Chapter.8 「密談」
――宿場町ラ・ステラ 某所。
黄金の桃源郷という宿屋がある。中庭を抜け、裏口から抜けた先に洞窟がある。
ラ・ステラが崖に築かれた宿場町であるが故に、この洞窟を利用して、公式で行えない密談、会合が行われ、噂によれば、裏の組織のアジトになっているという。
第二の魔王とまで言われたヘルメス・グラン・マハカーラ、アサシンギルドヘルメスのマスターの行方が分からぬ今、野党と化していた元ヘルメス構成員を束ねる長が求められていた。
数ヶ月前、それまで行方不明とされていた、アサシンギルドヘルメスの猟犬、オルトロス・ザ・ハウンドドッグが再び姿を現したことにより、アサシンギルドヘルメスは再始動することになった。これにより、特務機関は常に動向を監視せざるを得なくなったのである。
しかし、神出鬼没の“トリックスター”である猟犬を捉えることは、甚だ困難であった。
その猟犬が、この町に滞在していた。
「オルトロス様」
黄金の桃源郷裏の洞窟。ジメジメとした妙な湿気が陰気臭さを漂わせていた。数本の松明の灯るその空間は、人間の手が入った人工物の部屋として、洞窟らしさを紛らわせていた。
空間の奥には竜の顔の骨らしき物が飾られている。黒く、仰々しいまでにガッシリとした作りの椅子に、その男は座っていた。とある要人を、招き入れるためである。
「・・・お通ししろ」
入口から入ってきた男の声掛けに応じ、組んでいた足を下ろし立ち上がった。
入口の男は「はい」と頭を下げると、扉を開き、要人を招いた。
入口からは、黒衣のマントをはたつかせ、カチャリ、カチャリと甲冑の音を響かせて、一人の騎士が入ってきた。青い長髪にルビーのピアス、鷹の目のような鋭い眼光を携えた、若い騎士である。ついで一人の騎士が入ってきた。入口脇の壁に寄りかかると、腕を組んで部屋の様子を眺めていた。
オルトロスはその腕を組む騎士にチラリと目線を差し向けると、再びリゲルに視線を戻した。
「・・・リゲル・ウィンズ・バルド第六主席殿、共の立会はお断り致したはずだが」
「オルトロス卿、生憎ですが私の意思などこの者には通じませぬ。本来ならば、一個師団引き連れて参りたいところを、たった一人の護衛に抑えた故、ご容赦願いたいところです」
二人は長い沈黙のあと、巨大なテーブルを挟んで両端のソファーに腰掛けた。
リゲルは膝に肘を置き、手を組みながら、その手の上に顎を乗せた。
オルトロスは深々と腰掛け、左足の太ももに右足を乗せ、背もたれに両腕を乗せた。
「・・・白銀の甲冑」
「・・・?」
「・・・いえ、懐かしい感じがしたのでね」
オルトロスはリゲルの甲冑に刻まれた王家の紋章に視線を送ると、少し表情を曇らせながら、下目使いにリゲルの顔に視線を戻した。
「貴方は数ヶ月前、突如王国に姿を現した」
リゲルは真っ直ぐにオルトロスを捉えながら話を切り出した。
「まず、この数年間どこに行方を暗ませていたのか、それを教えていただきたい」
「・・・」
「そして、何故再びこの地に現れたのか」
「・・・」
「話してくださいませんか」
オルトロスは一貫して口を噤んだままだった。
オルトロスは入口に待機していた部下に視線を送った。部下は会釈をして部屋を出た。それから数分間沈黙が続いた。部下は再び部屋に戻ってくると、グラスを二つ用意し、酒を丁寧に注いだ。
「・・・どうした、飲みたまえ、リゲル殿」
「・・・」
リゲルは目の前の酒に視線を落とした。視線をオルトロスに戻すと、徐ろにグラスを持ち上げ、一気に喉の奥に流し込んだ。
その様子を見、「フッ」と苦笑しながら、オルトロスも酒を飲み干した。
再び重々しい雰囲気が空間を包み込む。ピリピリとした空気が、松明の炎を揺らがせていた。
「・・・俺はなぁ」と、突然オルトロスが話を切り出した。
「・・・?」と、察ししかねる言葉に、リゲルは顔をしかめるしかなかった。
「・・・探しているんだよ」
「何を、でしょうか」
「・・・白い甲冑の男」
「!?」と、リゲルは思わず、常人にはわからないレベルではあるが、眉をピクリと動かしていた。それを、この男が見逃すはずはない。
「・・・白い甲冑の男、キサマ、知っているな?」
先ほどの丁寧な口調が一変していた。
殺気に満ちたオーラが漂っていた。入口で腕組みをしていた騎士は、その狂気に充てられてか、動揺を隠せないでいた。
「どういう意味でしょうか、心当たりがございませんが」
リゲルも負けじと殺気を放っていた。殺気というよりはもっと純粋な闘気のようなものだろうか。
「・・・とぼけるのも大概にするがいい、リゲル第六主席殿。既にキサマの部下がその男のところへ差し向けられていることを知らないと思っていたのかね」
「さて・・・部下には干渉しない主義でして。監督不行き届きで申し訳ございませんが、私にはわかりかねます」
松明の炎の揺らぎがいっそう激しくなった。
「オルトロス卿、いかがでしょう。その男のことはわかりませんが・・・まずは先の質問にお答え願いたい」
「・・・答えになっていないとでも?」
「ええ、私は・・・魔笛の奏者に関係があるのでは、と、そう睨んでおります。違いますか?」
部屋の妙な重々しい雰囲気が少し和らいだ感じを、入口の騎士は感じ取った。いつの間にか、激しく揺らいでいた松明の炎が落ち着いていた。
「・・・馬鹿馬鹿しい。こうも的外れな男がサンシベリア王国特務機関の第六主席殿とは」
「貴方が王国に戻ってきたころから魔笛の奏者の活動は盛んになった。そう考えるのが普通だと思いますがね」
オルトロスは沈黙で返した。
「貴方は霧散していたヘルメスという強大なアサシンギルドを再び束ねられるほどの人格者だと、私は考えております。どうか、我々に協力していただきたい」
オルトロスは一貫して黙っている。
「貴方もご存知のはずだ。町、街道、聖域に至るまでところ顧みずモンスターを生み出すあの所業を! 先日はロジエ・ラプンテル郊外の村が二つ滅ぼされた! 騎士として、人として、見逃せるはずなどない!」
リゲルが感情を顕にし、テーブルを思いっきり叩いた。とてつもない破壊音が洞窟内に響き渡り、テーブルは真っ二つに割れ、地面に崩れ落ちた。入口に立っていた騎士とオルトロスの部下は、あまりの衝撃に、圧倒されていた。
「・・・取引、というやつか」
オルトロスは動じている様子はない。
「・・・えぇ」
リゲルは落ち着きを取り戻し、取引について説明した。
数ヶ月前まで野党となっていたヘルメス構成員によって、一時期、都市近郊の治安は最悪な状況となっていた。魔王が倒され、歓喜に満ちたのも束の間、王国は再び恐怖に怯えていたのである。それが、強大な魔王という存在によるものではなく、王国に住む人間の手によってもたらされていた。
ところが、オルトロスの再臨によって、その事態は驚くほどあっさりと収束した。騎士団としては治安維持のため脅威は取り除きたいのは山々であった。しかし、それ以上に国民の驚異となっている“魔笛の奏者”と、その危険な「魔王崇拝」の思想を取り除くことが目下の優先事項となっていた。
「・・・長い教示、ご苦労なことだが、要するに、必要悪、と言いたいのだろう」
必要悪。聞こえはいいが、騎士団としては脅威となるもの同士の潰し合いとしか捉えていなかったが、リゲルはどう捉えられても良い、という顔をしていた。
それからすぐに、その真意を一心に込めて、オルトロスに告げた。
「魔笛の奏者の宗師、レーヴェ・クリュエルを暗殺していただきたい」




