Chapter.12 「一刀両断」
――宿場町ラ・ステラ
立ち上がる火柱を見て、事の緊急性と、予想をしていたことを上回る事態であることはすぐに知れることとなった。
ラ・ステラは火の海に包まれていた。
悲鳴と、助けを呼ぶ声と、勇ましい掛け声が入り混じっていた。
とりわけ宿場街のある第二層は火の手が激しく、そして、何者かに破壊されている形跡がある。まるで、刃物のようなものを使って、馬鹿力で切り裂かれたかのように。
「なんてこと・・・どうなってるのよ・・・」
と、アリアが言った。駆け寄ってくる騎士たちに状況を聞き、的確に指示を出していた。
その時、猛々《たけだけ》しい咆哮が、空間を劈くように響いた。その場にいた者は皆耳を塞ぎ、縮み込み、地響きにも似た振動に恐怖する騎士たちもいた。直後、数名の騎士たちが薙ぎ払われ、宙を舞って吹き飛ばされている姿が見えた。その騎士たちは皆、燃え盛る火炎の柩に包まれて、灰燼のごとく消えていった。
「――“|火炎を司りし五大精霊の守護者《フィフスエレメンタル・ガーディアン・オブ・ファイア》”」
火炎を司りし五大精霊の守護者、Riaに存在する数多ある属性の中で、木・火・土・金・水の五つの属性の頂点に立つとされる精霊、その五体のうち火の大精霊と称される“サラマンダー”の眷属である。
あまりに長すぎる名前に、プレイヤーの間では火の守護者と呼ばれていた。
「せ、セイレン様・・・や、やっぱりわたし、セイレン様についていっちゃダメ・・・ですよね?」と、クエスは目をキラキラと潤ませて懇願してきた。
「もちろんだ・・・まずは、あいつを倒すからな!」俺は走り出した。
「あ! ちょ、ちょっと! セイレン様ぁ!」置いていかないで、と言わんばかりに、地面に這いつくばり、相変わらず目を潤ませながら片手をこちらに向けて叫んでいた。
「さぁ、ぼさっとしてられないわよ!」と、アリアはクエスの襟元を掴み走り出した。
こうして、それぞれの戦いが幕を開けた。
――ラ・ステラ、第二層、宿場街
雄叫びは相変わらず轟いていた。
火の守護者は、全身から炎を吹き出している。
守護者たちは、皆甲冑を身に纏い、それぞれが特有の武具を身につけていた。木は弩を、土は大剣を、金(雷)は大槌を、水は突撃双槍を、そして、火の守護者はというと・・・
今、まさに勢いよく振り回し、騎士たちを両断している、戦斧持っている、ということだ。そして、両断された騎士たちは悉く灰にされ、消えていった。体長4m、横幅2mくらいのリザードマン種(よく見るとオオサンショウウオに見える)が、ただ全身全霊の力を込めて、思いっきり斧を振り回している。
俺は駆け寄りながら剣を抜いた。そして、「おい」と、声をかけた。火の守護者はその声に反応した。振り向きざまに、一撃――火の守護者は即座に戦斧で防御をした――甘い・・・!
俺の振り抜いた剣撃によって、火の守護者の戦斧は砕け散った。
火の守護者は悲痛な雄叫びを上げながら、その場に崩れた。
戦っていた騎士たちは、一体何が起こったのだと言わんばかりの表情で、唖然としていた。徐々に状況を掴み始めた騎士たちが、「あ、あれが噂の英雄か」「マジで強いんだな」「今のは・・・スキルかなにかか?」と、それぞれがそれぞれの言葉を発していた。
起き上がった火の守護者は、再びこちらに目掛けて咆哮した。間近で聞くと鼓膜が破れそうなほどの爆音である。近くにいる兵士たちは、キャスターたちの防壁によって守られているため、致命傷には至っていないようだった。それでも、防壁が追いつかなかったキャスターやドルイド、騎士たちは耳や目から血を噴き出し、その場に崩れていった。
火の守護者は喉を真っ直ぐ上に伸ばすようにして上を見上げると、そのまま大きな口を更にガバッと広げた。何かを吐き出すかのように嘔吐きながら、喉の奥からゆっくりと何か棒状の物が伸びてきた。
火の守護者はその棒状の物を掴むと、真っ直ぐにそれを喉から引き上げ、まだ体液がこべりついて異様な匂いを漂わせながら、その全てを吐き出した。――戦斧だ。
「うげぇ・・・なんて気持ちの悪い奴だ・・・」
火の守護者は再び取り出した戦斧を力任せにぶん回していた。その風圧の威力にによって、何人かが消し炭にされていった。
このままでは、いずれ騎士たちは全滅してしまうだろう。
火の守護者は戦斧を構えると、大きな口を更に横に広げて薄気味悪い笑みを浮かべていた。弱者を痛ぶり、余裕に満ちた目だ。
しかし――。
「火の守護者・・・残念ながら、お前に勝ち目はない」
剣を差し向けて、俺はそう言い放った。
あの咆哮にも全く動じず、ただ平然と立っていた。
「五大属性の特性を知ってるな? 火を司る守護者なら、それくらい知っていると思うが、敢えて言わせてもらおう」
なぜなら、もうすでに、勝負はついているのだから――。
「五行相生、と言ってな。火は土を活かしちまうんだよ」
火の守護者は戦斧を振りかぶり、こちらに目掛けて全身全霊の横薙ぎをしかけてきた。俺はその場に、ただ立っていた。
「おい、あぶないぞ!!」
「避けるんだ――!!」
その場にいた騎士たちは皆、俺に向かってそう叫んでいた。
もちろん、俺は避けるつもりはない。
全身全霊の横薙ぎがとてつもない風圧を生んだ。清々しいほどの馬鹿力である。その一振の勢いで、家や壁を切り開き、触れてすらいない肉体が千切れそうになるほどの威力を持っている。その場にいたものは、皆目を伏せていた。空気を断ち切るかのように、凄まじい勢いを以て、俺に向かってくる戦斧の刃が、俺の体を捉えた。
「もうだめだ・・・」と、恐る恐る目を開けた騎士たちの目に飛び込んだのは、あの猛烈な横薙ぎを受けて、ただ平然と立っている男の姿であった。
「これでわかっただろ。おまえの攻撃は、一切俺には通用しない」
“大地の加護を持つ騎士”のクラス。地属性の守護を持った最上級職。このクラスの常用能力は、地属性の無効、そして、《《火属性吸収》》である。
だから、全ての攻撃に火属性が付与されている火の守護者の攻撃は、一撃たりとも喰らわない。
「王国騎士団の諸君、この場は俺が引き受ける。こいつを倒す! みんなは街の人を助けるんだ! 行け!」
俺はそう叫ぶと、騎士たちはもはや理解を超える戦いに、戸惑い、一瞬躊躇はしていたものの、全員が戦線を離脱していった。
火の守護者もまた、目の前で起きていることが理解できないまま、俺を断とうと戦斧を振り回し、火炎を撒き散らしていた。その全てが一切通用しない以上、火の守護者に為す術はない。もはや、叫び声を上げるだけの怪獣と成り下がったそいつに、無慈悲な一刀を放つ――。
「終わりだ――」
スキル――“岩壁を断つ刃”――!!
火の守護者は股下から頭のてっぺんにかけて真っ二つに切り裂かれた。
炎のエフェクトが渦を巻き、その断片を残さずに燃やし尽くし、消えていった。
消える一瞬、火の守護者が人の姿になったように見えた。
その“人の姿”で、小声で何かを言っている。
・・・「アリガトウ」と聞こえた気がした。
何が起こっているのかはよくわからなかったが、俺は剣を鞘に収め、その場を後にした。やや離れたところから見ていた騎士や住民たちは皆言葉を失い、ただ呆然と無敵の戦士を見送った。
――俺にはまだやることがある。
どんな結果が待っていようとも、必ず勝ってみせる。
例え相手が、自分自身の幻影だとしても――。




