪感が残る。
「じゃあさっそくお願いしようか」
現場から対角線に離れた路地。ここが、犯人のうちの一人がいた場所である。
クエスに“追跡者の慧眼”を発動してもらった。
足跡が表示されているはずなのだが……やはり、俺には見えないか。
「クエス、案内してもらえないか?」
「お安い御用です♪」
そう言うと、クエスは空想無限大の宝庫からアイテムを取り出していた。何もない空中からアイテムを取り出す姿は、現実の世界観で見ると神秘的に見える。が……それは。
「えーっと、それって、クエスさん?」
「えぇ、林獣の手網ですよ♪」
まさか――。
クエスは林獣の手網……すなわち、騎乗モンスターを召喚するアイテムを使うつもりだった。しかも、登場するのは……。
「はい、林獣“窮奇”のキューちゃんです♪」
空間に亀裂が入る……突風を撒き散らしながらソイツは次元の闇を切り裂いて現れた。風神窮奇……Riaでどの職業でも手にいれれば騎乗することのできる、虎に角の生えたモンスターだ。キューちゃんと呼ぶにはあまりにも猛々しく、そのひと睨みだけで怯みそうになるほどの威厳を持っていた。しかし、クエスのペットとなっているだけに、凛々しい顔つきと、仕草は可愛らしい感じになっている。
いつの間にかクエスからエリザベスが出てきて、キューちゃんとご対面の挨拶をしているようだった。
「こ、こいつは目立ち過ぎやしないですかね?」
「そんなこといってると、人が戻ってきちゃいますよ! さぁ、いきましょ♪」
俺は、泣く泣くキューちゃんに跨り、手綱を握るクエスにしがみつく形で、夜の街を疾風の如く消えていった。




