Chapter.14 「Class Change」
英雄。
私にとって、それは、とても遠い存在だった。
駆け出しの冒険者である今は、その輝かしい功績が眩しくて、とても見つめていられない。それでも、私は、狂おしいほどに、その後ろ姿を追いたくて、追いたくて、追いたくて。
歩幅の合わない道を歩きながら、私は、あなたが振り向いてくれるのを――。
――聖殿、“剣聖の護廷”。
「あたし、ここで待ってるから」
「・・・リクさん。本当にありがとうございました」
「いいのいいの、これが仕事なんだしーこの前なんてさ――」
リクは得意げにこれまで転職させた人たちの話をし始めた。
こうなると、誰かが止めるまで話し続ける・・・ミリヤは苦笑いした。
「・・・リクさん!」
「――え、あ、ご、ごめん! いつものクセで、あはは…」
「・・・い、行ってきます」
鼻息を荒げながら、緊張した顔を紅潮させてミリヤはそう言うと、聖殿の中へ入っていった。
「――頑張ってね、ミリヤ」
リクは、背後に迫る数人の影に気づいていた。
「――何者だ、女。本当は全員殺せと言われているのだが・・・女、おまえの美貌に免じて、返答次第では生かしてやる。ただし、この俺、イグニス・メラフレア様の性奴隷として、だがな」
――こいつは、やばい。
リクは一瞬でそう思った。
その空間をピリピリと痺れさせるような威圧感というものはあるだろう。イグニスと名乗る男は、全身から燃えるような熱さを感じさせる闘気を放ちながら、リクの前に立ちはだかった。
それでも、自分の後ろに守るべきものがある以上は、絶対に引くわけにはいかなかった。それに、もし転職が終わってミリヤがここに出てきたとき、間違いなく二人とも殺されてしまう。
誰かが助けに――いや、こんな森の奥まで来るのは、アイテム集めの商人か、転職目的のルーキーくらいだ。
ならば、ここで戦うしか――いや、勝てる見込みはない。
でも――。
リクは、覚悟を決めた。
「スペル!!――“毒蜜蜂の矢”!!」
速攻。それしかない。
正面切っての攻撃ではあるが、多少でもダメージを与えられれば、追加効果の毒を与えることができる――はずだった。
――その男は、不敵な笑みを浮かべていた。
「――パイロン!!!」
その声に応じて、そばに控えていた重甲冑の男がイグニスの前に出ると、防御の姿勢を取った。リクの放つ無数の毒針は、その重装備に全て弾かれていった。
「そ・・・んな・・・」
「――なるほど、それが返答か。残念だなぁ、遺憾だなぁ…腹立たしいなぁ…!!」
一言一言を重ねるごとに、その狂気を増していく。
イグニスの放つ重圧が、リクを追い詰めていった。
それでも、攻撃をやめることはできない。
何度も、何度も魔法を放つ――どの角度から放っても、パイロンは的確にその毒針を防いだ。もちろん、パイロンの隙を突いてみたりもしたが、どれも徒労に終わった。
「終わりか・・・? ならば、仕掛けてやれ、パイロン」
リクの魔法攻撃が止むと、防御の姿勢を取っていたパイロンは、その重装備の隙間からリクを視認すると、その姿勢のままリクに向けて突進攻撃を仕掛けた。
「スペル――“魔法防壁”!!」
リクの正面を紫紺に輝く魔法陣が現れる。魔法職は総じて防御力が低い。あの重甲冑でまともに突撃をされればひとたまりもないだろう。防御の魔法、“防壁”を会得するのは魔法職の基本中の基本だった。これで、ある程度の攻撃なら防げ――。
「スキル“重力突破”」
タイミングが、ややずれた。敵が衝突するタイミングを防ぐには、ぶつかる瞬間に威力を最大限に込めるしかなかった。重力突破を使ったパイロンは、急速にブレーキがかかったかのように鈍足になった。パイロンの周りに重力の重みが集中し、溜まりに溜まったエネルギーが、魔法防壁が少し緩んだ頃合に、急加速する重甲冑の砲弾として、一気に放たれた――。
紫紺の魔法陣は砕け散った――。
宙を舞う魔法使いの姿があった――。
重甲冑の超急速突進によって、弾かれ、体を回転させながら――。
口からは血を吐いていた――。
短い人生だった・・・まだ20年と少ししか経っていないのに――。
あーあ・・・少しでも・・・白馬の王子様のような・・・
素敵な人に助けに来てもらえること、期待してたんだけどな――。
落下しながら最期にリクが目にしたのは・・・
聖殿から出てきた、桜花のように鮮やかな――。
燈花のマントに身を包み、凛として可憐な――女剣士。
「そっか・・・ミリヤか・・・」
転職、おめでと――
…グシャ――。
リクは、イグニスの足元付近まで吹き飛ばされ、頭から地面に落下した。




