Chapter.17 「一閃・雷光」
意識は朦朧としていた。
それでも、剣は離さなかった。
自分の前に立ちはだかる、圧倒的なまでに強者を捉えて、ミリヤの目は動かない。
金龍偃月刀を背に構え、イグニスはミリヤを見下ろした。そして、笑っていた。全く、勝ち誇った俗な者ほど、よく笑うものはいない。
そう呆れ果てた騎士団の女が、身の丈ほどもある魔導杖を構え、突如気配なくイグニスの背後に張り付いていた。
気の緩み――その慢心が招く結末は、身を焦がすほどの雷撃だった。
スペル――“鳴神の一閃”。
光が轟く。術者を中心として、雷の柱が押し寄せる。避雷針となった術者から発せられた雷光は、轟音を響かせて、イグニスの全身を貫いた。
雷の柱、閃光が止んだ時、魔法陣の中心に立つアリアの姿があった。
“鳴神の一閃”に貫かれたイグニスはその場に崩れ落ちた。全身を焦がされながら。
「間に合った…のかしら…? 大丈夫、ミリヤ…殿?」
事前に聞いていた印象と異なるミリヤの姿に、少し戸惑うアリアをよそに、遠く、血まみれで倒れている、リクの元にクエスは立っていた。
そして、しゃがみこんだ。
半開きの目をそっと手で閉じた。「…バカ女」と呟くと、リクの頬を二つの雫が伝って流れていった。
――うっさいわね、ゴミ虫。あんたみたいなまな板は包丁のサビになって捨てられちゃえばいいのよ。
――だぁれがまな板だツインテドリル娘! あんたのそのドリルみたいなクリンクリンで地面に穴でも掘ってなさいよ!
いつもいがみ合っていた。本当は、気が合うことは知っていたけれど……。
「ホントに…ゴミになってどうするのよ」
不謹慎な言葉のはずが、二人の間にあった長い時間を物語っていた。
その頭を抱きかかえながら、クエスは泣いていた。
アリアはその様子を眺めていた。言葉を失っていた。
無言のうちに、視線をイグニスに向けた。――動かない。
そして、構えていた杖を下ろし、ミリヤに歩み寄った。
「…あ、あなた…は、だ…れ…?」
「喋らないの。…傷、見せて」
アリアはミリヤの右脇腹を、服をたくし上げて調べた。
――裂傷である。このままでは危険だと判断したアリアは、クエスを呼んだ。
クエスは涙を拭きながら、丁寧にリクの頭を下ろし、体を整え、腕を胸の前で組ませた。そして、少し残心しながらも、ミリヤの元へ駆け寄った。
「ミリヤちゃん…ごめんね、すぐ、手当てするからね。ごめんね…」
クエスの言葉が、ミリヤに染み渡った。
ごめんね、と、呟くクエスの唇が、とても乾いて見えた。
急いで駆けつけてくれたのか、と、ミリヤは察した。
クエスは治癒魔法を唱えた。
見る見るうちに、ミリヤの傷は消えていく――痛みも和らいでいった。
「…ク、クエスさん、私――」
「…綺麗になったね、ミリヤちゃん」
「…クエスさん……私…」
――守れなかった。そう、伝えたかった。
「――ありがとね。わかってるから、ミリヤちゃん」
ミリヤの目から、涙があふれた。
「…ごめ…んなさ…い。私が、弱いから…私が…」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、クエスにしがみついた。クエスはそっと抱きしめた。ずっと、「ありがとね」と、ミリヤに伝えていた。ミリヤは謝り続けていた。
雨が降り始めた。そびえ立つ大樹の葉が、優しく森を包んでいた。
土砂降りではないにせよ、高揚した気持ちを鎮めるには十分だった。雨は森の樹木の葉にあたっては垂れていく。そのため、次第に強くなる大雨でさえ、彼女たちを、これ以上酷く濡らさないでいた。
アリアは、再開する二人の感涙を眺めては、何度もその男に目を落としていた。
五行宗星…紅蓮の星、イグニス・メラフレア――。
火を司る男が、“克性”の金(雷)属性を受けて、こうもあっさりと沈むはずがない。
五行相生。Riaでは五つの属性がある。
木は火を活かし、火は土を活かし、土は金を活かし、金は水を活かし、水は木を活かす。
それぞれ活性という。
前者から後者への攻撃は耐性となり効果が半減する。
対して、後者から前者への攻撃は、効果がやや強くなることを反活性という。
そして、
木は金に弱く、金は火に弱く、火は水に弱く、水は土に弱く、土は木に弱く。
それぞれ克性という。
後者から前者への攻撃は弱点となり、効果が倍増する。
対して、前者から後者への攻撃もまた、効果がやや弱い、これを反克性という。
つまり、アリアの放った金性の雷魔法は、火性のイグニスにとっては反克性。
攻撃の効果は薄いはず…杞憂であれば良いが…。
「二人とも…雨も降ってきたことだし、あの御人を弔わないと」
治癒はほぼ済んでいた。雨は地面を濡らしていた。
ミリヤは自力で立ち上がると、ぬかるみに気をつけながらクエスと共にリクの元まで駆け寄った。
クエスはミリヤを抱えようとした――。
「――ど、こ、へ、行くんだ、テメェら……」
金龍偃月刀を防ぐミリヤ。両手で剣を持ち上げて、渾身の力で振り下ろす、イグニスの攻撃を耐えていた。
「俺が火属性の防具を身につけていて良かったぜ、ウィザードの女」
イグニスは全身の力を込めながら、ミリヤをねじ伏せようとしていた。
アリアの方へ視線を送りながら、狂気じみた笑みを浮かべている。
アリアは金性の魔法使い――イグニスに効果的な属性魔法を持っていなかった。
しかも、ミリヤに張り付いている以上、迂闊に手は出せない。
ミリヤは力負けしていた。ついにその膝を地につけ、雨でぬかるんだ泥が、べったりと右足についている。
「――終わりだ! 女!!!」
勝ちを確信したイグニスは、刀剣を上に振りかぶった。
ミリヤからその身が離れた一瞬を、アリアは見逃さなかった。
スペル――“雷光”!!
雷の矢がイグニスに突き刺さる。反克性がある以上、大したダメージは与えられない。イグニスはニヤついた。こんな攻撃は屁でもない、そう思った。
しかし、アリアもまた、ふと微笑みを見せた。
そう、この一瞬の隙さえ生むことができれば、それで良かったのだ。
イグニスももちろん気づいていた。
気づいてはいたが、ぬかるんだ地面に足元を取られ、体勢を崩していた。
――“一ノ強撃・龍爪”!!!!!
剣戟の一閃――。ミリヤの放つ強力な一撃が、イグニスの鎧を打ち砕いた。
ミリヤの放つスキル、強撃は、強力な打撃を加える剣技である。鞘に収めたこの剣技は、武具破壊を目的とした技であった。
もちろん、ミリヤは無意識に使っているのである。
無意識下での攻撃、セイレン同様、冒険者に許された能力。
その職の特性を得ることにより、身体能力を存分に扱うことができる常用能力。
鎧が打ち砕かれ、かつ強力な打撃を受けたイグニスは、弧を描きながら宙を舞っていた。しかし、まだ息はある。
常人の理解を超えたしぶとさに、アリアは追撃を加えた。
――スペル“鳴神の雷鎚”!!!
イグニスの真上、真下を挟むように、紫紺の魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣から魔法陣を通り抜けるように、稲光が轟く。
目が眩むほどの閃光がほとばしり、青白く、時に赤く染められた陰残な――強大な雷がイグニスの体を灰にしていく。
もはや、雷を守る鎧はない。
言葉もなく、イグニスは、文字通り塵となって、消えていった。
「ほら…見なよ、まな板女……ミリヤちゃん、強くなったよ――」
黙したまま何も語らぬその人は、心なしか安らかな表情をしているように見えた。
「――ありがとね。こんなになるまで、この子のために戦ってくれて……」
こうして、ミリヤの初陣は、アリアたちの助けを得ながらも、勝利で締めくくられた。




