Chapter.16 「五行宗星」
――サンシベリア王国、王都アストレリア、宮殿。
荘厳の空間。
厳粛なる王の間。
扉を抜けると赤い絨毯が敷き詰められ、正面方向に伸びている。
その絨毯をたどると、十段ほどの段差があり、その段差の上に二つの――いや、三つの玉座がある。
正確に言えば、中央の玉座は空席であり、その左右に、また二つの玉座がある。
二つの玉座のうち、こちらから見て左側に王が鎮座されている。
今しも絨毯を踏みしめ、かちゃりかちゃりと甲冑を揺らし、左脇に甲を抱え、赤いマントをはためかせ、歴戦の勇士たる厳つい男がやってきた。
玉座を仰ぎ見ると、男は膝を折り、忠誠を捧げる――王への謁見である。
「…王国騎士第一士団主席並びに王国騎士団統括、ビオラント・ユエグイッシュ将軍。此度の一件、何故なるや。申してみよ」
ビオラントは、申し上げた。
「畏れながら…この度の、ラ・ステラでの騒ぎ、その渦中にある原因――」
――英雄、セイレン・アルージェの光臨によるものと思われます。
――聖殿“剣聖の護廷”。
「女……てめぇ、よくも俺様の顔に…傷を……!!」
瓦礫から起き上がる男。
緋色の髪に黄色い目、すっきりとした顔立ちは…左頬に打撃を受けて傷がつき、やや見る影はなくなっている。
赤い衣に身を包み、燃えたぎるような頭身は、さながら紅蓮の炎――。
「俺は、ヘルメスの“五行宗星”……紅蓮の星。イグニス・メラフレア」
ゆっくりと立ち上がり、右手で左の頬を拭いながら、イグニスは笑った。
「嬉しいぜ…雑魚ばかりで辟易していたところだ。ミリヤ・ユニクスとか言ったな。先程は無礼を働いた。許せ――その代わり、今度は俺様の剣技を魅せてやる」
イグニスは背に掛けたその刀身をゆっくりと抜いてみせた。
「――金龍偃月刀。我が王の鍛え上げた、業物だ」
槍のような長さの柄に、美しく湾曲した幅の広い黒い刃に、黄金の龍が刻印された宝刀級の武器。アサシンギルド“ヘルメス”のギルドマスターが鋳造し、愛用した十二の武具のうちの一つ。それが、金龍偃月刀である。
その刀剣がただものではないことは、もちろんミリヤも察していた。
剣士クラスになった冒険者は、相手の持つ武器の特徴をすぐに理解できる常用能力を得ることが出来る。(もちろん、常用能力を持つことができるのは、冒険者だけである)
「…あなたの武器がすごいことはわかった。けど、持ち主の力量がそれに伴っているとは限らない…ですよね」
「言うじゃねぇか小娘風情が……!」
頭に血が上ったイグニスは刀剣を構え、ミリヤ目掛けて一直線に駆け抜けた。
――疾い!
地面に剣先を引きずって、ミリヤの周囲を縦横無尽に走り回っている。
その一瞬、ミリヤの背後にイグニスは迫った。
ミリヤはその気配に気づくと、体を左に反転させながら受けの姿勢を取った。
しかし、もう既に、そこにはイグニスの姿はない。
「――ここだ、小娘」
死角――。ミリヤの反転する体に合わせ、背の向く方向に体勢を落としていた。
イグニスは、深く落とした腰から、捻り上げた体を瞬時に戻すように刀剣を振るう。ミリヤは間一髪、刃の部分を避けることはできた――が、柄の部分を避けることはできず、もろに脇腹に攻撃を受けてしまった。
「…きゃっ!!」
袈裟薙ぎを受けて弧を描くミリヤは、それでも空中で体勢を整え、着地に成功した。右の脇腹が軋むように痛む…初めて味わう苦痛に悶えながらも、ミリヤは剣を握り締め、特攻する。
ミリヤの剣を受け、弾き、イグニスの剣戟を躱し、受け流す――。
ミリヤの特攻も、イグニスに負けじと劣らず素早い。身のこなしが靭やかで、その柔軟性は男には到底たどり着けない境地にあって…それでいて、絶対的な弱点を示すものであった。
死角からの蹴り――実戦が初めてのミリヤにとって、対人戦闘に熟れたイグニスの不規則な攻撃は、通り一辺倒なミリヤの型では防ぎようがなかった。
「…ふん、脆いな」
そして、絶対的な弱点とは、その靭やかさの裏側にある、致命的な防御力。
斬られないにしても、このままでは時間の問題である。
その上、立て続けに右脇腹に攻撃を受けていては、ひとたまりもない。
ミリヤはついに、膝をついた。
「…い、痛い……でも、私は――」
「よく戦った、と言いたいが、ゲームオーバーだ。小娘。お前の腎臓はもう致命的だろう」
イグニスの言うことは、よく理解っていた。
動けないほどの、息もできないほどの激痛が、ミリヤを襲っていた。
「さぁ、足を切ろうか、腕から行こうか。それとも…ひと思いに殺戮してやろうか」
イグニスの狂気に満ちた笑みがミリヤの目に映る。
「――意地張ってるからこうなるんだ。最初の一撃の時、刀身むき出しだったなら、俺もおっ死んでいたってのによ」
負けられない――でも、曲げられない信念――。
真っ直ぐに進むと決めた。強くなると決めた。
歩幅も合わない、遠く及ばない――それでいて、近くて大きな背中――。
私は、その人に振り向いてもらえるのを待っている。
その人が待ってくれているのを……私はただ、追いかけている――!
「…さぁ、選ぶんだ。どこから落として欲しい?」
――それでも、体は動かなかった。




