Chapter.15 「桜花の剣士」
――聖殿、剣聖の祭壇
「――汝に問おう。力とは、何か」
祭壇に立つ剣聖。もうすでにこの世にはいない、思念体のような、白いコートを着た剣客の老人。
冒険者を見極め、身を、魂を清め、清廉なる剣士としての人格を備えるものかを判別し、剣を託す者。
「・・・ち、力とは」
「・・・はぁ」
剣聖の突然のため息に、ミリヤはきょとんとした。
「まぁあれだよ、もう何十年、何百年とおーんなじこと聞いててさぁ、飽きちゃったんだよね」
「・・・は?」
剣聖たる厳格な剣士が、突然フランクに話しかけてきた。
祭壇に寝転がり、丸いなにかをバリボリ口にし始めた。
「・・・ち、ちょっと! そこ祭壇ですよね! えと、それってあ、あの・・・神様への冒涜とか何かじゃないんですか?」
「あーそういうのもうめんどくさいから。いいの、いいの。ほんで・・・キミ、転職しにきたんだろー?」
「・・・は、はい!」
ミリヤは身構えた。一体、どんな試練が待っているのだろうと。
悪魔と戦ったり、瞑想して精神統一をしたり、聖殿の奥にある宝石的な物を取りにいったり・・・様々なイメージが沸いた。
――一体、どんな試練が・・・?
「じゃあはい」寝転がる老人が手をこちらに向けた。「転職完了ー!」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」ミリヤはこれまで出したことのないような声で、驚いた。
ミリヤの体は光に包まれていった。
「最近じゃもう上級職とか、はたまた最上級職とか、なんとかが流行しててねー。剣士になるステップ、もう省略されてるんだよねー」
ミリヤの荘厳なる転職へのイメージが、崩れていった。
崩れるのと同時に、ミリヤを包んでいた光が、ミリヤを剣士の姿へと変えていった。
桜花色の長髪に、燈花色のマントに身を包み、清廉なる白のコートを身に纏う可憐な剣士。
転職前のあどけなさは無く、背も年格好にも幼さは残らない。
「スカートは俺っちの計らいでミニにしといたから、そんじゃ、がんばって」
すべての感動を過去にする・・・怠惰な剣聖の一言にミリヤは不快感を抱きながらも、外に待っているであろうリクの元へ、思いを馳せた――。
気が付くと、ミリヤは聖殿の入口に立っていた。
風が吹き荒れた。風は桜花色の長髪を後ろに流していく。
壁に激突するナニカが、ナニカを弾き飛ばしたのまでは理解ができた。
スロー再生される世界で、ミリヤは血飛沫をあげながら、遠くに落下していく女性を見た。
目が、それを捉えて離さない。
聖殿の壁を破壊する音は、それは凄い衝撃で、普通なら怖気づいていたけれど、ミリヤはそれ以上に、目に映る光景を疑わずにはいられなかった。
――助けてくれた人に、恩を返したいってのはわかるけどさ。
リクの言葉が、ミリヤの頭の中で何度も思い起こされる。
――あんたが背伸びをしたら、余計セイレン様も背伸びをしなければならなくなるよ。
――なんてったって、あんたを誰よりも大切に思ってる。
今日一日しか一緒にいなかったけれど――それでも――。
――あんたが成長した姿を一目でも見せて、安心させてやりなよ。
私は、あなたに最初に見て欲しかった――。
自分の成長した姿を――。
――それが、一番の恩返しだとあたしは思うけどね。
リクさんへの、恩返し――。
――転職、おめでとう。ミリヤ。
ヨタヨタと、階段を降りるミリヤの目に、力は無かった。
脱力さ、気だるさ、そういう類の絶望感。
「――おーおー、今度は随分と可憐なお姉さんだなぁ。もしかしたら、さっきのよりこっちのほうが美人かもしれないな。俺のオモチャにぴったりだ」
壁に埋まっていた巨体がゆっくりと起き上がった。
瓦礫を被った体を揺すって、徐ろにこちらを見た。
「パイロン、面白そうだ。その女を捕えろ」
リクの元へ、脱力しながらゆっくりと歩みを進めるミリヤの背後から、パイロンはその巨体を近づけている。
その背後に立ってなお、ミリヤはパイロンに反応しない。
巨体はその重々しい両腕を広げると、ミリヤを捕らえようとその両手をミリヤの体へ差し向けた――。
「――“二ノ強撃・朦朧”」
巨体は突然足元を掬われたかのように、横転した。地に沈む巨体は、大量の埃を巻き上げて重々しい地鳴りを上げている。
ミリヤは剣を構えていた。美しい白銀の剣――ベル・クレイモア。
鞘に剣を仕舞ったまま、帯刀の構えをしたまま、ただ真っ直ぐを見ていた。
「何が・・・起こった・・・?」
突然の光景に、イグニスは驚愕していた。
うら若き乙女が、あの巨体を薙ぎ払ったのだ。
パイロンはその巨体を再び起こすと、怒りに満ち溢れた表情でミリヤを見つめた。
もはや、狂人と化したその巨体には、主人たるイグニスの言葉は届きそうにない。
キレた巨体を、全身覆い隠すようにガードしながら、パイロンは例のスキルを使った。
「“重力突破”」
渾身の力を込めていた。その場から飛び出そうとする瞬発力を蓄え、蓄え、蓄え、その巨体が巨大な礫と化して、超急速的に勢いを増した砲弾となる。
パイロンは溜めることをまだやめない。圧倒的なまでに鉄壁――そんな自分を転がせた、この女に、プライドを踏みにじられた女に、明確な殺意を込めて。
「殺す…殺す……殺す・・・コロス!!!」
放たれた砲弾。溜めに溜めた膨大な重力の砲弾。リクを一撃で葬った魔弾。
超急加速しながらその身に炎を宿し、ミリヤの背中に瞬時に迫った。
――“終ノ強撃・猛襲”
靭やかに魔弾を躱す――魔弾に向かって、その突進を華麗に回避しながら――その身のこなしが一線の流れを刻み、超加速する巨体を切り裂いた。
いや――切り裂いた、というのは語弊があった。
ミリヤは一度も、その剣を鞘から抜いてはいなかった。
傍目から見れば、ただの打撃による攻撃で、巨体から血飛沫を上げさせたことになる。
「――あの女…一瞬であの重装備を砕いて、超加速と重力に耐えられなくしやがったんだ…。いくらパイロンの体躯とは言え、あれだけの超加速と瞬発力で放たれれば、空気抵抗は並大抵ではない。重装備に守られていたそれを外してしまえば…あとは勝手に自滅するだけ――この一瞬でそれを見抜くとは…なんて女だ…!」
パイロンは砕け散った重甲冑をボロボロと落としながら、すでに意識を失った体を、超加速のブレーキを踏めないまま、壁に激突し、絶命した。
「…次は、あなたの番です」
鞘に収まったままの剣をイグニスに向けて、ミリヤは言った。
「――ほう、甘く見てくれるではないか、女。俺を誰だか知って言っているんだろうな」
「・・・知るわけないでしょう。どこぞの馬の骨か知りませんが」
ミリヤはリクの方に視線を落とした。
「…そちらに倒れていらっしゃる方は、私の恩人です。早く町にお連れしたいので、どうか消え失せていただきませんか」
先ほどのような、気だるい目で、イグニスを直視した。
闘気がむき出しになる。剣士となったミリヤは、可憐で、逞しく、圧倒的なまでに凛としていた。
「――この可愛い姉ちゃんが、恩人か」
そう言うと、イグニスはその体を起こしながら、血だらけの頬を舌で舐め始めた。
「――旨いね。やっぱり美人の血の味は最っ高に旨い」
ミリヤを挑発するように、リクの体の隅々を弄る。
ミリヤは、とてもその様子に耐えられなかった。
「――可愛かったぜ? お前が殺したあのデカブツに何度も何度も魔法を仕掛けてよ、手も足もでなかったんだ。あっという間に弾き飛ばされて、今はもうこのザマだ。死ぬ前に一発お相手してもらいたかったんだが…まぁ、死んだあとでも、変わんないよな」
――あんたが成長した姿を一目でも見せて、安心させてやりなよ。
ミリヤの中で、何かがハジけた――。
下衆な笑い声に耳を傾けて。
――それが、一番の恩返しだとあたしは思うけどね。
狂おしいほどに、頭の先からつま先にかけて――。
煮えたぎる怒りを剣に変えて。
リクの言葉が木霊する。
――あたしにも妹がいたら、こんな感じになるのかな。
次の瞬間――イグニスの顔面には鞘に収められた剣が当てられていた。
全身全霊の力で振り抜かれ、その体を彼方まで吹き飛ばした。
聖殿の壁に激突する体。瓦礫に埋もれた中から顔を押さえながらゆっくりとその体を起こし、イグニスは敵意を向けていた。
「…あなたたちみたいな、下賎な連中に、この剣は穢させない」
一歩、また一歩と突き進む。桜花色の髪をたなびかせ、燈花色のマントをはたつかせ、その剣を胸の前で真っ直ぐに、何かに誓いを立てるかのように、十字に構えた。
前進する可憐な乙女は、真っ直ぐな心で、悪と対峙する。
可憐な剣士へと成長していた――。
「…剣士、ミリヤ・ユニクス――参ります」




