Chapter.End 「英雄の帰還」
「―――ヘルメスに育てられた猟犬、ヘルメスに救われた英雄。それが、俺だ」
その場にいた全ての人間が、ことの真相を知った。
俺の境遇も、ヤツの境遇も。
俺は剣を構えていた。癒えぬ毒を受けてもまだ、俺の闘士は残っていた。
目には生気が宿っていた。どうしようもない幻影を、それでいて、切なくも儚い過去の自分を、斬る覚悟ができたから。
老人を、20年以上騙し続けてきた自分に、決別するために――。
「…よくもまぁ、そんな冗談が言えたものだな。自分が自分で呆れるよ、全く――度し難い…憎い、忌々しい亡霊め!!!!!」
発狂したオルトロスが、血眼になった緋色の瞳をより赤く染めながら距離を詰めてきた。
両手から繰り出されるカタールの猛攻を、俺は剣で全て受けた。
過去の自分の全てを受け止めるように金属音を鳴り響かせた。
森に、人に、己に、全てに届くように、その音を響かせた。
かつて、死んだはずの自分に向けられた刃を奪うことで、相手の全てを奪った時のように、必死で、受け止めた。
「キサマは!! キサマは俺を超えられない!! そう俺が作ったからだ!!!! キサマは俺の闇を濃くするためのイケニエ!! どんなに粋がっても俺を超えることは不可能だ!!!」
でも、超えなければならなかった。それを終わらせなければならなかった。
その結末は、わかっていた。
結末をイメージできるからこそ、全身でその傷みに耐えていた。
体中に傷が増えていく。
次第に受け切れられない、オルトロスの狂気の猛攻に、俺は膝を屈し始めた。
「お前よりも俺のほうがレベルは上だ…!!!! いつまでも防ぎきれると思うな!!!」
「…こんなにも強かったんだな、昔の自分」
「……!?」
俺は、笑みを浮かべていた。
俺は屈した膝をバネにして、オルトロスに斬りかかった。狂い果てているオルトロスに、刃は容易に届いた。しかし、やはり致命的なダメージを与える寸前のところで受け止められ、いなされ、躱されていった。
スキル――“閃光突破”。
先刻リゲルが放った居合抜きではあるが、力も、技のキレも、スピードも、比べ物にならないほどの威力を発揮していた。
オルトロスの脇腹に剣が触れた。すれ違いざまに斬り裂く一閃の剣撃――。
オルトロスの腹部から血が流れだした――――が、次の瞬間には、俺が持っていたはずの剣を奪われていた。いや、奪うことにより、致命傷を回避したのである。
スキル“刀剣略奪”
俺の剣はオルトロスに奪われ、遠くに放り投げられた。
狂気の笑みを浮かべるオルトロス。しかし、次の瞬間には、その表情は歪んでいた。俺は別の武器を装備しなおし、オルトロスにスキル攻撃を仕掛けていたからだ。
――“一ノ強撃・龍爪”!!!!!
槍のリーチを活かした遠心力が、強烈な打撃スキルと相まって凄まじい破壊力を生んでいた。オルトロスは躱すことが叶わなかった。防御をすることがやっとであった。カタールで槍を受け止めながら、遠心力から生み出される強打の一撃を必死に耐えていた。
――“武具破壊”!!!!!
オルトロスは俺に振り抜かれる直前に、武器破壊のスキルを用いた。
カタールによって破壊された槍は粉々に砕け散っていた。
武器を失った俺に、オルトロスは体を捻らせ、大気ごと震わせるような気合と掛け声を発しながら、後ろ回し蹴りを俺の顔面に叩き込んできた。俺は蹴り飛ばされ、背後にあった大樹に激突した。
大量の血も吐いた。毒が回った体は、もう限界に近かった。よくもまぁあれだけ動けたものだと、我ながら感心した。
「…確か、その技は……得意技だったな」
「…!!」
「確かに、俺はお前には及ばない…だろう。俺にだってわかっている。本当の自分を超えるキャラを作ることはない。今の俺の、セイレンというキャラは、そうやって作られたのだから……でもな…」
清々しい気持ちになっていた。強さを極めようとして、たどり着いた最強の称号。
今一歩及ばない、かつての老人の背中が脳裏をよぎっていた。
「お前は、俺は、必死に超えようとしてたんだよな――他の誰でもない。俺たちの憧れであり、ギルドマスターであり、そして、人生をくれたあの人を…!!!」
俺は、そう言うと、頭の片隅に眠っている、もうひとつのアバターを、揺り動かすようにして、意識した――!
青白い光の柱が、俺を包み込んだ――。
「ま、まさか…そんな、キサマ…」
青白い光のエフェクトが薄らいだとき、そこには甲冑の騎士の姿はなく、紫紺と白の羽織のような装束に――胸元は、鍛え抜かれた強靭な肉体が垣間見え――袴のような脚絆を身につけ、ヤギのような、こめかみのところに角の生えた鬼神のような姿がそこにあった。
「あれは………修羅たる戦闘神」
クエスは、その圧倒的なまでに荘厳な姿を見て、そう呟いた。
「…修羅たる戦闘神?」と、ミリヤが尋ねた。
「…えぇ、ある特殊なクエストとアイテムを集めることによって転職することができる聖職系武道家職にして、ヘルメス・グラン・マハカーラの愛用した魔術系武道家職、絶望の破壊神と対を為す、Riaで最も破壊力を持つ鬼神……あの、ヘルメス・グラン・マハカーラが唯一出現を恐れたとされる、幻の力――」
神々しいまでの装飾に、気圧されるほどの威厳を放つその姿は、まさしく戦闘神。
「俺たちは、いつでもあの人を超えることを考えていた。無個性や、自分を卑下するような存在でいてはダメだった。自分を輝かせようとして、誰よりも強く自分よりも弱い存在を作ることで、俺たちは逃げていたんだ。でも、それも、この“アスラ”が全て吹き飛ばしてくれるさ。俺よりも、お前よりも、あの人よりも強くなったんだから――!!」
狼狽えるオルトロスを、一歩、また一歩と追い詰める。
セイレンは、これまでの人生を振り返っていた。
取り戻していた平凡な日々を、辛く塞いでいた過去を――。
出会った仲間との絆。
「…クエス、約束守れなくて、ごめんな」
クエスは、頭を左右に揺らしていた。
「アリア、見ず知らずの君に、筋違いかもしれないが、二人の今後を頼む」
アリアはこくりと頷いた。
「ミリヤ…立派になったな。」
そして……果たされることのなくなった、約束を――。
「俺がいなくなったら、あとのこと、この世界のこと……頼んだぞ」
ミリヤは涙を流していた。
これが、どういう気持ちで流れたのかはわからないが、ようやく、その人の傍に立つことを許されたような気持ちになったのかもしれない。
二人の誓いを掲げて、ミリヤは、涙をこぼしながらも、勇ましく構えていた。
「俺、あいつを倒したら、消えるから――」
「待ってください! いかないで、セイレン様…!!!」
クエスが身を乗り出しそうになるのを、アリアは必死に押さえていた。
ミリヤは目を閉じていた。
――ちょっと早いけど、転職祝いに、これやるよ。ホントは転職したあとに渡そうと思っていたんだけどね。
これまでのことを思い返しながら、ベル・クレイモアを握り締めていた。
――ところで、君はどんな職業につきたいんだ?
――……え、えっと、ま、魔法使い系か、聖職系がいいかなと・・・。
――お姉さんはねぇ・・・君は聖職系がお似合いだと思うなー! ドルイドに転職した時のあのコスチュームのスリットが何とも言えません!
たった数日間の出会いだったけれど、とても素敵な日々だった。
まだ、この世界に来てから慣れない私を、妹みたいに可愛がってくれた。
あなたはもう、一人なんかじゃない。
どこに行っても、ずっと、私たちがついているから。
あなたの過去がどんなでも、あなたが私たちにくれたものを信じているから。
「俺は、過去の俺を葬る。俺に光をくれた、このRiaに、平和を取り戻すために。俺はまた、英雄として――!」
スキル――“瞬天修羅”――!!!
オルトロスの目に、セイレンとヘルメスが重なる――。
かつて目標とした、その師の技が――。
膨大なエネルギーが集中する。時間が止まったように、世界はゆっくりと見えた。
その中心に、空間を歪ませるまでに力を溜めて、白い閃光が世界を包み込むと、亜光速の蹴り技が、オルトロスの体を…捉えた…! 空気が弾けた…!
右足が、オルトロスの胸を、肋骨が軋み、へし折られ、内蔵に喰い込むほど陥没させ、森の彼方へと弾き飛ばした。
体中から血を吹き出しながら、潰れた胸をよりいっそうへこまされながら、巨大な樹木を数本も貫き、なぎ倒しながら、影の自分は爆ぜていった――。
――あぁ…じいさん……やっと、俺は……―――――
土煙が引いた頃、森は恐ろしいまでの静けさに包まれていた。
その戦いの後の生々しさは拭えない、死んでいったものたちの命は蘇らない。
それでも、唯一絶対的な死と畏れられていた存在を葬ったことが、このRiaという世界において、平和をもたらすことにはつながっていた。
もちろん、まだ全ての脅威が片付いたわけではない。
しかし、英雄は、気づいていた。
――ごめんな、ミリヤ、クエス…やっぱり俺も、行かなきゃいけないみたいだ。
“自分を殺すこと”の意味に――。
遠くなっていく記憶の彼方で、老人と遊ぶ一人の少年の姿が見えた。
縁側で話す白髪頭の老人に、頭を撫でられながら――少年は笑っていた。
――おんらいんげーむ? なんじゃ、それは。
――もう、じいちゃんたら何も知らないんだね!
オンラインゲームってのは、インターネット上でできるゲームのことだよ、じいちゃん。
――買ってきたぞ、なんじゃったっけ・・・ふぁみこん?
――ちがうってば! そんなことより、早くやろうよ!
ボク、じいちゃんのために、アバター作ってあげるからさ!
ゲームで遊ぶ二人の笑顔。
笑顔に浮かぶ、そのシワの数が増えていったのは、いつからだったか。
――いつか離れ離れになっても、このじいちゃんのキャラを探しに来るから!
――よし、はじめよう! ようこそ、RiaOnlineのせかいへ!!
「セイレン様――!!」
既にその世界に、英雄の姿はなかった。
彼の名を呼ぶ声だけが、ただ虚しく響いていた。
――王都アストレリア北部郊外山地、砦アスガルド
ひっそりとして、冷たい風が吹きぬけていた。
誰も開いていないはずの扉が開かれていた。
風は木の葉を運ぶ。音もなく、それでいて、どこかに連れて行ってもらいたいと願っているかのように、この葉は風にせがんでいた。
やがてたどり着いた宝玉の間――誰もいないはずの広間には、広大な空間と、ギルドの紋章を象ったタペストリー。
その眼下には、玉座が置かれていた。
青白い光の柱が、玉座を包み込む――。
白髪に白髭を蓄えた老人の姿が、幽かに浮かび上がった。
――また会おう、小僧。わしはいつでも……
――ここで待っておる。
...to be continued........
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
作者として、感謝感激の極みでございます。
まだ話は続きますが、まずは一区切りということで。
続編はについては、本作品とはテイストが変わってきますが、ぜひご一読くだされば幸いです。
本当に本当に、ここまで読んでいただき感謝申し上げます。




