Chapter.3 「再会」
――日本国、武蔵の国と呼ばれる街、サイタマ
猿渡大河26歳独身。ここは、サイタマという日本一地味と言われる町。
俺は今、完全究極なまでに深淵なる混沌の天地創造の混乱を脳内で再現していた。…ようするに、現状を上手く理解できず、ただ茫然としていただけだ。
目の前に現れた、異世界の女――俺の目の前に手を出して、微笑んでいた。
ただ、静寂だけがその場を包んでいた。
テーブルの上に立つ女は、瞬きを数回し、首を傾げた。
「やっと、お会いできましたね。セイレン様――♪」
…静寂。
テーブルの上に立つ女は、瞬きをまた数回し、首を先ほどとは逆に傾げた。
「やっと、お会いできましたね。セイレン様――♪」
…静寂。
「え、セイレン様ってダレ……?」
「もしかして……大河くんのこと……?」
「おいてめぇ猿渡! こんな美人さんの知り合いがいるなんて聞いてないっすよ!」
ギャラリーが騒がしくなった。
石化したように固まっていた俺は、全身の石を砕くように勢いよく立ち上がった。
「…ちょっと……こっちへこぉぉぉぉぉぉぉい!!!!!」
「へ…?」
俺は、女を抱えて一目散に退散した。「キャーーー」と悲鳴をあげたため、料亭内はちょっとした誘拐騒ぎになっていた。俺は涙目になっていた。
「よ、よし……ここなら誰もいなさそうだな……」
「もーセイレン様ったら、大胆♪」
「っていうか、なんでお前がここにいるんだよ! クエス!」
そう、コイツこそ、俺の夢の中に出てきた、俺が夢の中に置いてきてしまった、胸を締め付けていた相手――クエスティナ・トワイスボーンだ。
「そんな言い方ないじゃないですかーもう。折角Riaからこうして来たっていうのに」
「だから、どうやって来れたのかってことだよ! ゲームの世界からどうして…」
「気合です♪」
……だめだ、コイツは天然に天然を掛けた天然中の天然。天然の天才、クエス様だ。何を言っても、もはやはぐらかされて終わるだろう。説明が面倒だとか、そんな理由で。
そうだ、あれは夢ではなかったのだ。俺は本当に、RiaOnlineの世界に行って……。
「と、とにかく! 俺は今大事な縁だ……いや、取引の最中だ。邪魔しないでもらえるか?」
「そうだったんですか! じゃあ早速戻って、ちゃちゃっとこう、片付けちゃいましょう!」
「…え、いや。お前、来るの?」
ドスッ
「うぐっ……」
クエスの正拳突きが俺のストマックを的確に、抉るようにヒットした。
笑顔のまま極悪非道な技を繰り出すクエスは、悪魔にも天使にも見えた。
「セ・イ・レ・ン・様♪ あの時のお約束、お忘れですか? ニコッ」
――俺は、お前がどんなヤツでも、例え、このあと、どんな結果が待ってても
――俺と、一緒にいてほしい
もちろん、覚えている……。覚えてはいるが……あれは悪魔との契約だったのか?
腹を押さえながら俺は震えていた。
しかし…コイツをみんなに会わせて大丈夫か……?
そもそも、名前。このまま紹介するわけにもいかないし……えーっと、トワイスボーンってのが苗字だよな……トワイス…二回……クエスティナって……クエス…きゅうえす……あーもう、どうしたらいいんだ!
*
「…と、言うわけで、こちら、俺の遠いとおーい親戚の、二生 綺兎さんです」
「はい! ところで、今日は一体どんな取引なん……」
俺はクエス…改め、綺兎の口を押さえながら説明した。「取引?」と首を傾げる睦をごまかすために、何かしら嘘を吐かなければならなかった。
「こほん! こ、こちらの綺兎さんは、まぁ…いわゆる……マジシャンみたいなものでして、先ほどの演出、驚いたでしょう! あはは…」
「そうだったのですか。突然目の前に現れたので、何事かと思いました」
睦さんも納得しているようだ。とりあえずは安心しても大丈夫か。
「ところで…こちらの方々は?」
そう、問題は、こっちのほうかもしれない。
「それにしても、すっげぇマジックっすね! しかも美人ときた!」
「こんな美人が親戚にいたなんてなぁ……うらやましいな畜生、鬼軍曹!」
「ちょっと、嫉妬するなんてあんた、気持ち悪いわよ」
「大河くんの周りって…意外と美人さんが多い…ですね」
「まぁ、これほどの美人のいる血族なのに、猿渡君はあまりその血を継いでないのね」
五人組は、もともとそこに座っていたかのように、平然とお茶を啜っていた。
「…あの、あんたたちなんで普通にそこにいらっしゃいますので?」
「いやっすねぇ、俺と猿渡の仲じゃないっすか~堅いこと言わずに~」
「いや、だって…これ、お見合い……」
はっ……俺は笑顔のまま殺気立つ後ろの気配に気づいた。
「お・み・あ・い?」
「ち、ちが…い、いや……その……オオミヤ! オオミヤ・イン・取引! ここ武蔵の国サイタマの首都オオミヤで重要な取引をだな……」
「やっぱり、取引って、なんのことですか?」
「え、あぁ、こっちの話です!」
「おー、ここはサイタマ国の首都オオミヤ! そんなところで取引だなんて、セイレン様かっこいい!」
いかん、どんどんややこしくなっていっている気がしてきた。
「あ、あの……先程からよくわからないのですが……セイレンってなんです?」
それは……あまりにも恥ずかしすぎて正直には話せない……。
「セイレン様っていうのは、こちらの方のことです! 私たちの世界を救った、英雄なんですよ! ね、セイレン様!」
「え……女の子に様付きで呼ばせてるなんて、気持ち悪いよ」
やめろ! マジで! 同僚にまで引かれてるじゃんか!
「あぁ、いや…その……それはコイツが勝手に付けたあだ名でね!」
もはや、言い訳も思いつかなくなっていた。
「ところで、セイレン様、この方が取引相手なのですか? 女性相手になんの取引を?」
「そうなんっすよ! 綺兎ちゃん! 猿渡最近出会いがないなんて言うもんだから、こないだ折角キャバクラ連れて行ってやったんすよ! しかも、そこの女の子ともいい感じになれたのに持ち帰りもしないんっすよ! そのこと部長に話したんっすけど、そしたらお見合いでもさせるかぁ! ってな感じになったっす! ちょうど良い感じに関係ができてきた会社の部長さんの娘さんなんすが、まぁ性格がアレで、独り身で困ってるらしくって、会社の関係を安定させるにもこれは良いチャンスだって部長も言ってたっす! まぁ政略的なお見合いなんで、猿渡はなんとしてでも成功させなきゃならないんっすけどね! な!」
須原のスキルが発動した。――|厄介事を持ち込む口滑らせ《トラブル・ムード・ブレイク》。その場にいる、あらゆる生命体が凍りつかせ、様々な立場の人間を地に貶める究極のスキル。肩を組まれながらそんな話をされれば、もはや俺に逃れる術はない。
現場が修羅場と化すのは、時間の問題だった。
「えーっと……猿渡さん? そ・れ・は、どういうことなのでしょうか?」
「え、っと……そ、そのですね……」
料亭は、さきほどまでの落ち着いていた穏やかで煌びやかな雰囲気とは全く違う、別の、怨恨えんこんに満ちた灼度に覆われていった。
「誰が性格がアレだコラァ!! テメェ死にさらすかぁ? あぁん?」
睦はテーブルに足を乗せて、身を乗り出し、俺のネクタイを掴みながら威嚇し始めた。あまりの形相に、俺の開いた口が塞がらない。そして、須原を除く他の4人も、睦の豹変に唖然としていた。俺は涙目になっていた。
「セイレン様は後でお話を聞かせてもらうとして……」
俺の隣に控えていた最終兵器な彼女が臨戦態勢になっていた。
「ちょっとそこのまな板メガネ!! わ・た・しのセイレン様に向かってなんという口の利き方を!!」
「だぁれがまな板だ! うっさいわね! ツインテドリル娘! あんたなんてそのツインテのクリンクリンで地面に穴でも掘ってなさいよ!」
「…ど、どっかで聞いたやり取りだな」
「大体なんであんたがここにいるのよリク!! あんた死んだはずでしょ!!」
「死んでないわよ!! こちとら24年交際も何もないまま生きとんじゃ!! 今日はチャンスだったんじゃいい感じだったんじゃ!!」
まぁ、こんな人だとわかっていたら付き合ってはいなかっただろうが……。
「大変っすね、猿渡も。急にモテモテのラブコメ主人公になれるなんて最高じゃないっすか!」
「大概お前のせいだ! バカ野郎!」
睦は、隠し持っていた縫い針を取り出し、無数の針をクエスに投げつけた。クエスは何かを呟くと、目の前に紫紺の魔法陣を浮かび上がらせ、その攻撃を防いだ。魔法陣が消えた瞬間、睦の渾身の飛び蹴りが来る――クエスはそれを両手で掴むと、その勢いを使ってグルグルと回し始め、壁に向かって投げた。
睦は壁にしゃがみ込むような態勢で両足をつけた。壁はヒビが入り、めり込んだ。その勢いを利用し、反動をつかってクエスに飛びついた。
目の前で繰り広げられるキャットファイトを見に、料亭内にいた人たちが大勢押し寄せていた。
…俺は、止めようとしたが……まぁ、無理だったわけで。
*
二人の取っ組み合いが終わり、今日のお見合いはお開きとなった。
別れ際、「テメェ、なかなか見込みがあるな……今度、盃を交わすぞ、兄弟の契りだ」などと、極道めいたセリフを残し、睦は去っていった。
俺はぐったりとしていた。
お見合いに成功せず、殴られ蹴られというとばっちりを食らって体も装備品もボロボロだった。
「さて、セイレン様、帰りましょうか♪」
「帰るって……Riaの世界にか?」
「違いますよー、セイレン様の、お・う・ち!」
「…へ?」
クエスは呪文を唱えると、魔法陣から光の門を召喚していた。
俺はクエスに引っ張られるまま、その中へと引きずり込まれていった。
もはや、抗う力も、術もないまま……。
こうして、クエスの来訪による、新たな戦いが始まった。
この、サイタマを起点として。
「なんか、行っちゃったね、猿渡君」
「あんな親戚がいるだなんて……大河くん、ちょっと大変そう」
「っていうか、あれ、本当にマジックなの?」
そんな彼らを他所に、落ちぶれた様子のメガネ部長が黄昏ていた。
「あれ、部長! どうしたっすか!」
「……須原君、これは一体、どういうことかね」
「へ?」
泣きながら、既に薄らいでいる髪の毛を一層乱しながら、部長は修理費27万円の請求書を持ったまま、佇んでいた。
その影に、この一連の動きを見ていた存在が、いるとも知らずに




