Chapter.4 「億劫な英雄」
――日本国、武蔵の国と呼ばれる街、サイタマ某所、俺の家
「……というわけだ、すまん! クエス!」
俺は、これまでの経緯を全てクエスに説明した。お見合いになった経緯もそうだが……。
「セイレン様! この水槽にいるモンスターはなんて言うんですかー?」
「ウーパールーパーだよ」
「へーそうなんですね。名前はあるんですかー?」
「え…エリザベス」
「…エリ?」
「エリザベスだ! っていうか、話くらい聞けよ!」
クエスを体育座りにさせた俺は、これまでの話をするのと同時に、俺が本当にRiaの世界に行っていたのかを再確認した。
年末のことだった。
無断欠勤が続いた俺の家に、同僚と部長が訪ねてきた。そこで、画面の前で意識不明になっていた俺を見つけ、病院まで連れて行ってくれた。
俺が気づいたのは、病院のベッドの上だった。
医者の話では、原因は不明とのことだが、度重なる過酷な労働のストレスによるものだということだった。そのことがあってから、上司からの当たりは厳しくなくなった。同僚も、前より声を掛けてくれるようになった。
人付き合いが苦手な俺にとっては、ありがたいことだった。
「まぁ、そういうわけだが……クエスはどうしてここに来れたんだ? はぐらかさずに教えてくれよ」
「えーっとですねぇ……」
クエスの話を要約すると、こんな感じだ。
まず、俺がいなくなったあと、三日三晩心ここにあらず状態だったが、お腹はすいていたのでご飯は欠かさず食べた。
次に、ミリヤとアリアというRiaにいた時の二人の仲間は、王国特務機関を立て直すために王都に行ってしまい寂しくなったので、高級ホテルに宿泊し、ジャグジーを独り占めにした。
そして、お金がなかったのでお金を持っていそうな人を思い出しながら魔法を使ったら、俺の目の前に立っていたので、やっと会えましたね♪ 的な感じで言ってみた。
ということだ。――いや、どういうことだ?
「そうじゃなくて! 俺が知りたいのは、なんでRiaからこの世界に来れるのかってことだから!」
「うーん……愛のパワー…ですかね♪」
「話にならないな……」
水槽ではウーパールーパーが岩屋からこちらを首を傾げながら覗いていた。
同じように、クエスも水槽の前で首を傾げながら覗き込んでいた。エリザベスが近づいて来ると、クエスも水槽に近づき……もうこれ以上近づけない。
俺は夕飯を作っていた。異世界から来たクエスの口に合うかはわからんが……。
そんな時、後ろの方でなにやら光が輝いていた。水槽の中が光っている――光が一点に集中したと思ったら、水槽から浮かび上がり、外へ飛び出した。
光が消えると、なにやらポップな生物が宙に漂っていた。
「きゃーかわいいーーエリちゃん♪」
ピンク色で目が点で、ぼんやりとした表情をしながら、首を傾げている。
「お前まさか・・・テイミングアイテムを使ったのか!」
テイミングアイテムは、モンスターをペット化するためのアイテムだ。現実の世界で使えるということは……。
「クエスお前、ここでRiaのアイテムを使えるのか?」
「まぁ、使えましたからねぇ」
……これは、面白くなってきた。
どんなに傷ついても回復薬で癒し、病気になっても万能薬で完治し、地点登録した町に瞬時に戻れるアイテムや、武器とか防具とか……魔法書だってあるはず!
これは……最高じゃないか!
「なぁ、俺が装備していたやつ、一式取り出してくれよ!」
*
今度は俺が体育座りをしていた。ティッシュを箱から出しては丸めてゴミ箱に投げていた。
「げ、元気出してくださいよーセイレン様……。剣や盾は剣士系の職業の方しか装備できないのですから」
「それにしたって、装備できたのこれだぜ?」
俺は、手に持っていたハリセン的なアイテムを見せた。
「えーっと、それは、確か……商人職の、武器ですね。槌系の」
いや、確かに今の俺は商社マンだけども……そういうとこはゲームのままなのか。
俺、商人系の武具はほとんど持ってないし……っていうか、装備してどうするんだ。銀行でも襲うのか。
ペットモンスター化したエリザベスは、空中でも首を傾げていた。コイツ、めちゃくちゃかわいいな。
その時、俺は携帯がなっていることに気がついた。
徐ろに取り出すと、クエスとエリザベスが興味津々に見ていたが、気にせず電話を取った。
「もしもし、お疲れ様です、部長」
「――大変だ! 猿渡君…梨紅道部長と娘さんが……睦さんがさらわれたらしい!」
「――え?」
誘拐事件発生――。
俺たちが利用していた料亭から少し離れたところで、タクシーごと襲撃されたらしい。睦さんと親父さんを誘拐し、未だに連絡が入っていない。
警察には通報済みらしいが……。
「――一応君にも伝えておこうと思ってね、まぁとにかく、詳しいことがわかったらまた電話するから!」
そう言って、電話は切れた。
相変わらず携帯に興味津々の一人と一匹に向かって、今あった電話のことを説明した。
「誘拐!? 大変じゃないですか! すぐに助けに行きましょう!」
「…え? いや、だってほら、今警察が探してるから」
「ケイサツ?」
「あぁ、Riaでいうところの第六第七士団みたいな組織だよ」
「そんな! あれだけ親しい間柄になれたのに! 放っておくんですか?」
そんなこと言われたって、現実世界では俺は無力だ。自分の人生すらどうにもできない、半端者……。ましてや誘拐事件なんて、ドラマやアニメの世界だけだと思っていたし、警察組織ですら慎重に動くのに。俺の手には余って仕方がない。
それでも――コイツは、俺のことを信じて疑っていないんだな。
こんなに顔を真っ赤にして、俺のRiaでの強さを必死で説いている。
「すまん、クエス。明日は早くから仕事があるんだ。もう九時だし、飯食ったら風呂入って寝るぞ」
「……意気地無し! あなたは、ホントにセイレン様!?」
さすがに、俺もカチンときた。
「俺はこっちでは猿渡大河っつう名前があんの! ゲームの世界ではそりゃもう最強を極めたようなもんだけどさ! こっちの世界では一般人クラス! ゴブリンにすら勝てないの!」
ガブッ
「いてぇぇぇぇぇぇな! だから、頭に噛み付くな!」
クエスを頭から引き剥がした。こいつは、いつもこんなだったな……と、Riaでの生活を思い出していた。ミリヤがさらわれた時の俺は、真っ先に探しに向かっていった。それは、その時の自分に“力”があったからだ。
今の俺には、“力”がない。ある程度戦えたにしたところで、今度こそ、命の保証はどこにもない。
しかし――クエスは、泣いていた。今まで見たことがないくらい、悔しそうに、泣いていた。まるで自分の家族を贔屓するように、自分の大切なものを否定された時のように、怒っていた。
「クエス…すまん、でも、俺は――」
「強いんです。セイレン様は。ホントのセイレン様は」
泣いているクエスの肩に、心配そうにエリザベスが乗っていた。
クエスは机に突っ伏して、じたばたしていた。
俺は、焦げた目玉焼きを見つめながら、ため息をついていた。
俺はセイレンという名前でゲームをプレイし、セイレンとしてRiaの世界ででもう1人の自分と戦った。心に影を秘めた、傷を抱えたまま、どうしようもなく抗おうとして抗えなかった自分と。今の自分は? と聞かれても、それは答えようがない。
もし、現実世界の、今の俺が戦ってしまったら、過去の自分に戻ってしまうような気がして、気が進まない。でも、それでも、Riaの世界で戦えたのは──。
俺は、クエスの頭の上に手を置いた。エリザベスはクエスに乗せた俺の手を見ながら、寄ってきた。
クエスは、ちらっとこちらを見た。
「……だめだな」と、俺はため息混じりの声で言った。
「……ふーん」と、クエスは再び突っ伏した。足をブラブラさせながら。
とにかく、今は異世界の道具もある。魔法もある。お金は……あんまりないが、クエスという特異点がいる。
暗い夜道を進んでいた俺だが、そろそろ歩き出してもいいのかもしれない。
コイツと一緒なら。なんでもできる気がする。
「目玉焼きが黒焦げだ……こりゃあ今晩の飯を買いに行かないとないな」
俺は、つけていたエプロンを外し、クエスに乗せた。
クエスはエプロンを頭に乗せながら顔を上げた。
「ついでに、ちょっくら誘拐犯……懲らしめてくるか!」
クエスの顔が、朝日のように見る見る明るくなっていった。エプロンの隙間から、エリザベスが顔を出して、また、首を傾げていた。
「クエス、試したいことがあるんだが!」
「はーい、仰せのままに。セイレン様♪」
さて、Riaを救った俺が、今度は現実世界でヒーローになる番でしょうかね。




