Chapter.13 「道中閑話」
「・・・皮のマントに短パン、長袖の白いシャツに皮のグローブと靴。茶髪で目が澄んでいて可愛くてキュートで頭をポンポンしたくなってくるおしとやかな女の子――と、えーっと・・・」
「まな板ゴミ女♪」
森から聖殿へ向かう途中のことだった。アリアは見たこともない少女を守るという使命を引き受け、その少女、ミリヤと付き添いの女の特徴を聞いていた。
「特徴の形容が極端すぎやしないかしら・・・」
クエスのにっこりとした罪な笑顔に、引きつった笑顔しかできなかった。
森はざわめいていた。悪しき脅威に満ちた侵入者を抱くには、この森はまだ若すぎるのである。そのそれぞれが身を左右に身震いさせながら、ただひたすらに通り過ぎるまで耐えるしかないのだ。
そういう痛みを抱えた森が、悲鳴をあげているような気持ちにさせられるほど、不気味なまでにざわめいているのである。
斯く言うアリアも心境としては穏やかではなかった。あどけなく笑みを浮かべる天然な性格のこのヘルパーは、自分でも及ばないであろう魔法使いである可能性を秘めている。
アリアは生唾を飲んでいた。
「あなた、何者なのよ」
不意な問いかけに、クエスは狐につままれたような顔でアリアを見た。
「私の完璧なる真実でも見破れないスペルを発動させたのは、あなたでしょう?」
「うーん・・・何のことでしょう? 心当たりがありませんねぇ」
いかにも嘘をついてますよ、と言わんばかりの照れ顔を浮かべているクエスを見て、アリアは一層呆れていた。いや、それは正しい解釈ではないかもしれない。むしろ、《《こんなにも惚けている女に引け劣る自分に、苛立ちを覚えていた》》、だろうか。
「じゃあ質問を変えましょう・・・あなた・・・本当にヘルパー?」
「・・・」
「そうね、更に質問を変えるなら・・・なぜあなたが“クエスティナ”を名乗っているのか、かしら」
質問の連続に、クエスは真顔になっていった。
「わかっていて、聞いているんですよね?」
少し寂しそうに、クエスはそうつぶやいた。
「でも、あの人と・・・セイレン様と、約束したんです。必ず、これが終わったらお互いの秘密を打ち明けると」
クエスはそう言いながら、寂しげな瞳を更に潤ませた。
アリアは問い詰めるのをやめた。ここまで信頼し合っている二人を、信じてみよう。
「まぁでも・・・いいわ」
「え?」
「私が知っている“クエス”とは違うけれど・・・あなたの方が人間味があって好きよ」
いずれ、英雄セイレン殿には酷な現実が待っているかもしれないけれど、乗り越えてくれることを願って。
「あ、あの・・・わたしには《《そちらの趣味》》は、その・・・なくてですね・・・ゴメンナサイ、ワタシスキナヒトガイルノデー」
「そういう意味じゃないわよ! 人として、ってこと! あと、その棒読みはムカつく!」
――聖殿、“剣聖の護廷”。
連理の枝が導く参道。長い長い坂道が続く山道――。
どこまでも連理の枝が巨大な門のように続いていく。
いつしか妖精の光か何かがポワポワと漂い始めていた。
参道はやがて巨大な樹木にたどり着いた。巨大な壁か、と思わせる程の巨大な年輪を重ねた切り株。それが、聖殿、“剣聖の護廷”がある場所の正体だった。
「ミリヤ、こっちへ」
リクが声をかけると、ミリヤを大樹のとある窪みのあるところへ連れて行った。「その中に手を入れてご覧」と、リクが続けて言った。
ミリヤは恐る恐る手を入れようとしながら、体がどんどんと窪みから遠のいており、永遠にその距離が詰まる気配がなかった。
そして、チラチラとリクに向かって振り返っては、怖そうに目を潤ませているのであった。
「な、なんて可愛いんだこの子は・・・どっかのツインテドリルに備え付けてあげたいね。この愛嬌を」
リクは「よしっ」と、ミリヤの頭に手をポンと置いた。と思ったら、今度はその手でミリヤの伸ばしていた手を掴み、ぐいっと窪みに突っ込ませた。
「いやぁぁぁぁ」と潤ませた目から心の汗が堪らなく流れ出していた。
そんなことはお構いなしに、リクはふっと笑ってみせた。
ミリヤは、窪みの中に何かがあることに気がついた。――摘みだ。
その摘みを一気に押し込むと、大樹には大きな振動が起こった。
ゴゴゴという音を立てながら、次第に大樹の一部がパックリと割れ、そこに階段が現れた。聖殿へと続く階段である。その階段を、これまでの旅路を思い返しながら、一段一段登っていった。もうすぐ転職ができる、と、背負った背中に飾られた一本の剣を見ながら、ミリヤは微笑んでいた。後ろから着いてきているリクも、ミリヤの表情を見て微笑んでいた。
「あたしにも妹がいたら、こんな感じになるのかな」と、ため息くらいの声でつぶやいた。
しかし、その時――。
「――迷い込んだ客を発見した。大きな剣を身につけている。遠目からでよくわからないが、王国騎士団に準ずる者と断定」
ミリヤたちに、怪しげな影が忍び寄っていた――。
「主の命令により、直ちに抹殺する。」
――宿場町ラ・ステラ、陸路の森入口近辺。
『状況はどうだ、クエスティナ・《《レインズ》》』
『――第六士団は各地に分散。街の救助と、街にいるヘルメス所属の構成員と交戦中。先ほど出現した火炎のリザードマンによって派遣した部隊はほぼ壊滅。辛うじて数人生き残りました。』
|神通力を持つ薄幸の巫女姫――。王国騎士第六士団“特務機関”が保有する人口の超能力者である。思考を制御する額冠を身に付け、普段は騎士団地下聖域にて特務機関を補佐する意思伝達役として使役されている。
“人口の超能力者”のことについては――後ほど語るとしよう。
この巫女姫こそが、特務機関を“特務機関”たらしめる《《神器》》の一つである。クエスティナ・レインズの超広範囲感知能力によって、王国のありとあらゆる場所の情報を察知することができ、また、第六士団全隊に指令を伝達することができるため、諜報活動には欠かせない存在であった。(これらの情報を照会できるのは、“第六主席”のみである)
しかし、このクエスティナ・レインズの力を持ってしても発見できない者が現れた。それが――。
『・・・申し訳ございませんが、オルトロスなる人物の感知は不可能でした。』
『そうか・・・ご苦労』
オルトロスの出現により、特務機関を“特務機関”たらしめる切り札が通じぬ事態を招いたのである。
その上、先ほどの様子を見ると、オルトロス率いる“ヘルメス”にも、同様の力を持った、クエスティナ・レインズのような存在がいると思うと、更に絶望的な気分にさせられた。
「一か八か・・・賭けてみるか」
リゲルは突貫する決意を固めた。
黒衣の男は、すぐそこまで迫っている。まるでこちらの行動をあざ笑うかのようにゆっくりと、じっくりとこちらの逃げ場を削っていた。
オルトロスがリゲルの隠れている樹木の後ろを通りかかった時、リゲルは背後から即座に斬りかかった。
その時、その男のニヤリと引きつる口元をリゲルは見た――。
二度目の、渾身の突きが躱された。
すでにこちらの攻撃は見切られているようだった。
――捕まった。
「・・・ようやく鬼ごっこも終わりかね、第六主席殿」
リゲルは「くっ・・・」と、死を覚悟した。
その時、遠く離れた場所から風を切りながら矢が放たれた。
勢いを増し、速度を増し、黒衣の男のこめかみ目掛けて、矢は飛んできた。
オルトロスは矢に気づくのがやや遅れた。そのため、リゲルを掴んでいた右手を離して回避せざるを得なくなった。オルトロスの手から離れ、リゲルはその隙をついてスキルを発動した。
「スキル――“閃光突破”!!」
一瞬のやり取りの中で生まれた閑寂。その隙を見逃さぬ判断力。そして、その隙を生んだ特務機関の狙撃手たるクリーマ・アン・ターリヤの弓技が功を奏し、リゲルの高速の居合抜きが、オルトロスを捉えた――。




