Chapter.20 「真相」
始まりは、ある老人との出会いだった。
その老人は、表では鍛冶屋を営み、金をたんまりと稼いでいた。裏では、プレイヤー殺し、営業妨害、狩場独占、攻略妨害など、ありとあらゆる御法度行為に手を染めていた。いつしか、老人のギルド“HERMES”は、Riaをプレイする者たちにとって必要な武具を揃えるための金字塔となり、その一方で、Riaを攻略したいプレイヤーたちにとっての脅威となった。
その老人の名が、第二の魔王…燻銀のマハーカーラと呼ばれた、ヘルメス・グラン・マハカーラだった。
その出会いが“俺たち”を生んだ。
ゲームとはいえ、裏世界を生きていきたい。そういう闇を持った俺に後押しをしたじいさんの言葉――。
――“成りたい自分に成ればいい”
そう言ったじいさんの言葉が、俺の中の何かを変えた。
――裏世界で生きるということはな、表世界で華々しい経歴を積んでこそ花開くものじゃ。光あるところに影有り、といってな。“清廉”潔白を装って、実は裏で汚いことをやっている、裏世界で生きるということはそういうことじゃ。
「…そうして、お前が生まれた。“セイレン”」
白銀の甲冑の男――。
セイレン・アルージェは、オルトロスの影をより濃くするための栄光。
二つの異なるアカウントから作られた、別の固体でありながら、同一の存在。
かつて、オルトロスとして生きていたころの自分が、自分たちのギルドを際立たせるために作り上げた存在であった。セイレンという存在が武勲を上げ、強者としてのレッテルが張られるようになったころ、自分たちと対峙させ、そして、ヘルメスが撃退する。あの恐ろしくも凛々しく、善人で、逞しくも凄まじく強い騎士が、暗黒の武勲を立て、汚名も不名誉も全て看板にして君臨する最凶の暗殺者に敗れたとなれば、オルトロス、いや、ギルド“HERMES”の悪名が轟き、不変の伝説となる。
そのために作られた道化であった。
オルトロスの語りに黙したまま、ただひたすらに朧げな表情を向けていた。
「…お前は俺のために生まれた。清廉潔白を装うための華として。俺が裏の世界で堂々と影を黒く染め歩むための存在。お前は俺でありながら、影たる俺の、影でしかない。セイレンとは、その為の名だ」
雷鳴が鳴り響く。雨は激しさを増していく。
佇む影の英雄と、雄弁に語る栄光の影、その二人を見つめながら、彼女たちはただ黙していた。ある少女を除いては……。
「なぜ、そんなことのために……」
ミリヤがそう尋ねた。
「キサマごときが、俺の気持ちなどわかるはずがない」そう答えながら、オルトロスはミリヤを睨み返した。
そして、オルトロスは過去を語り始めたのである。
……現実の世界で俺は、誰にも相手にされず、評価もされず、見向きもされず、ひとり孤独に生きてきた。親も早くに死んだ。祖父母に育てられたが、俺の心を満足させるものは何もなかった。
いつしか俺は心を閉ざした。
他人から相手にされないなら、こちらも無視をすればいい。
誰からも評価されないなら、何も持たなければいい。
それでも、心を許したはずの者にさえ、見向きもされなくなったなら、否定すればいい。
俺は、そんな人の幸せに甘えて優雅に生きる、そんなやつらが憎かった。
ある日、俺は――幸せそうに祖父母たちに囲まれる一人の少年を見て―――
――俺は、過ちを犯した。
俺が、まだ年端のいかない、幼いガキのころの話だ。
俺は、別の自分になりたかった。
弱い弱い自分を埋め固めるほどの強い、最強の、影の存在に。
何者にも屈せず、屈さず、何者も畏れず、何者も打ち砕く、そんな存在になりたかった。
「…今更何人殺そうと変わらん。ましてや、俺にとっての現実ではない、この世界でなら。俺は、いくらでも強くなれる…そうだろ、もう一人の俺!!!」
誰も、言葉が出なかった。
英雄の過去を知った誰もが、その言葉を疑った。
「そして、お前は不変の伝説を作った。“魔王を討伐する”という偉業を…!! 俺は、そんなお前を討ち取ることをどんなに心待ちにしたことか。英雄となった今のお前を屠ることで、俺は、俺の闇をより強大に、濃く、深淵に、更に、強くさせる!」
それは、オルトロスの放つ雄弁な嘘かもしれない、それは解っていた。
しかし、セイレンの曇った表情を見て、誰もがその話を真実だと受け止められない道理はなかった。――やはり、一人の少女を除いては。
「…私は、信じません」
そんな沈黙を破ったのは、ミリヤだった。
「…私は、セイレンさんのこと、まだ何も知らないけれど、セイレンさんは優しい人です。見ず知らずの、私のことを救ってくれた、恩人だから」
その言葉を聞いた、不機嫌そうなオルトロスが反論した。
「…それは俺の偽善だ。本心からではない。なぜなら、本物は俺だ、俺の心だ。誰よりも何よりも、俺の心が俺を動かしている!! その俺の心が、俺の存在を際立たせるだけに作った存在が、本心でキサマなど救うはずがどこにある!!」
オルトロスは、珍しく感情を高ぶらせていた。声を荒らげて怒鳴ることなど、これまでなかったからだ。
そんなオルトロスを見て、クエスも声を大にして叫んでいた。
「でも、セイレン様は、あなた様よりもずっと――わたしを必要としてくれた! “道具として”ではなく、人として、そばにいて欲しいと、そう言ってくれた! …オルトロス様の弱い心が彼を生んだというのなら、セイレン様は、ホントに弱い人です。そう思う。でも、自分の弱さを認めて、他人を必要として、そっと温めてくれる優しい彼は、絶対にあなた様とは違う!」
「…キサマ、俺の下僕が、何を言う!!」
オルトロスの叫び――震える空気の振動が、その場の雰囲気をも震わせていた。
「そう、わたしは確かに、オルトロス様の下僕だった。あなた様がこの世界に来たとき、わたしは確かに、あなた様の役に立てるようにと誓った。だからこそ、あなた様に協力した。セイレン様を誘導し、特務機関に見つからないように図らってた。でも、あの砦で見た、セイレン様の姿は――ミリヤちゃんを助けた時だって、わたしの涙を拭いてくれた時だって、笑ってくれてた。そんなセイレン様に、わたしは、わたしは……ずっと、騙して……」
「…クエスさん……」
いくつもの真実が明らかになっていった。
いくつもの思いが交錯していた。
いくつもの涙があふれては、こぼれていった。
ミリヤはクエスの涙を拭って、「気にしないで」と励ました。
アリアはそんな二人を、ただ見ていた。
いつのまにか、雨は少し安らいでいた。
優しい雨が降る。渇いたその男の心に染み渡るように。
これまで接してきた、複数の出会いが、記憶が、言葉が、彼を奮い立たせる糧となった。
そして、取り残されたように黙していた白銀の甲冑の男が語り始めたのは、それから間もなくのことであった――。




