Chapter.7 「危険地帯」
ミリヤは荒んでいた。
モンスターを攻撃する度に、怨念が形になって表れている。
「こりゃあ、セイレン様、下手に再会したら殺されかねないな、ハハ・・・」
「・・・な、に、か! 言いましたか!」
「い、いえー・・・滅相も無い」
力強い剣撃。全てがクリティカルヒットのように強力だ。
リクは、この時、帰りたいと思った。
──宿場町ラ・ステラ、陸路。
ミリヤのクリティカルヒットが幸いして、道中はサクサクと進んでいた。
しかし、ただ闇雲に進んでいるだけだった。目に炎を宿して、燃えたぎる剣気をモンスターにぶつけているミリヤにとっては前進しているのだろうが、これでは埒があかない。
「ね、ねぇミリヤ、転職クエストの碑文のことなんだけど・・・」
「・・・な・ん・て?」
「そ、その力強いメラメラな疑問符、そろそろやめないか?」
陸路は、森林地帯を進む。道標となるのは連理の枝。隣り合う木が枝同士繋がりあっている枝のことだ。木を隠すなら森の中、というように、森の中で木を探すことは困難である。
「・・・まぁ、そのためにあたしというヘルパーがいるのですけれどもねっ!」
「・・・ほ、ほうほう。リクさん、そんなに重要な方だったのですね」
「とにかく、ミリヤに考えなしに進まれたらあたしも迷っちゃうからさ。ここは抑えて、ね?」
「・・・そ、それとこれとは、別問題です!」
ミリヤは頬を膨らませている。どっかの誰かさんに、知らないうちに似てきてしまったのね、と、リクはちょっとため息をついた。
「・・・命の恩人?」
「・・・は、はい。セイレンさんに、救っていただいたんです」
「それは知らなかったなぁ。あ、ミリヤ、もしかしてセイレン様のこと・・・?」
「・・・!? そ、そんなんじゃ、あ、あ、ありません、よ! って、うわあ!」
ミリヤは分かりやすいほど挙動不審になり、木の根に躓いて転んだ。
「だ、大丈夫?」
「・・・わ、わたしは・・・ただ・・・」
森は深く進めば進むほど、薄暗く、それでいて神秘に満ちていた。森の大樹は数十メートルもある高さからこちらを見下ろして、堂々としている。何事にも動じない強さと捉えるべきか、何事にも関わろうとしない白々しさと言うべきか、無言のまま何も語らず、己の目標へと進むことだけを示唆しているかのようだった。
ミリヤは上を見上げた。高く高くそびえる大樹に思いを馳せているのだろうか。
その心中をリクは察したようだった。
「まぁ、なんだ。助けてくれた人に、恩を返したいってのはわかるけどさ。あんたが背伸びをしたら、余計セイレン様も背伸びをしなければならなくなるよ。なんてったって、あんたを誰よりも大切に思ってる、そうでなければ、こうやって修行させるために残していったりしないさ。あんたが成長した姿を一目でも見せて、安心させてやりなよ。それが、一番の恩返しだとあたしは思うけどね」
「・・・」
「ごめん、柄にも無いこと言っちゃったね」
その時、森の中に異変が起きたことをリクは察した。
リクはミリヤの口に人差し指を立てて当てると、静かに物陰に隠れた。
誰かがいる。
森の入り口の方だろうか。リクは、何やら胸騒ぎがするほどの、恐ろしい何かが起こっているような、妙な緊張感に包まれていた。
森に住む獣たちが騒いでいる。木々がざわめいている。嵐が来る前のような曇天に包まれて、よりいっそう不安を強くした。
「ミリヤ・・・なにかがあったら、真っ先に逃げるんだよ」
「・・・そ、そんな。私も戦います!」
「残念ながら、あたしはあんたを転職させることが仕事なんだ。あんたに死なれちゃ、あたしが困る」
「・・・で、でも」
「いいから、連理の枝を探して。大丈夫、あたしには転移魔法があるから! いざとなったらすぐにラ・ステラに帰れるのよ!」
その矢先だった。
「おーっと、逃すわけには参りませんなぁ、ヘルパーのお姉ちゃん」
見つかった。
リクはすぐに戦闘態勢を取った。
盗賊風の男が2人、ナイフを片手に持ってゆっくり近づいてきた。
「えらいべっぴんさんですなぁ。お、こっちのルーキーちゃんも、あともうちょい成長したら、きっと化けるねぇ」
緊張感漂う中、リクも負けじと返した。
「いやらしい目で見ないでもらえる? 見られるだけで誇り高いこのプロポーションが穢れるから」
・・・妙な沈黙が生まれる。
「プロポーションって、なんだっけなぁ、兄弟」
「あれだよ、兄貴、高価な回復薬のこ・・・ぶべらっ」
木の枝を投げつけられ、弟分らしき男の顔に命中した。先程までの緊張感を吹き飛ばし、間の抜けたような空気と、全く別の緊張感を相手に放っていた。
「そ、れ、は、白ポーションのことかしら・・・?」
「あ、あ、あぁ・・・そうでしたっけねぇ・・・おい、兄弟いつまで寝てるんだ!」
「す、すまん、兄貴・・・まな板女がプロポーションとか訳のわからないこと言うもんだから、つ、つい・・・」
「ば・・・ばか!」
森は、先ほどまで漂っていた怪しい雰囲気とは全く違う、別の、怨恨に満ちた灼度に覆われていった。
「てめぇらぁぁぁぁ生かして帰さん!!」
燃えるようなオーラを発して、第二形態に覚醒したかのような変身っぷりであった。
「・・・う、うわー・・・」
ミリヤは、この時、こういう大人にならないように気をつけよう、と思った。
「さぁてぇぇぇぇどいつから死にさらすかぁ? あぁん?」
盗賊風の男たちは、お互いに「こいつから」と指を差しあっていた。そんな怯えた様子も束の間、リクは詠唱を始めていた。
「今から10秒あげるから、逃げ惑いなさい! 豚ども!!」
死へのカウントダウンが始まった。慌てふためいて起き上がろうとするも、盗賊はお互いに足を引っ張りあってなかなか動くことができない。やっと立ちあがって走り出そうとしたときには、すでに7秒が経過していた。
「時間切れよ! スペル"毒蜜蜂の矢"!!」
空中に浮かび上がった灰色の魔方陣から無数の針が発射された。針は男たちを貫き、文字通り、蜂の巣に変えた。穴だらけになった男たちの体から大量の毒バチが現れ、リクの発動した魔方陣へと帰っていった。
男達は既に息絶えていた。
「さーて、おわったよー、ミリヤ・・・」
ミリヤは先ほどの男たちの死に様からトラウマになるほどの恐怖を感じて、さながら小動物のように、目を潤ませながら木の陰に隠れていた。
「ご、ごめんね! ミリヤ、怖かったねー! よしよし!」
少し時間が経った。しばらく慎重に歩いていたが、追っては来ないようだった。
「・・・もう、大丈夫みたいですね!」
「だといいんだけどねぇ」
森の入り口付近に感じた恐ろしい雰囲気は、依然消えた様子はない。ともかく、一刻も早くここから離れ、ミリヤの転職をするべきだとリクは思った。
「・・・あっ!!」
突然のミリヤの声に、リクはハッとして身構えた。
「何!? どうしたの? 敵!?」
「・・・ご、ごめんなさい、リクさん。ほ、ほら、あれ!」
そこには、連理の枝が続く、森の最深部へと続く参道があった。




