Chapter.21 「過去」
現実世界では、無個性を貫いていた。
でも、Riaに来て、俺は変わっていった。このゲームでの出会いが、俺の心に光を注いでいったから。
第二の魔王として、ゲームの裏世界の頂点となったその老人に、影ではなく光をもらった。
その時から、俺の無個性は覆されていた。
清廉潔白――なにものにも染まらぬ、永遠の“白”。
黒地に白い軌跡を描くかのように広がった。俺の心の闇は、清々しいほど晴れていた。
俺の――セイレンとしての、俺の目に再び光が宿った。
他人から相手にされないなら、こちらから歩み寄ればいい。
誰からも評価されないなら、何度でも築き上げればいい。
それでも、心を許したはずの者にさえ、見向きもされなくなったとしても、そんな自分に心を許し、信じ合える仲間たちに出会ってきたから。
確かに俺は、現実世界で罪を犯した。
拭いきれないほどの大罪を……償うべき罪から逃れて、生きながらえている。
でも――それは――――。
当時六歳だった俺は、両親に先立たれ、祖父母に引き取られたが、しばらくして祖父母は体を壊し、入院生活を余儀なくされていた。
俺は、隣の家に住んでいた老夫婦の家に居候することになった。
そこにいた老人は、閉ざしかけていた俺の心を癒してくれた唯一の人だった。
その老人と始めたのが、RiaOnline。
アバターを作ることを楽しんで、一緒に遊んでいた。
2002年12月9日――。
関東を中心に、大雪が降り積もった。
その老人は、俺の実の祖父母の快気祝いにと買い物に出かけていた。
その合間のことだった。
俺の居候していた家に、ある少年が、襲いかかってきたのは。
血の滴る部屋に立つ、自分がいた。
手には包丁が握られていた。
家族を奪った、自分を殺しに来たはずの少年を――。
俺は、いつの間にか刺していた――。
顔面に突き刺さったナイフが、未だに脳裏に焼きついて離れない。
正当防衛、そんな言葉を知らなかった幼い俺は、その場所から逃げるように立ち去っていた。
大切な家族を、守れなかった。
そして、人を殺してしまった――その出来事が、少年を深く傷つけた。
誰からも責められるような、赦されないような、置き去りにされたような思いだった。
殺してしまった少年とは、年格好もそっくりだった。顔も似ていた。そして、その少年に成りすましながら、俺はこれまで生きてきた。
老夫婦、老人の妻、老人の孫を殺した悪しき影の存在として――。
誰からも相手にされず、見向きもされなくなった俺に残っていた、温かい記憶――。
心を癒してくれた、老人との思い出。
どうしようもなく、合わせる顔もなかったが、オンラインゲームなら、誰にでもなれると思った。
その記憶をたどって、たどり着いた場所にいた――。
あの時、一緒に作った、老人のアバター。
老人は語っていた。
――わしがギルドを強くする理由か…そうじゃの…もうこの世にはいない、わしの孫がな……
――もううるさくてかなわんやつでな、やれふぁみこんだの、パソコンだのせがみおってな。
老人の語る中に存在する――かつての自分。
――まぁ、つまりは、約束したんじゃ。一緒に、“最強のギルドを作ろうよ”とな。
溢れていた思いが、零れていった。
その全てを流し尽くすまで。
“成りたい自分に成ればいい”
甘えていた人生に、恨んでいた人生に、老人は、自分に最も必要な言葉をくれたのだ。それは、現実世界で闇の道を歩んでいた俺に送られた、祖父としての言葉だった。
この老人こそが、自分の心を癒してくれた祖父であることを知った。
再び出会った老人から、俺は再び光をもらっていた。
表では、皮肉を口にしながら、老人を支える影の暗殺者。
裏では、そんな老人から心を救われた、老人から支えられる現実の自分。
裏世界で生きるということは、表世界で|華々しい経歴を積んで──《HERMESの猟犬として老人を助けること》──こそ花開くもの。光あるところに影有り、といって、清廉潔白を装って、実は裏で汚いことをやっている、裏世界で生きるということは、そういうことだった――。
老人は、このゲームにいるであろう、“孫を殺した犯人”を見つけるために、このゲームをしていた。
RiaOnlineは、魔王討伐が達成されれば、サービスが終了してしまう。
老人は、サービスを終了させないためにありとあらゆる悪事を働いていた。
いつの間にか、思わぬ方向で最強のギルドは築き上げられていた。
そのギルドを最強たらしめる伝説――そのためには、強者たるライバルが必要だった。
だからこそ、俺は白の騎士、“セイレン”として生まれ変わることを決めた。その時の自分の心としては、それに気づかず、ただヘルメスの野望を果たすために、影の栄光を築くためのライバルとしての存在をでっち上げるために作ったモノ。
いつしかそれは、本来の形をなくしていった。
RiaOnlineが魔王討伐を待たずして、サービスを終了することがわかったとき――。
強制終了で無念に潰えるよりも、本来の攻略による苦心の方が、よっぽど諦めがつくと思ったから――。
もう、これ以上、老人に苦しんで欲しくなかったから―――。
今さら本心も正体も明かせないけど――。
―――俺は、老人を救うために、仲間たちと、魔王を倒したんだ。
そのとき、俺はようやく――――成りたい自分に、成れたんだ―――。
―――ヘルメス・グラン・マハカーラは、俺の大好きだった……
――――おじいちゃんだ。




